4.5. 同盟
鏡峰家の居間を重苦しい空気が支配していた。
食卓を囲んでいるのは五人。ユウキとマオカ、ズィーアにアイリン。そして――
「お茶をどうぞ」
「あ、ありがとう」
居心地が悪そうにしている黒羽誠だった。
戦闘終了後、ズィーアはすぐに中継用の魔法陣を設置すると、『迷宮』の外に離脱した。
ユウキの怪我を心配して喚くアイリンを落ち着かせる必要があったこと。緊張状態の中にあったマオカを休ませる必要があったこと。
そして、乱入してきた黒羽誠について確認する必要があり、鏡峰家へと戻ることになった。
幸いにして誠はズィーアたちの提案に大人しく従ってくれた。
「まずは助けていただいてありがとうございます」
「いや、こちらこそ一人では突破できずに隠れてたいただけだ」
頭を下げようとするユウキを留めた。
「さて、お互いに一度情報を確認しよう。
妹君――マオカ君からの又聞きで申し訳ないが、君もマナ君の身柄を狙っていたそうだね」
「ああ、間違いはない。私の仕事は、『迷宮病』の患者の保護と治療だからな」
誠は懐から名刺を取り出す。
細かい文字でびっしりと役職が書かれている。
「厚生労働省迷宮病特務対策室所属、黒羽誠。それが私の所属と名前だ」
「厚生労働省……」
「ユー君分かるの?」
「ああ、王国治療院みたいなところだよ」
アイリンたちが来た世界で、国家ぐるみで衛生を管理しているところは一応はあった。
それと同じである、と説明をするとズィーアは理解した。アイリンはまだ頭を抱えていたが。
「早い話が、『迷宮病』の治療のための特権を持った組織に所属していると思ってくれ。
全国に散らばる患者を素早く探索し、保護する」
「だから、あんな強引にマナを連れ去った訳ね」
マオカにしては珍しい、棘のある言葉だった。
「それに関しては謝罪をする。だが、いつ発症するか分からない以上は迅速に行動する必要があったのだ」
「マオカ、今は抑えてくれ」
顔は納得していないが、とりあえず口は閉じた。
「それより、君たちはいったい」
「そうだね、少し込み入った話になるけどいいかい」
隠す必要はない。ズィーアたちは自分たちについて語り始める。
◆◆◆
異世界からやってきた魔法使い。現代で記憶を失っていた勇者。
「なるほど。浮世離れした一行だとは思っていたが」
「あっさり信じるんだ」
「あれだけの戦いを見た後だ、疑いようはない。それに、それは君も同じだろ」
僅かな時間の共闘。だが、その中で異能の力を使うユウキたちが普通ではないことは十分に理解出来た。
「事情は分かった。なら、私から頼みたいことがある」
誠は立ちあがると、深々と頭を下げる。
「君たちと一緒に連れて行って欲しい。
君たちにとって私は突然の乱入者だ。信じてくれ、と言うのは難しいかもしれない。
だが、私の目的はおそらく君たちと同じだ。『迷宮』の中に入り、彼女を助けたい」
そう言い終わると、ユウキたちの顔を順々に見つめる。
真剣なまなざしが、皆の瞳に映り込む。
「わかった」
最初に返事をしたのはユウキだった。
迷いのない言葉だった。
「それと、初対面の時は突然押しかけてすみません」
すっと、手を差し出す。
「ああ。こちらこそ取り押さえてしまったね、申し訳ない」
差し出された手は、誠にしっかりと握り返された。
「うん、ユーくんがそう言うなら!」
「もちろん、疑いようは無いよ」
さて、残されたのはマオカだけであった。
僅かに口に手を当てる。本当に一瞬だけそうすると、すぐに顔をあげた。
「うん。わかった。でも一つだけお願い聞いてもらっていい?」
「ああ、なんなりと」
「アニキが車運転できなくなったから、今晩の買い出しのために車出してよ」
心地よい了承の声が家に響いた。
◆◆◆
夕暮れの町を車が走る。ボンネットがへこんだ軽乗用車。鏡峰家の車だ。
助手席に乗っているのはマオカ。後ろの席に居るのはユウキ。運転しているのは誠だ。
「なるほど、姿が変わってしまったから運転が出来なくなった、と言う訳か」
「そうなんだよ。不便だから戻って欲しんだけどね、アニキには」
「無茶言うなって。アイリンたちも言ってただろ、この姿が本来の物なんだって」
信号待ちで車を止める。
誠の運転は極めて正確で落ち着いている。法定速度は必ず守るし、標識は絶対に守る。踏切の前では停車して窓を開けて音を確認していた。
「しかし、異世界か。『迷宮病』の患者がファンタジー小説に影響されて石造りの『迷宮』を作ることもあったが、魔法を見たのは初めてだよ」
「やっぱり、『迷宮病』の中にはゴブリンやオークが襲ってくることってあったの?」
「ああ。だがまあ、殴ったら顔が取れて中から人の顔が出てくる、なんてケースが大半だ」
『迷宮』はあくまで患者の経験から生まれる。その経験の中には物語を読んで蓄積された情報も含まれる。その中から現実に存在しないようなモノも生み出される。だが、そのような物語が『迷宮病』に繋がることはまれである。
「多くの人間にとって、本当に怖いのは幻想世界の化け物ではなくて現実に存在する人間、なんて出来の悪いホラー映画みたいな結論だ」
結局のところ、人間が一番怖いのは人間自身なのだ。
「今回みたいにファンタジー全開な敵が出てくる『迷宮』なんて初めてだったよ」
「そうなんだ~」
軽く言い合う二人の後ろで、ユウキは神妙な顔つきをしていた。
「どうしてマナの『迷宮』はあんな形になったんだろう……」
「と、言うと?」
「んー、アタシはマナの全てを知っている訳じゃない。
でも、小学校のころからずっと一緒で、お互いの家に遊びに行ったこともある。
ご両親との仲も悪くないし、それなりに楽しい毎日を過ごしていた」
「そうか……ここではそうなんだね……」
どこか歯切れの悪い返事をした。
ちょうど信号が切り替わる。話を誤魔化すかわりに、車のアクセルが少しだけ強く踏まれていた。
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