4.3. 役割分担

 誠に反応してホームセンターの自動ドアが開く。彼女が扉をくぐると、二つの足音が続いた。


「はぁ……はぁ」


 脱出が完了し、荒い呼吸をしながらも立ち止まるマオカの姿を確認すると、誠は再び走り出した。


 誠とマオカ、そして巻き込まれた女性はなんとか無事にホームセンターから脱出ることが出来た。だが、まだ状況は予断を許さない。

 ユウキはまだ店内で戦っている。戦いに関しては彼に任せればいいだろう。

 では、誠がやるべきことは何だろうか。


(迷宮病対処マニュアル……繁華街等密集地で『迷宮』が発生したのであれば、すみやかに混乱を収め、人を退避させること)


 走りながら状況を確認する。既に店内に情報が入っているのか、客たちはざわついていた。


「どいてください」


 人をかき分け、彼女が向かったのはサービスカウンター。既に異常を感じ取ったのか、スタッフが集まっていた。


「失礼する! 私は厚生労働省――こういう物だ」


 口頭での説明もそこそこに、胸元から取り出した身分証明書を見せる。文面を確認すると、店員はすぐに顔色を変えた。


「店内で迷宮病の患者が発症した。幸い田舎……ではなくて人の少ない時間帯であり被害は確認されていない。

 今、私の仲間が『迷宮』が外に漏れないように対処をしていますが、予断を許さない状況です!」

「そ、それではどうすれば?」

「申し訳ありませんが、避難誘導の協力をお願いします」

「しょ、承知しました!」


 方針が決まれば早かった。責任者と思われる壮年の男性が短く支持を飛ばすと、すぐさま店内放送が流れる。


『店内で『迷宮病』が発生しました! 店内のお客様はスタッフの指示に従って――』

 店内が一斉に騒がしくなる。スタッフはすぐに所定の持ち場に散っていくと、普段から訓練されているように誘導を開始した。

『いつ『迷宮』に巻き込まれるか分かりません! すぐに退避をお願いします!』


 事態が好転し始めたことを確認すると、誠は指示を取っている人間に連絡先だと名刺を渡した。


「連絡先はそこに! 私は仲間の救援に向かいます!」

「わ、わかった! お気をつけて!」


 誠は手短に応じると、再び走り出した。

 人の流れに逆流しながらホームセンターの入り口に。


「ですから、避難先はこっちじゃないです」


 入口では迷い込んだ客に対して、案内をしているマオカと――


「マオカちゃん、さっきの女の子の誘導は終わったよ」

「あ、それじゃあこのおじさんの説得の続きを――」


 マオカと一緒に逃げていた女性の姿があった。


「あ、誠さんもう大丈夫なんですか」

「ああ。だが、マオカくん、これは?」


 誠は隣に立つ女性をちらりと見る。彼女は気恥ずかしそうに視線を外す。


「あの後、入ろうとする大人の人に事情を説明していたんです。でも、アタシが学生だからって悪戯してると思って信じてくれなくて……そこで、見かねたお姉さんが事情を説明してくれたんです」

「そうですか、感謝します」


 女性は、恥ずかしそうに視線を外した。クスクス、とマオカの笑い声が聞こえて来た。


「それじゃあ、ここは二人に任せて――」


 誠の言葉を遮るように、マオカの携帯電話から着信音が流れる。

 

「アニキからの着信だ」

「すまない、私も情報共有をしたいから音量を上げてくれ」

「わかったよ」


 音量を上げると、通話を繋ぐ。


『マオカ、通じてる?』

「うん、大丈夫だけど」

『マオカ、ゾンビはなんとかするけど、その後この場所がどうなっているか詳細に確認したい。家からズィーラを連れてきて欲しいんだ』

「わかった!」


 返事をするとすぐさま通話は切れた。


「と言う訳で誠さん、私は家に待機してるズィーラを呼んできます。ここはお姉さんに任せますね」

「うん、あのお兄ちゃんを助けるためなんだね。私も頑張るよ」


 店内からは未だに衝撃音と共に呻き声が聞こえてくる。電話口にも異音は混ざっていた。

 まだ、戦いは終わっていないのだ。


「足はどうする?」

「タクシー拾いますから大丈夫です」

「分かった。タクシー代は後で請求してくれよ」

「ホント、真面目と言うかなんというか」


 マオカは苦笑いしながら駆け出す。その背中を見送りながら、女二人はようやく息を吐く。 


「大丈夫ですよね」

「ああ、これでも専門家のようなものだ。私も、彼もね」

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