3.4. 襲撃

 視界が歪み、景色が塗り替わっていく。

 地面に脚がついた時、目の前に広がっていたのは古びたレンガで囲まれた部屋の中であった。


「遺跡、か」

「天井が見えない」


 ゆうに学校の体育館程の広さの空間。天井は存在しない代わりに、奈落のような闇が広がっている。


「えっと、どこだろう、ここ。

 アタシたちの町にはこんな場所はないし、まるで遺跡とか神殿とか、ゲームの中のダンジョンみたい」

『ユー君、やっぱり……』


 その声はユウキにだけ届いていた。


「いや、漫画とかで見た景色が重なっているだけかもしれない……まだ、戻ってないと思いたい」


 マオカに聞かれないよう、自分と内に宿るアイリンだけに聞こえるように言うと、剣を構える。

 

「妹君、観光は後にしてくれ! 来るぞ!!」

 

 異音が空間に満ちてくる。


 ――ギチッギチッギチッ――


 骨が軋む音がした。灰色の泥が床から噴き出してくると、人の形のように集まってくる。


「また人形?」

「いや、違う!」


 固まった人型には肉が無い。骨だけの存在、スケルトンだった。

 しゃれこうべが震える。ひゅるひゅると空気が抜ける音がした。

 剣、弓、槍、朽ちた武器を持った化け物が迫ってくる。その数はマオカが確認できただけで三十以上あった。


「さて……防壁展開!」


 マオカが杖を振るうと、足元からスライムの粘液が吹きあがる。

 円形に広がると、円柱状に伸びて防壁のようにマオカとズィーアを包み込んだ。


「スケルトン程度ならこの壁は抜けない。勇者君、存分に戦ってくれ!」

「了解!」


 聖剣が輝く。その力強い光は粘液のカーテン越しにも届いた。

 

