5.4. 足手纏いの戦い②
民家の屋根の上、ゴブリンを倒し、合流の目途が付いた。
一息ついて、落ち着いた状況。
だが、『迷宮』に安息はなかった。
突如、上空から風を切る音が届いた。
屋根の上に大きな黒い影が落ちる。
「マオカ君、危ない!!」
誠が注意をするのと、黒い塊が振って来たのは同時であった。
マオカは誠の警告に反射的に飛び退いた、そのおかげで体は無傷であったが、彼女が先程まで居た場所には大きな穴が開いている。
破壊された屋根の下、人家の中から赤い瞳がマオカたちを睨んでいる。
2メートルは巨大なカラスが、恨めしそうに見上げていた。
「来るぞ!」
今度は真横から風圧が襲い来る。見ると、同型の化け物が鋭いくちばしを槍のようにしながら飛び込んできた。
マオカはとっさに横に飛ぶ。直線的な動きが幸いし、なんとか軸をずらすことで回避が出来た。
着地の際、屋根の端に足がかかる。足の半分が宙にはみ出てバランスを崩すが、なんとかかがんで体を支える。
「アイリン、これって何?」
「ダイブレイブンだよ!」
ダイブレイブン――異世界の魔物であり、一般的な成人男性を越える巨体をもった中型の魔物である。
2、3匹で徒党を組み、高空からの急降下攻撃で急襲する。その鋭い嘴は戦士の鎧ですら容易く貫き、心臓を潰す。
ダイブレイブンの黒い羽が落ちて来たのなら、すぐに逃げろ。一瞬でも遅れれば、死が待っているぞ、と。
「数は三匹だ、気を付けろ!」
一匹目は、急降下で降りて来た個体。
二匹目は、先程真横に突っ込んできた個体。
そして、三匹目は――
「マオカ君!」
今まさに、動きが止まったマオカに対して飛び込んでくる。
誠が飛び出そうとするが、遅すぎる。
空を切る音がノイズのように届く。
(避けなきゃ、動かなきゃ!)
迫りくる脅威は目の前で、どうすればいいかは分かっている。
脳だけは全開で動いているのに、足が全く動かない。
数秒後には死が迫っていた――
「
アイリンの叫びとともに、空間にピンク色の鎖が浮かび上がる。
アイリンの右手から放たれた鎖は、今まさにマオカに襲い掛かろうとしていたダイブレイブンに巻き付くと、その動きを完全に拘束した。
「もう一匹だ!」
「わかってる!」
続いて、アイリンは左手を距離をとっていたダイブレイブンに向けた。巨大な鳥は上空に飛び、ピンク色の鎖から逃れようとするが魔術的な拘束――呪いに対してはいくら物理的な距離を取ろうと関係はない。ピンク色の鎖が巻き付くと、空間上に固定されてしまった。
「君も魔法を使うことが出来たのか」
「私が止められるのは2匹くらい! ユー君やズィーちゃんみたいにいかないの!」
ズィーラであれば百を超える粘糸で容易くダイブレイブンだけでなく、ゴブリンたちも無力化していただろう。だが、アイリンにはそれほどの力はなく、今のように2、3体を相手にするのが限界であった。
「ごめんね、偉そうなこと言ったけど、走りながら戦うことも出来ないの」
魔法を発動するには高い集中力が求められる。ユウキやズィーラのように動き回りながら戦うことはアイリンには出来ない。拘束を維持するためにはその場にとどまって術式の発動に集中する必要があった。
「頼るだけじゃないよ。だってユー君が間に合うまで耐えるのも大事なお仕事だもん。
がっかりさせないためにも、頑張らないと」
『迷宮』の中で分断された際、まず考えることは生き残る事、無事に合流すること。
勇者であっても独りでは限界はある。仲間たちがいてこその聖剣である。
「ユー君が言ってた。自分に出来ることをやれって」
屋根の下から羽ばたきの音が聞こえてくる。
最初に一撃で屋根を貫いたダイブレイブンが、穴から姿を見せた。
「くっ」
誠の拳を悠々と回避すると、誰の手にも届かない高空へ。
赤い瞳が獲物をとらえた。それは、動き事の出来ないアイリンだった。
「狙われている、回避してくれ!」
「無理だよ!」
今ここで拘束を解いたら三匹で連携して襲われる。今度こそ回避する術はない。
万事休すか――そう思われた時だった。
「フヒヒ、待たせたね」
屋根の下から粘液の塊が飛び出すと、アイリンの前に盾になるように広がる。
飛び込んできたダイブレイブンは突っ込んでくるが、勢いを殺されてそのまま粘液に囚われる。
大地を蹴る音。屋根を飛ぶ越す二つの影。
ズィーラとユウキが屋根の上に降り立った!
「アイリン!」
「うん! 待ってたよ、ユーくん!!」
アイリンが拘束を解除すると同時に、ユウキがその両の手をとって自分の胸に当てる。
聖なる光が輝き、アイリンの肉体がユウキの中に吸い込まれていく。
「
ユウキが右手を掲げると、聖なる剣が内なる迷宮から顕現する。
そのまま一閃、粘液で拘束されていたダイブレイブンを切り裂いた。
動きを封じられた化け物は、断末魔すらなく塵となって『迷宮』に飛び散る。聖光が塵となった化け物を飲み込んでいく。
「本当に、力強い光だな」
太陽のような温かい黄金の光。
狂った空の下、包み込むような温かいを光を、誠はそう評した。
「なんてったって、うちのアニキですから」
「ああ、違いない。君の兄で、それでいて勇者だ」
今度こそ、二人は深い息を吐く。ユウキとズィーラ、そしてアイリンの三人が揃えば、この程度の化け物は怖くないのだから。
「ギィィィ」
「ギィィィィ!」
二匹のダイブレイブンは泣き声をあげると、上空に向かって飛び上がり距離を取る。
旋回しながらこちらの様子を窺っている。
「ズィーラ、足場を頼む!」
「了解!」
ズィーラは自らの一部を粘液として分離すると、上空に飛ばした。
粘液は数倍に膨れ上がると、石のように固まって上空で止まる。
『ユー君、準備は大丈夫?』
「もちろん!」
跳躍すると、粘液で出来た石を足場にさらに上空へ。
ダイブレイブンの上空を取ると、頭に向かって蹴りを入れる。
「――ァァ!」
続けざまに聖剣での斬撃を見舞う。回避できずに二匹目のカラスは消えていく。
「アイリン、光刃を!」
『了解、準備は任せて』
粘液の岩に着地し、再び跳躍。ダイブレイブンは逃げようとするが、もはや遅かった。
『準備出来たよ』
「光刃!」
剣を振り抜くと、聖なる光が刃となって飛び出す。最後の一匹も、無惨に真っ二つになってしまった。
「よし、あとは下に残ったゴブリンだけだな」
「いや、それは大丈夫だよ」
ズィーラが屋根の下を指さす。そこには、粘液によって拘束された緑色の小鬼たちが居た。
「勇者君、こっちの方を始末したいから着地は任せたよ」
「え、ちょっと……」
ズィーラは短く呪文を詠唱すると、上空にあった粘液の石が消えた。それと同時に、ゴブリンたちを拘束していた粘液が鋭い針となり、その身体を貫く。
三軒ほど先の屋根に勇者が着地をする。その音だけが周辺に響いた。
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