第五章 足手纏いの戦い
5.1 迷宮三度
空が白み始めるころ、マオカは目を覚ました。
(眠っていた筈なのに、夜が短かった気がしたな)
休みの挨拶をして布団に入ったのがほんのすこし前のように感じられた。時計の針はしっかりと進んでいるし、眠気も疲れもちゃんと取れている。
肉体が眠っている暇はない、そう告げているようだった。
マオカが今に降りると、皆は既に用意を終えていた。
食卓には昨夜の余り物の料理と、炊き立てのご飯でつくったおにぎりとみそ汁。
「なるほど、この白米ってのはいいね。栄養価も高いし食べやすい、こんな風にすれば携帯にも便利だ、確かに勇者君が気に入るわけだよ」
異世界からの来訪者たちはすっかり白米が気に入っているようで、あっという間に平らげてしまった。
賑やかな食卓であったが、マオカはどこか落ち着かなかった。
(人が多いからかな、なんだか落ち着かない)
朝起きてから、漠然とした引っかかりが胸の奥にある。言語化の出来ない不快感、テストの前やスポーツの大会の朝にわきあがる、『何かが起きる』と言う漠然な不安と期待が入り混じった感情。会えているのなら、『予感』が彼女の中にあった。
「ごちそうさま」
結局、その正体には分からないまま、休息の時間は終わった。
◆◆◆
食事が終わってから僅かに休息。その後、マオカたちは鏡峰家の庭に立つ。
本来だったら学校に出発している頃だが、今日は違う。
目標は『迷宮』、入り口である地面に掘られた魔法陣は、淡い光を発しながら発動を待っている。
「それじゃあ、行こうか」
ズィーラは振り返る。並ぶ仲間たちの顔を一人一人確認し終わると、口の端を僅かに持ち上げた。
「さあ、今日で終わりにしようじゃないか!」
立ちに手を突き、魔法陣を起動する。
エメラルドの輝きが地面からわきあがり、ユウキたちを包む。
僅かな浮遊感ののち、再び足が大地に着いた。
光が消えると、一行は薄明と黄昏の混ざった空の下に立っていた。
誠は空を見上げると、忌々し気に呟く。
「いつ見ても、この気持ち悪い空は慣れないな」
「誠さんもハッキリそう言うんだ」
「ああ、『迷宮病』の象徴だからね。慣れはするけれど、好きになることはできない」
そう吐き捨てると、マオカを守る様に傍に立つ。
「余計なお世話かもしれないが、昨日のことがある。油断しないで進もう」
「ああ、あの変態からの襲撃が絶対にある」
昨日の襲撃時、必殺の斬撃で仕留められたのは彼がつけていた仮面だけだった。本体が逃げたのは誰の目にも明らかであった。
頷くとズィーア自らの一部から杖を生み出した。アイリンもユウキの傍に立っている。
「それにしても、仮面の男は何者なのだろうな。最初に接触した時は私を相手取って君たちに味方をした」
誠がこの街にやってきた夜、マオカたちがマナを連れ出す時に誠の相手をしたピエロの仮面。
「最初に交戦した時、明らかに手加減をしていた。
君たちと『迷宮』で戦っていた時に使っていた不思議な力を使えば、私は簡単に倒されてしまっただろう」
マオカたちを逃がした後、仮面の男はあっさりと姿を消した。
交戦中も攻撃を適当にいなすだけで、ユウキを相手にした時のように明確に危害を加える意志も感じ取れなかった。
「その後、何故か俺たちに追いついてマナを追い詰めるようなことをしてたな」
そして、不安定な状態のマナに対して恐怖を与え、『迷宮』が顕現するトリガーとなった。
「んー、話だけ聞いてると誰の味方なんだろうね。ユー君を助けたと思えば、殺そうとしてきたし」
ユウキと一緒に交戦したアイリンは、相手に明確な殺意があったことを感じ取っていた。
「本当に殺す気だったら最初に接触した時に出来た筈だ……」
誠を相手に地面を舐めていたユウキなら、それこそ腕の一振りで命を奪えていただろう。
「ああ、アイリンたちと合流する前の俺だったら、アイツなら簡単に殺せてた」
「その時はまだ殺す必要がなかった。もしくは、別の目的があった」
マオカは静かに息をのむ。下手をしていたら今ここに立っていないと想像してしまった。
「……何れにしても、再び襲われる可能性は高い。油断だけはしないようしよう」
皆は頷くと、改めて気を引き締める。
「失礼だが、ユウキ君は剣を構えなくて大丈夫なのか?
聞いた話では、君が全力で戦うにはアイリンを自身の『迷宮』の中に入れておく必要がる。
急な襲撃にも対応できるように、予め用意しておいた方がいいと思うが」
ホームセンターでの戦闘の際、ユウキは現地の武器と自身の魔法を使って戦い抜いた。
だが、彼の本来の実力を発揮するには、聖剣を手にしなければならない。
仮面の男が聖剣を持った状態のユウキでも苦戦する相手であるのは、『迷宮』内の戦闘で明らかだ、誠が疑問を持つのも無理はない。
「誠さんが言うことはもっともだけど、いつ襲撃があるか分からない状態ならアイリンにも警戒してもらった方がいい」
ユウキの横で、アイリンが胸を張った。
「俺の『迷宮』の中にアイリンを入れれば単純に自由に動ける人間が一人減るし、短時間の戦闘であるのなら二人分に分かれた方が対処はしやすいんだ」
「なるほど。そういう意図があったのなら余計なお世話だったな。
なら、私は戦闘になった際に君たちの邪魔にならないよう、マオカ君を護衛しよう」
「うん、僕も可能な限りフォローをするけれど、君が妹君の安全を確保してくれるならより万全だ。
ボクがフォローするなら、勇者君もあの仮面の男に遅れはとらないだろう」
誠たちの会話を、マオカは黙って聞いていた。
(……やっぱり、アタシは足手纏いなのかな)
僅かに俯くが、不安を顔に出さないように歯を食いしばる。
(ううん、しっかりしなさい鏡峰マオカ! 我儘をいってついて来たのは私自身なんだ、分かっていてもマナを助けるためにここまで来たんだから、暗くなってる場合じゃない!)
顔を上げる。足を上げる。
「アニキ達、早く行こう! マナが待っている」
気持ちだけは誰よりも前向きに、歩き始めた。
歩みは、昨日よりも早足だった。
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