「スケルトンか。魔力の核そのものを砕かないと、骨をかき集めて再生するから厄介なんだよな」

『ユー君、久しぶりだけど大丈夫?』

「当たり前だ。守る相手が居るんだから、大丈夫じゃないと話にならない!」

『もー、別の女の話ばっかりして!!』


 ユウキは床を蹴る。弾丸のような速度で踏み込むと、剣を一閃。その鋭い一撃は受け太刀は許さない。スケルトンの胴体を真っ二つに切り裂くと、紫色の結晶が飛び散る。

 背骨の真ん中に埋め込まれた魔力の結晶。魔物の核が剣によって砕かれたのだ。。


「次っ!!」


 返す刃で二体目の頭を破壊する。そのまま勢いに任せて離脱。槍が床に突き刺さるが、ユウキの姿はとらえられない。


「なんだか、慣れてるよねアニキは」

「そりゃあ、ね。勇者だからね」


 粘液越しに兄が飛び回る姿を見ながらマオカは呟いた。

 現実離れをした戦闘を行う兄の姿は異常で、どこか非現実で、目の前のことだと実感が湧かなかった。


 骨が飛び散る。魔力の結晶が砕けていく。

 結局、戦闘は三分もしない間に終わった。


「勇者君、お疲れ様かな」

「いや……」


 骨の化け物は全て砕け散った。既に危険はない筈であった。

 だが、ユウキは剣を離さなかった。


「ズィーア、防御術式はそのままで――」


 言い終わり前に空を切る音がした。

 黒い刃がユウキに向かって飛んでくる。一撃目は剣で受けた。ニ撃目は後ろに下がり回避する。

 完全に見切った三撃目は、そのまま野球の打者のように打ち返した。

 部屋の奥、灯りの届かない通路から金属を弾くような音がする。次に聞こえてきたのは、ゆっくりとした拍手だった。


「お見事! ワタクシの攻撃をこうも簡単に打ち返す!」


 暗闇の中から男が姿を見せる。

 悪魔のような仮面をつけた男が、ゆっくりと歩いてきた。


「こいつは間違いない!」

「誠さんと戦ってた変態仮面!」


 マナを連れ出す際、黒羽誠と交戦をした謎の男だった。


「その呼び方止めてくれませんかねえ!!」


 仮面の奥から怒声が響いてきた。


「仮面を変えてくるとか中々見た目に気を遣っているみたいだな」

「ええ、最低限の礼儀みたいなものですから」

「それは仮面を外して言え」


 ユウキは突き刺すような視線を投げかけつつ、剣を構える。


「一応聞いておく、名前は?」


 返答は、仮面の奥から響いてくる嘲笑だった。


「勝手に呼ばれるのが嫌なら、名前を名乗るのが筋じゃないか。呼び方が分からないなら、俺たちも呼びようがない」

「そうですね……素直に名乗るようなら仮面をつけていないのですが」

「じゃあ変態仮面でいいな。仮面が本体みたいなモンだし」

「……相変わらず厳しいですね、勇者さんは」


 ――勇者さん。

 その言葉を聞いた時、ユウキは踏み込み、剣を振るった。

 仮面の男は襲い掛かる刃を跳躍して回避する。音もなく身長よりも高く飛びあがると、腕を振る。

 黒い刃が降り注いでくる。


「アイリン! 光刃エッジを!」

『うん!』


 聖剣が黄金の光を纏う。剣を振り払うと、斬撃の軌道が光の粒子になり、そのまま飛び出していく。

 黒い刃と黄金の刃が空でぶつかり合う。魔力の塊が弾けると、お互いに消滅した。


「なんで勇者であることを何故知っている」


 言葉と共に跳躍。ユウキは瞬く前に仮面の男より高く飛びあがると、剣を振り下ろす。


「ワタクシは同じですよ、あなた達と」


 仮面の男の背中から蝙蝠のような黒い羽が生えた。

 一瞬のうちに飛び去る。刃はそのまま空を切った。同時に、黒い翼がユウキの後ろを取る。振りかざした腕には黒い刃は握られている。


「クソ!」


 身をひるがえして、なんとか太刀で受け止める。だが、空中では剣を支えるのが精いっぱいである。押し返すことも出来ずにそのまま地面に叩きつけられた。

 床が割れて土煙が上がる。ユウキは鋭い視線で仮面を睨み返す。

 攻撃はユウキにとって大したダメージではない。即座に跳躍すると距離を取る。


「なんで襲い掛かってくる! この前は曲がりなりにも手助けをしただろう」

「今度は邪魔なんですよ! ワタクシの目的のためにはね!」


 仮面の男が手を天にかざした。手のひらから黒い影が溢れ出し、蝙蝠の形をとる。

 赤い瞳が浮かび上がる。キイキイと泣き出すと、人の頭ほどの大きさのある蝙蝠が飛び立った。

 蝙蝠がユウキに襲いかかる。

 即座に聖剣で薙ぎ払うが、瞬く間に新手が襲い掛かってくる。


「くそ、やっぱり仮面つけてる変態は信用ならない!」


 左右に逃げながら憎まれ口をたたく。仮面の男の顔は微かに揺れている。


「いい気になるなよ!! アイリン! 光爆ブラストを!」

『二秒待って!』


 返事が終わると聖剣の切っ先に光が集中しはじめた。

 ユウキは一歩後ろに飛び退くと剣を上段に構える。


『魔力充填完了! 起爆の合図はよろしく』

「了解」


 四方より迫ってくる蝙蝠たちを待つ。

 一秒にも満たない刹那のタイミングを見切ると、剣を振り下ろした。


光爆ブラスト!」


 光が爆裂する。迫って来た蝙蝠たちは光に巻き込まれるか、解放された魔力に吹き飛ばされる。

 一瞬の自由。それだけあれば充分であった。


『いけっ! ユーくん!』

 

