4.5. 猶予僅か
ユウキがホームセンターの外に出ると、ちょうど誠と助け出した女性が立っていた。
「ユウキ君、終わったのかい?」
「はい。歪みの大本は倒しました、暫く待機をしましたが、これ以上のゾンビは発生を確認できません」
隣で、女性がへたり込んだ。緊張が解けたのか、口からは気の抜けた息が漏れている。
その後、合流したホームセンターの職員たちと誠はこれからについていくつか確認をした。
被害の全容は想定よりも軽微であった。避難の最中に怪我をした人は居たものの、重傷者や死者はなし。
「そうか……それは不幸中の幸いです」
「店内の被害状況について確認をしたいのですが、もう入っても大丈夫なんですよね」
そう申し出るスタッフに対して、ユウキは首を横に振る。
「ごめんなさい。一応現状で出来る対処はしたけど、本当に全部終わったか確認できる人を今呼んでます。それが終わるまで待機していてもらえますか」
「ええ、ええ、異論はありませんよ。あなた達はまさしくプロフェッショナルとして対処してくれたのですから」
ちょうど、ユウキたちに向かって走ってくる人が居た。
「アニキ~!」
マオカ、そして彼女が呼びに行っていたズィーラとアイリン。
「それと誠さん! タクシー代払ってだって!」
タクシーの運転手と思わしき、中年のおじさんがいた。
◆◆◆
誠がタクシーの運転手に料金を払い終わると、一行はホームセンターの中に入った。
わざとらしく靴で床を叩くと、足音が反響する。
「客もゾンビも居ないと静かだね」
「妹よ、普通はゾンビはいないって」
緊張が解けたこともあり、軽口を叩きながらフロアを周回していく。
「フヒヒ、大丈夫そうだね」
「ああ、迷宮の奥から漏れ出て来た残りカスみたいなものだったから、助かったよ。
一応来る前に一通り確認したけど、魔力の残滓とかはズィーラとアイリンの方が察知しやすい、慎重に確認してくれ」
「もっちろん! ユー君の為ならなんだってしちゃうんだから」
アイリンは鼻息荒く胸を張ると、早足で前に出る――
「あだっ!」
そして、床に落ちていた角材にひっかかって転んだ。
皆が驚くやら呆れる中、ユウキは駆け寄ると手を差し出した。
「ほら、急ぐと危ないよ」
「うー、ユー君ごめんね」
涙になりながら立ち上がると、小さく鼻をすすった。
「久々にユー君にカッコいいところ見せたかったのになあ」
「気にしなくていいから」
「よくないもん! 私たちずっと離れてたんだよ。ユー君はそういう風に優しくしてくれるけど、私は甘えるだけじゃなくてカッコいいところも見せたいんだから」
アイリンはずいっと前のめりになると、ユウキの目をまっすぐに見る。
「わかった、わかったから顔が近いよ!」
ユウキが無理やり引きはがすと、ズィーラは深い溜息を吐く。
(うーん……万年彼女無しのアニキだけど、こういう人が居たんだなあ)
嬉しいやら寂しいやら、複雑な顔をしながら妹は見守るのだった。
「さて、イチャイチャしたところ悪いが、ゾンビマスターの襲撃だったね。そいつが居た場所が覚えているかい」
「ああ、それなら」
ユウキは床に落ちていた角材を拾うと、立てかけてあった壁を指さす。
黄金の単眼、ゾンビマスターが隠れていた場所だった。
「なるほど」
ズィーラは小声で呪文を唱える。すると、髪の毛が発効してエメラルド色の霧が広がっていく。
「アニキ、これは?」
「探索魔法だね。粘液の一部を気体状にして散布して、魔力反応がないかを調べている」
「なるほど。魔法と言っても単純に火をおこしたり物質を生み出す、と言う事ではないのだな」
「フヒヒ……単純に物理的な破壊なら剣や爆薬で事足りるからね。『物理的にできないこと』こそ突き詰めろとは魔法使いに伝わる教えだよ」
事実、単純な攻撃力ではズィーラはユウキには及ばない。けれど、ユウキがズィーラが交戦するようなことがあれば、その勝率は五分どころかズィーラに旗が上がるだろう。粘霊族の彼女が磨いてきた複雑な魔術は、単純な力は簡単に無効化してしまう。
「そうそう、私やズィーラの本領はここからだってこと」
