4.4. 勇者の戦い
ホームセンター内部、通話をしていた電話をポケットにしまうと、ユウキは金属バットを構えると正面を見据える。
彼の目の前には多数のゾンビ。数は先程よりも増えて、視認できる範囲でも十は超えている。
「少ないな」
少年の声は平坦であった。強がりでも侮蔑でもない、ただの現状確認の言葉だ。
彼が勇者として経験したゾンビ災害に比べれば微々たるものである。証拠に、彼は息一つあがっていない。
床を蹴ってゾンビの群れに飛び込んでいく。金属バットを振り抜くごとに木の葉の如く肉塊が消し飛んでいく。
打撃の合間に光の刃と波動。まさしく塵のように飛び散っていくゾンビたち。
「さて……ゾンビの発生なんてのは二つのパターンはある。一つは死にきれなかった魂が腐った肉体にこびり付いて未練がましくこの世界で動き続けている場合」
眉一つ動かさずに血風の中で状況を分析する。
油断なく周囲を観察する。
僅かでも異変がないか。ゾンビと言う存在を生み出す原因が何か。
魔術師が大規模な超常現象を発生させる場合、必ず世界に対して何らかの『歪み』が発生する。魔法陣やズィーラが魔術の媒体にしている自分の身体などは、世界に発生する異常をスムーズに馴染ませるためのものだ。
言うならば、異変の起点。
「――もう一つが、
勇者の瞳が一点を捉える。
建材が積み重なる壁の隙間、黄金の瞳がこちらを見ている。
「この場合は、後者か!」
光の刃が手刀から放たれる。
ゾンビの身体を切り裂き、一直線に黄金の瞳へと向かって行く。
「こういうのはズィーアの方が得意なんだけど――」
彼が言う通り、本来魔術的な探索は魔術に精通したズィーラが行っている。もしくは、戦闘中は彼の中で周囲を警戒しているアイリンの役目だ。
「――この手の相手は、イヤと言うほど戦ってきた。見破ることくらい訳ない」
黄金の瞳が真っ二つに切り裂かれた。
空間が歪み、角材の隙間から黒いフードの異形の存在が姿を見せる。
単眼の魔人。赤黒い肌にやせ細った肉体をした二足歩行の魔物。それがゾンビを発生させていた原因だった。
中央から切り裂かれたフードが床に落ちる。同時に単眼が割れる。
ユウキの周囲を囲んでいたゾンビたちがピタリと動きを止めると、頭から黒い塵となって消えていく。
「さて……」
これで終わり――そう思った時だった。
「……消えない」
ゾンビたちは黒い霧となって消えた。
「ゾンビマスターが、消えていない」
彼らを呼び出していたゾンビの親玉は、その死骸を晒し続けている。
(不味い――)
拳に光を集める。光波によって消し飛ばしてしまおうとするが、既に遅かった。
ゾンビマスターの二つに割れた肉体が泥のように溶けると、床に水溜りのように広がっていく。
黒い泥から背びれが見えた。次の瞬間、異形の影が空中に飛び出した。
「……サメ」
巨大な背びれに平らな尾びれ、灰色の肌に流線形に細長い体。そして、鋭い牙。空に浮かぶ姿は魚と言うより小さな航空機。
肉体はところどころ朽ちている。言うならば、ゾンビシャーク。
ゾンビマスターが朽ちる前、自らの存在を代償として存在したモンスターである。
「うわー、サメかあ……ゾンビシャークとかB級映画の詰め合わせかよ」
冗談のような存在である。だが、目の前に存在する以上は冗談ではなく脅威そのものでしかない。
ユウキは再び金属バットを構える。それを待たずにゾンビシャークはヒレを動かす。空気が波のように振動すると、巨体が動いた。
(早い……っ!)
弾丸のような速度で巨体が飛び出した。
ユウキですら完全に回避することは出来なかった。即座に、突進から身を守るためにバットを盾にする。
バット越しに伝わってくる衝撃。ただ支えるだけでもはじけ飛ばされそうになる。
押し返すことは最初から考えていなかった。斜め後ろに飛び探り、なんとか衝撃を受け流す。
「っ……」
転がりながら商品棚の間に逃げ込む。中央の広前の通路をサメの弾丸が駆け抜けていった。
すぐさま起き上がって追いかけようとする。ユウキは通路に飛び出したが、既にサメの姿はなかった。
(どこだ……どこにいる?)
ホームセンターには中央に広めの通路があり、そこから左右に等間隔に商品棚が置かれており、その間を細い通路が続いている。
各棚にはスポーツやキャンプ用品などジャンルごとの別れていて、置くまで進むと隣の棚に接続するための通路がT字路のように続いている。格子状に空間が繋がっており、接続は容易だ。
そして、今ユウキは中央の通路の真ん中に立っている。
つまり、前後左右どこからも襲われる状態であった。
空気が振動する。震源は真横。
振り向くと、商品棚の合間からサメが迫ってくる。
「
床に魔力を叩きこむ。衝撃のまま飛び上がると、紙一重の隙間をサメが突き抜けていった。
「はぁぁぁぁッ!」
すれ違いざまにバットの一撃を尾ひれに叩きこむ。だが、逆にバットの方が吹き飛ばされてしまう。
ユウキは空手になり床に降り立つ。ちょうど、壁の端まで空間を泳いだサメが商品棚の影へと消えていったところだった。
(この図体を相手にするには金属バットじゃ荷が重すぎるか)
ユウキは一歩前に踏み出す。再び中央の通路に立つと、目を閉じて瞑想をする。
「大丈夫、やり方は思い出せている」
意識を集中して自分の中――自分の中の迷宮に向けて伸ばしていく。
「そろそろ、勇者らしい戦い方をしないとな」
空間が揺れた。サメは悠々と通路の端に姿を見せる。彼の背中を確認すると、ヒレをたたみ弾丸のような姿を取る。
肉が禿げ、牙が剥き出しになった口の端が歪んだように見えた。
黒い魔力を噴き出してサメが飛び出す。巨体を弾丸にしてユウキへと迫ってくる。
「――ッ!
ユウキの目が見開かれる。同時に、右手に聖剣が姿を現す。
踵を返し、身を縮める。
頭上を衝撃が突き抜けていった。同時に全力で床を踏み抜く。
サメが弾丸とするなら、勇者の一撃は光の矢。音を越えた光の速度で飛び出すと、聖光の斬撃がゾンビシャークを真っ二つに切り裂いた。
床を削りながら、荒々しく勇者は着地する。見栄を切るように大袈裟に剣を振るうと、聖剣は光の粒子となって彼の中の迷宮へと帰っていく。
その後ろには動きを止めたゾンビシャーク。二つに割れた肉体は、有象無象のゾンビと同じように黒い塵となって消えていった。
戦い終わった。もはやゾンビの呻き声は聞こえない。
だが、勇者の顔は晴れない。
「ダメだな、まだ本調子には程遠い、か」
剣を握っていた手を見る。魔力を集めて光を生み出すが、その聖光は彼が満足できるだけの量ではなかった。
「あの仮面の男がもう一度襲い掛かって来た時、みんなを守りきることができるのかな」
妹を巻き込んだ迷宮での戦い。誠の介入が無ければどうなっていたのだろうか。
誰かを守りながら戦うこと、本来の自分を取り戻してから時間が経っていないこと、理由は幾つもあるが、そんな甘えで被害を許してしまう訳にはいけない。
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