 ユウキは剣を左手で逆手に握ると強く踏み込む。

 弾丸のような跳躍。仮面の男の眼前にユウキの顔がある。

 剣は振るわない。逆手に持った剣をそのままぶつける。振り抜くよりも速度を重視する。強引にぶつかって打撃を与える。

 硬い物質がぶつかる音が響く。次に聞こえて来たのは何かが落ちる音。

 『迷宮』の床に仮面の破片が落ちた。口の部分がはがれていた。


「本調子ではないようですね、勇者さん。以前の貴方であれば仮面ごとワタクシの顔を砕いていたでしょうにね」

「違う、狙ったのは首だよ」


 ニヤリ、と男は笑う。


「次はもう少しペースを上げましょう」


 黒い翼を翻して飛び上がる。

 黒い稲妻がユウキに襲い掛かった。それと同時に翼から蝙蝠が飛び立つ。

 その数は百を越え、瞬く間に部屋の半分を埋め尽くして島う。


「くそっ!」


 避けた床が砕け散る。巻き上がる瓦礫の中逃げ惑う。

 飛来する蝙蝠を刃で受け止めるが、徐々に身体には裂傷が増えていく。


「ズィーアさん、アニキが!」

「手助けをしたいところだけど、ボクも気を抜くわけにはいかないからね!」


 粘液の壁には蝙蝠たちが纏わりついている。

 解除しようものなら、一斉に襲われるだろう。そうなれば、ズィーアはともかくマオカはひとたまりもない。


「どうする……」


 ズィーアの顔に焦りが浮かぶ。

 ここまで、彼女は常に冷静であった。小鬼の群れに対しても常に余裕を持った表情のままだった。それが崩れたと言う状況に、マオカは黙り込んでしまう。

「どうする……どうしたらいい」


 光が弾ける。渾身の一撃で蝙蝠を吹き飛ばしたものの、爆心地に立つユウキの顔にはいくつも傷が出来ている。

 仮面の男の追撃はやまない。一呼吸置く間もなく稲妻が襲い掛かり、辛うじて回避する。

 羽ばたくたびに蝙蝠は生まれる。キイキイと不愉快な泣き声が部屋の中を支配する。


 ――このままではジリ貧だ。


 ユウキは反撃の機会を伺いながらも突破口を見いだせずにいた。

 部屋の隅を確認する。粘液のバリアには蝙蝠が纏わりついていて、ズィーアからの支援は期待できない。


『ユーくん、しっかりして! いつだって困難を乗り越えて来たでしょ!』

「……ああ、そうだな」


 剣を握る力が入る。弱音を頭から追い出すと、光の刃を振るう。


「こうなりゃ我慢比べだ! アイツの魔力は尽きるか、俺が諦めるかどっちが先か勝負だ!」

『だったら絶対に大丈夫! だってユーくんだもん!』


 割れた仮面の口元が歪む。それは余裕で在ろうとユウキは見てとった。

 だからこそ、そこに勝ち筋があると彼は直感する。


 ――どんなきっかけでもいい。『勝ちを確信している奴』ほど予想外の行動に弱い。

 

 自分が今持てる術を考える。たった一瞬でもいい、予想の外にある何かをぶつけられたら――


 それは、奈落のような天井から降って来た。


 始まりは音。

 誰かの絶叫。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 叫び声が空から降って来た。

 最初に気が付いたのは仮面の男であった。それだけ余裕があったのが彼だったのだ。

 声につられて見上げると、そこには黒いスーツを翻した降り立つ女性――黒羽誠が降りて来た。


「この変態不審者がっ!!」


 そして、勢いのままに仮面を踏みつける。


「げはっ!?」


 あまりの不意の一撃に、誠もろとも地面に墜落した。仮面の男は成す術もなく肉体が地面に叩きつけられると、床にヒビが奔る。砕かれた床の瓦礫が舞い上がる。


「この邪魔者がっ!!」

「邪魔ものじゃない! 黒羽誠だ!」


 仮面の男の怒りの咆哮。彼は強引に翼で伸ばし、誠を吹き飛ばす。

 すぐさま舞い上がり、魔力を黒い稲妻として、手のひらに集める。

 だが、その魔力は解放されることはなかった。


「粘糸顕現!」


 粘液の鞭が仮面の男の腕に巻き付く。巻き付いた粘液は一瞬のうちに硬化してその自由を奪う。

 行き場を失った魔力は爆発を起こした。発生した膨大な熱量は腕を一瞬で黒焦げにする。


光刃エッジ充填完了! 思う存分やっちゃって!」

「了解」


 続けざまに三日月状の光の刃が遅いかかる。

 刃が狙ったのは仮面の男本体ではなくその翼。

 痛みすら感じない程の鋭い斬撃は、一瞬にして翼を切り裂く。

 叫び声を出す間もなく、仮面の男は再び床に叩きつられた。


「誠君と言ったね、マオカ君のことを任せるよ!」

「わかった!」


 飛び出したズィーアに変わり、誠がマオカの隣に立つ。


「失礼!」

「わわ、そんな抱え方ある!?」


 脇で抱えると、迫ってくる蝙蝠から一目散に逃げだす。

 この瞬間、勇者と魔法使いが完全に自由になった。


 誠は異世界の住人に比べれば身体能力は低い。現に、今も迫りくる蝙蝠から逃げるだけで精いっぱいである。

 だが、時間を稼げる。

 勇者たちにとって、十分すぎる時間だ。


「防御付与!」

「よっしゃ!」


 粘液が空間に飛び散ると、薄い膜となってユウキの体に張り付いた。

 うっすらと青いい輝きが身体を覆う。

 蝙蝠が迫ってくる。だが、ユウキの触れた瞬間にかき消えてしまった。


 ――魔力を込めた粘液。それに聖剣の光を合わせて、触れた弱いモンスターは一撃で消え去る。


 もはや雑魚に構う必要はない。飛び上がろうとする仮面の男に向かって一直線に踏み込む。

 それは黄金の雷。間に立ちはだかる障害を金色の光へと飲み込んでいく。


「食らえ! 円空フル!!」

ムーン!』


 ――円空閃フルムーン、二人の叫びが重なる。


 擦れ違いざまに刃が躍る。渾身の力を込めた大ぶりの一撃。勢いのままに一回転しながら真横に一閃する。

 ただの渾身の斬撃ではない。溢れ出る魔力を斬撃の指向性をもたせて一気に噴き出す。

 物理的にも概念的にも切り裂く必殺の一撃。

 聖光から漏れ出た光が粒子となって、真円の軌道を描く。

光が円を描き、満月のように軌跡を残す。


「ちぃっ!」


 仮面の男の口元が歪む。瞬間、黒い闇が男を包んだ。

 部屋の中を支配していた蝙蝠たちが消える。後に残されたのは、真っ二つになった仮面だけだった。

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