第四章 侵食する迷宮

4.1. 買い物

 マオカたちが住む街、藍世町はどう取り繕っても田舎である。

 山の合間を這うように引かれた鉄道。僅かばかりの平野に築かれた駅を中心に広がる古びた街並み。

 それでも、駅の周辺には屋上に駐車場を持つショッピングセンターがある。ホームセンターと併設されたこの商業施設は、藍世町では珍しく、夜まで人の賑わいが消えない。

 駐車場の入り口にボンネットの凹んだ車が入場する。

 駐車券を取るために運転席の窓が開くと、誠が顔を出した。


「ここがこの街で一番大きな店なんだな」

「うん。と言うか来る途中商店街を見たなら分かるでしょ」


 誠は曖昧な笑顔で応えた。後部座席ではユウキが呆れ顔で溜息を吐いている。


「そこは変に気をつかわなくてもいいよ。商店街のじっちゃん達の間だと、イオンが来たらワシら全員終わりだって震えてたから」


 先日、マオカが本屋に入った時にふと聞こえて来た店員たちからの嘆き声。

 田舎町は本の入荷は遅いし、数も少ない。しかし電波は通じている、電子書籍の登場によって売り上げが下がっていると悲痛な内容であった。

 マオカは兄に頼まれた漫画(例によって異世界スローライフ物)をレジへもっていく。営業用のスマイルが悲しく見えた。


「誠さんだってそう思うでしょ?」

「……マオカくん、付き合いが短いから私の性格を知らないだろうが。私は名前の通り嘘が苦手な性分なんだ、そんな風に話を振られたら失礼ながら正直に答えなければいけない」

「だからさ、大丈夫だって」

「まあ、妹からしてこんな感じなので気にしないでください……ハハハ」


 兄の言葉には諦観が滲み出ていた。


「そうそう、ズバリ言っちゃって」


 マオカはユウキをちらりと見る。冷めた瞳の男は、小さく頷いた。


「あくまで個人的な所感を言わせてもらえるのならば、最低限の機能を持ち、穏やかな時間の流れるこの街の空気は非常に好ましい」


 そこまで言うと言葉に詰まる。


「そう、あくまで個人的に、だ……」


 あくまで、と念押しすると、申し訳なさそうに言葉を続けた。


「……客観的に見て、田舎だろ、ここ」

「でしょ~! そんなの住んでるアタシたちだけじゃなくてアニキやマナだって同じこと言うんだから!

 アイリンなんてもっとズバリ言ったんだから、そんな畏まらなくていいんだよ」

「……あいつも出身地はまともな店なんてないド田舎だったんだけどな」


 ファンタジー世界のド田舎である。藍世町とは比べ物にならない田舎である。


「いや、しかし、自分の故郷を貶されるのは気持ちのいいものではないだろう?」

「そりゃあ、愛着はあるけど、そこまで気をつかわれたら逆に申し訳ないくらいですよ」

「そうか、注意する」


 あくまで生真面目に答える女性の姿に、兄妹は好感を抱くのであった。


◆◆◆


 屋上の駐車場に車を停めると店内へ。エスカレーターを使って売場へと降りる。

 二階は衣料品や生活雑貨、一階は丸々食料品売り場である。

 まずは食事の用意、と言うことで三人は一階のフロアに落ちる。

 夕食前の食料品売り場は、田舎町ではあるもののそこそこ活気に溢れている。子供連れの親子や定時退勤をキメた若人、そして田舎町に住んでいる老人たち。未だに自動精算機が導入されていない古めかしいレジには客が並び、ポイントカードを用意している。


「ところで、マイバッグはあるのか?」


 カートとカゴをテキパキと用意しながら誠は兄妹に向かって問いかける。二人は顔を見合わせると、そろって首を横に振った。


「持ってないんだな」

「はい、レジ袋貰ってますね」

「文房具やお菓子みたいな簡単な買い物だったら、学校の鞄に入れちゃうしね」


 誠はこめかみを抑えると、溜息をついた。


「まったく。学生の身からしたら三円五円も馬鹿にならない負担だろう。小学生のころに使った裁縫袋でもいいから利用することを推奨する」


 至極真剣な瞳で忠告をする。適当に誤魔化そうと考えていた兄妹であったが、気が付けば真剣に耳を貸し。


(本当に真面目な人だなあ……)


 思わず、二人そろって頷いていた。マオカはまだ若い、学校の教師や近所の大人に、一々行動を注意されるとどうしても鬱陶しいと感じてしまうことがある。だが、誠のように細かいことに口を出されても自然と受け入れられていた。

 初対面こそ印象は最悪であった。だが、僅かな時間であるが、彼女の言動に触れると、どこまでも真面目で好感の持てる人間であると理解出来た。

 

「誠さん、食べたいものとかありますか?」

 

 軽い口取りで話しかける。


「せっかく一緒に戦うんです、今日は誠さんの好きなものを夕食にしましょう」

「賛成。それだったらアイリンたちが好きなものも買っていこう。あの二人の好みだったら俺に任せてくれ」

「はは、転がり込んだ身だ、贅沢は言わないよ」


 盛り上がる二人に、誠は一歩引くように遠慮がちに答えた。

 さて、そんな彼女に対して、マオカは不敵に笑う。


「いえ、贅沢言ってよね。財布は誠さん持ちだから」


 妹の発言に、兄は心底意地悪な笑顔を隠さず。


「……本気か?」


 何も聞かされていなかった黒羽誠はカートを止めて固まるのであった。


「本気だよ、ね、アニキ」」

「そうそう。だから好きなもの選んじゃってください」

「勿体ないよね~、軽くなるのは財布なのに、好きな物は何も食べられないなんて嫌だもん。それなら、せめて好きな物をいっぱい選びたいよね!」


 ケラケラと笑う二人の顔には悪意はない。誠はそれを見て取ると、軽く息を吐く。


(身構えていても仕方ない、か)


 目を閉じて自分の中で考え方を切り替える。


(この二人は、心の底から自分たちを歓迎している。なら、私から壁を作ってしまうのは良くはないな)


 誠は再び目を開く。目の前には、人懐っこい顔をした兄妹が待っている。 


「まったく。ちゃっかりしているね。

 いいさ、ならば遠慮する必要はないな。とりあえず、一番いい肉を探そうじゃないか」

「え、本当にいいの?」

「ふふっ、公務員の給料を舐めない方がいい。これでも特殊資格持ちのようのものだからね!」


 兄妹の瞳が野獣の如き輝きを放つと、生鮮肉の売り場をロックオンする。

 遠慮、と言う二文字が消えたのは、誠だけではなかった。


「よっしゃマオカ!」

「うん、やるおアニキ!」

「……まったく、限度はあるからな」


 誠の弱々しい願いは既に届いていなかった。

 五人分の夕食、しかも、いくらでも金を使っていいと欲望を解放された状態。この条件が揃った場合、どれほどの出費をもたらすかは実際の数字を出さなくても予想は容易いだろう。エコバックで節約できるのは

 幸いであったのは、本人の自己申告の通りに誠は結構な額の金を持っていたことだった。


(田舎に来ると聞いて、現金を多めに用意しておいて良かった……)

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