5.2. 分断
マオカたちが住む藍世町は、大まかに分けて駅を中心とした繁華街と、その外延部にあたる古い住宅街に分かれている。
住宅街と繁華街の間は川で隔たれていて、学校もその傍にある。
住宅街との橋を渡った先の大通りは、昨日の段階で抜けた。
今、マオカたちは商店街を歩いている。とは言っても、あくまで再現された風景であり、人は居ない。シャッターだけは上がっている無人の店と、殺風景なアーケードの下を歩き続けるだけだった。
「アニキ、あの店分かる」
「ああ、藤吉爺さんの古着屋だろ。商品はちゃんと飾られてるのに客も爺さんも看板娘の猫も居ない」
「学校に入った時もそうだけど、滅茶苦茶な色の空だけじゃなくて、違和感だらけの町も気持ち悪い。
普通の人や生き物は居ないのに、襲ってくる化物だけはギラギラと目を光らせてる」
あったものがない。本来存在しない物が欠けている。
単純にまったく未知の風景の中に放り込まれるより、違和感が存在する日常の中に放り込まれる方が不快感は大きくなる。
「……本当に、慣れないな」
それは誠にも同じことだった。
調査員として何度となく『迷宮』に入って来た彼女は何度も見て来た。
『迷宮』は患者の記憶の中から作り出される。基底となるのは過ごしてきた日常風景。住んでいる町であったり、好きな映画漫画の世界から再現された『迷宮』が心の中に広がっている。空の色さえ正常であれば、現実遜色のない世界。
異常なのは抗体のように襲ってくる悩みを具現化した化け物たち。
――だから、些細な違いを見逃していた。
「まて――」
最初に以上に気が付いた誠だった。
日常風景の中の違和、それはマンホールの蓋の模様だった。
通常は飾り気の無い模様のような溝が刻まれているが、マオカが今まさに踏んだそれは、魔法陣の形をしていたのだ。
「あっ……」
次に気が付いたのはアイリンであった。
とっさにユウキの傍から離れてマオカの傍に駆け寄る。
だが、遅かった。
マオカが踏み込んだマンホールの蓋から赤い光が立ち上る。
悲鳴をあげる暇もなく、魔法陣に刻まれた術式が発動する。
僅かな浮遊感。視界を覆いつくす赤い光。
気が付いた時、マオカは商店街とは別の場所に転移していた。
◆◆◆
真新しいビルの谷間。黒い道路。見覚えがあるようで、見覚えのない光景。
「うわ、これって最初に迷い込んだ時と同じ」
人形の群れに襲われたビルの谷間、思い出したくもないし二度と足を踏み入れたくなかった場所に、マオカは立っていた。
ただ、前回と状況は違った。
「マオカ君、大丈夫かい?」
「あれぇ? ユーくんはどうしたの!」
誠とアイリンが一緒に転移をしていた。
誠はマオカに駆け寄ると、無事を確認する。
「うわぁぁぁぁぁん! せっかく再会できたのにまた離れ離れになっちゃったの?
なんで神様は私たちに厳しいのかなあっ!」
アイリンは大声で叫ぶ。二人は顔を見合わせると、どう声をかけていいか迷った。
「……とりあえず、落ち着くまで待とうか?」
「それがいいと思う」
結局、アイリンが落ち着くまで10分程かかった。
「うう……ごめんね……またユーくんが消えちゃったらって考えたら悲しくなっちゃった」
鼻水をすすりながらしゃべるアイリンは、まさしく迷子の子供のようだった。
「ほんと、アイリンって二言目にはアニキの事だよね」
ユウキが一緒に居る時、アイリンの視線の先には常に彼の姿があった。その視線には常に信頼と思慕が混ざっていて、口に出すように彼女の行動には彼の影響が大きいことは付き合いの短い二人にも理解出来た。
「だってそうだもん、ユーくんは私に光を見せてくれた大切な人だから」
堂々と胸を張って言い放つ姿は、他人からしてみれば大袈裟であるが、本人にしては当然のことである。
「ははっ、君はいつも大袈裟だな」
「なに、笑ってるの?」
「ああ。ただ嘲笑ではないよ、それほど大切に思えるものがあると言うのはいい事だ」
誠は目を細めて笑う。アイリンの尻尾がピンと伸びると、頬が少し赤くなった。
「うんうん、アタシもアニキが好かれるのは悪い気がしないよ。あれで中学高校とモテなかったからね」
「嬉しいけどなんか聞き捨てならないことが聞こえた気がする!」
真っ赤な顔をして腕と尻尾をブンブンと振り回す。
「あーもう! 自称妹は勝手なことばっかり言う! まだ私は義理の妹として認めた訳じゃないんだからね!」
「はいはい。アタシも自称姉なんて知りませんから」
二人のやりとりを眺めながら、誠は声を出して笑っていた。
「笑わないでください!」
「笑わないでよ~」
「すまないすまない。まあ、私から言わせれば君たちはいい姉妹になるよ」
そして、過去を引き締めると道の先を見据える。
「さて、それじゃあ行こうか」
「うん!」
「早くユー君に合流しないとね!」
三人、『迷宮』の先へと歩き始めた。
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