アイリンも尻尾を伸ばす。現代で言えばアンテナに当たる端末から魔力波を出すと、ズィーラと同じように異常を探し始めるのだった。
◆◆◆
フロアを移動し、何度か探察のための魔法を発動する。
「結論から言うなら、今は開いている場所はない。今はね」
そうして、ズィーラはそう結論付けた。誠はようやく肩を撫で下ろす。
だが、次の言葉を聞いた時に再び顔を引き締める。
「ただし、空間のあちこちに綻びが出ている。ちょっとした弾みで『迷宮』が漏れ出てしまうだろうね」
『迷宮』が漏れ出てしまう。その言葉の重みを、この場に居た皆が理解していた。
「つまり、今回のように街の中であっても、『迷宮』の中にしか存在しない化け物たちが溢れ出てしまうと言う事か」
「そう言う事だね。ハッキリ言う、事態は僕たちが思った以上に深刻だ」
『迷宮』が外界にまで影響してしまうことは、既に何例も確認されている。誠が強硬にマナの隔離を主張したのも、これらの事例を踏まえたうえでのことだ。ユウキやアイリンはもとより、ただの少女であるマオカも状況の深刻さを理解出来ていた。
「マナの『迷宮』って、そんなに酷いんだ」
迷宮病は心の中に生まれた悩みや迷いから生まれる。
「なんかショックだな、親友みたいな顔してたのに、女の子一人がそんなに悩んでることに気が付けないなんて」
「マオカ――」
「そんなことはない」
ユウキが声をかけようとした時、それよりも先に動いたのは誠だった。
「心を持つ存在なら、迷いや傷を持つものだ。生きている限り刻まれていくものを消し去ることは出来ない」
生きるうえで、悩みを持たない存在はない。それは些細なことかもしれない。誰にも理解出来ない個人的な問題かもしれない。
「それでも、マナ君はマオカ君の前では笑っていたのだろう」
「……うん」
マオカは、思い出す。教室での他愛もない話や、学校帰りの寄り道。
大好きな本を貸しあったり、一緒に見た映画の感想を言い合ったり。
日常のほんの些細なやりとり。そのさなかに、少女が笑っていたことを。
「なら、君は彼女の傷を少しでも和らげていた。そう言う事だろう」
「うん……うん、そう思う!」
元気な少女の返事に、誠は頷いた。
「フヒヒ……そうだね、君の存在が、マナと言う存在の鍵になるに違いない」
「だから、お前をちゃんと『迷宮』の奥まで送り届けないとな。
ユウキは皆の顔を見る。ズィーラも、アイリンも、誠も、そしてマオカも迷いのない瞳で彼を待っていた。
「明日、一気に最奥まで踏破しよう」
一斉に返事をすると、皆の心が一つになった。
「さて、そうと決まったのなら食事について考えよう。今でも開いている店を探すのは多少骨ではあるが、急ぐからこそ食事と睡眠はしっかりととらないとな」
◆◆◆
その後、ユウキたちはショッピングセンターの職員に無事を報告する。
それと同時に、商品売り場で買い物が出来ないかと提案した。
「いえいえ、それはご自由に。なんなら持って行ってもいいんですよ」
「それは申し訳ない」
さすがに悪い、とちゃんと誠が定価で買っていった。
だいぶ遅くなってしまったが、五人での食卓は賑やかなものだった。
時間が遅いから大したものは用意をできない――と言って台所に立ったのは黒羽誠であった。
「これが仕事の合間に取得した時短レシピの数々だ!」
ひき肉と野菜をあえた簡単な料理や、既製品を加工したような簡単な料理。それらは確かにシンプルで料亭食べるような高級品ではなかったが、異世界からの旅人や食べ盛りの少女にとっては十分なごちそうであった。
「ふふふ、そこまで美味しそうに食べてくれると作った甲斐もあると言うものだ。何せ、普段は一人ご飯だからな」
「えー、実は彼氏とかに食べさせているとかじゃないの?」
「ははは……仕事が忙しくて彼氏を作っている暇もないよ……」
こうして、決戦前の夜は更けていく。
鏡峰家の居間がこれほど賑やかであったのは久方ぶりのことで――
「……」
「勇者君、懐かしいかい?」
異世界で戦い続けた勇者にとっても、剣も握らず警戒もせずに笑っていられるこの時間は貴重なものであった。
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