2.2. 下駄箱の心残り

 次にどこに向かうか、そう聞かれた時にマオカの頭に浮かんだのは、学校だった。


「どうして?」

「なんとなく……『迷宮』がマナの心の中にあるものなら、そこが一番大事なのかなって」

「なるほど、行ってみる価値はあるな」


 ユウキとマオカが乗った車は、マオが通う学校へと針路を向けた。

 普段は十分もあれば終わるような道程であるが、ここは『迷宮』の中、そう簡単にはいかない。

 数十メートル進んだら、何故か草むらの真ん中に放り出されたり、酷い時は見知らぬ家の中に迷い込む。

 結局、二人が学校に辿り着くまで体感として数時間はかかってしまった。


「どうする、中に入るか?」


 車の中から後者を見上げる。中に入るにはどうしても車を降りる必要があった。


「アニキ、階段とかそのまま車で登れないかな」

「本気で言ってるなら怒るぞ」

「だよね~」


 諦めてシートベルトを外すとドアを開ける。幸いにして周囲には異常の気配はなかった。


「アニキ、トランクにチェーンソーとか金属バットとか隠してない?」

「なんでその二つが同じカテゴリーにあるの?」

「ゾンビ映画とかだと定番の武器じゃん」

「今度どんな映画見てるか教えろよ。B級を悪いとは言わないけど同じのばっかりだと飽きるぞ」


 はいはい、と返事は適当そのものだった。


「なんにしても武器になりそうな物ってないかな」

「うーん」


 ユウキはとりあえず車のトランクを開けてみた。

 中にあったのは事故の際に使う三角停止板や発煙筒、そして――


「ショベルがあったな」


 両手で持ち上げると、思っていたよりも重いのか、少しだけふらついた。

 見てくれは悪いが、構えてみれば槍や剣のようである。


「とりあえず、俺が先に歩く。マオカは後ろからついてきてくれ」

「うん、分かった」


 二人、昇降口へと向かった。

 当然のように昇降口に人の気配はない。


「あ、ちょっと待って」


 マオカは一つ、気になることがった。

 昇降口に置く、とある下駄箱を開く。そこは、今朝、マナがラブレターを入れていた場所だった。


「……これ」


 中にはラブレターは無かった。かわりに、金色の宝石が入っていた。


「なんだろう」


 不思議、と思いこそ、怖いとはマオカは思わなかった。

 迷わずに手に取る。宝石には僅かに熱があった。


「マオカ、これは?」

「うーん。『迷宮』って心の迷いから生まれるんでしょ。なら、やり残したことがあるのなら……何かあるのかなって思ったんだ」


 宝石は静かに金色の光を放っている。

 光の方向は不定で、何かを指し示しているようだった。


「あ、ちょっとまて。それをもうちょっと高く掲げてくれないか?」

「うん、いいけど」


 腕を伸ばして掲げる。漏れ出た光が一筋の線を描く。

 昇降口を出る。光は、マオカたちが降りて来た坂道。その先、街の中心へと伸びている。


「これって、何かの道標かな」

「分からないけど、他に手がかりもないんだ。行ってみよう」

「うん!」


 ようやく見えた希望に、二人の顔にもようやく笑顔が浮かぶ。


「よし、行こうアニキ!」


 軽い足取りで車へと向かう。その時、周囲に異音が満ちていることに気が付いた。


「アニキ……」


 マオカの警告にユウキは静かに頷くと、自分の近くに来るように促す。

 同時に、周囲から黒い影がわき出す。

 ちょうど車とマオカたちを遮るように吹きあがると、一メートルほどの大きさの人間の姿――ただし、小さな角がある――を象った。


「小鬼≪ゴブリン≫だ」


 マオカの脳裏にとっさに浮かんだのは、映画やゲームの中にいる魔物の名だった。


「――ケケケ――」


 嘲笑うような声が聞こえる。緑色の小鬼となると、一斉に飛び掛かった!


「うぉぉぉぉぉ!! ショベルスラッシュ! ショベルボンバー!」


 適当に叫びながらスコップを振り回す。一匹は吹き飛ばした。

 異形の存在であるが、小さくて弱い。だが、数が多い。

 爪がユウキを襲う。マオカには触れないように盾になって防ぐが、傷はどんどん増えていく。


「ちっくしょう! 大して強くないくせに」


 足元に居た鬼を蹴飛ばし、ショベルをフルスイングしてまとわりついた小鬼を吹き飛ばす。

 そう、目の前の化け物たちは個々の能力は大して高くない。普通の大学生でも十分に対処できるほどなのだから。


「――ケケケ――」


 だが、数が減らない。

 敵は目の前だけではない。

 複数の笑い声が重なる。エコーがかかったように波になって襲いかかってくる。


 ユウキは思わず音に振り替える。その先に存在するものを見た瞬間に、青ざめた。


「嘘だろ」


 グラウンドの方から黒い影の一団が迫ってくる。


「――ケケケ――」

「――カカカ――」

「――ヒヒヒ――」

「「「――ケヒヒヒヒ」」」


 小鬼たちは闇雲に襲い掛かるのはやまて、弧のように陣形を作りながら押し潰すように迫ってくる。

 もはや、数と言う段階ではない。個々の存在ではなく波。押しつぶすために迫ってくる数の暴力。

 勝ち目がない、そう悟るのに充分であった。


「アニキ、昇降口から!」

「わかった!」


 逃げ道は外にはない。学校の中に行くしかない。

 まだ空いている昇降口へと駆け込んだ。

 靴も脱がずに廊下を走る。先導するのはマオカだった。


「こっちに!」


 二階への階段へと誘導する。二階に昇る――前に、踊り場の壁を指さした。

 壁には鉄の取っ手がついている。解放できるように一部が分かれている。

 そう、どの学校にもある防火扉だった。


「なるほど!」


 妹の意図を理解した兄も即座に動く。反対側の防火扉を開き、即席の壁を作り出した。

 小鬼たちは無理やり吹き飛ばして扉をしめる。壁が完成すると、反対側からひっかくような音が聞こえてくる。


「……渡り廊下から隣の校舎に移動すれば逃げられるかな」

「最悪、窓から飛び降りよう」


 防火扉もいつまで防ぎきれるか分からない。とりあえず脱出する方法を考えつつ、二階へと駆け上っていく。

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