『A BETTER TOMORROW 男たちの挽歌』

☆はじめに(未見の方にも大丈夫なように)


もし、チケットを取るかどうか迷っている方がいらっしゃったら見て損はない作品だと思う。


少なくとも私は、事前の期待を超えて楽しめた。


まず鄭義信脚本が、お見事!


昨年の『パラサイト』でも韓国の社会問題を見事に日本の社会問題にトレースしてみせ、また、今年の『欲望という名の電車』では、ラストの美しく感動的な演出をはじめここまで優しい視線でブランチを描いた演出はあったろうかと思わせた鄭義信が、映画版をベースにこちらの想像を超えた物語を描き出してくれた。


詳細はネタバレになるので、後述とするが、舞台設定の年代も上手きゃ、あっさりと描かれる映画版での登場人物をこことここをこういう関係にし、ここをこういう設定にし、さらに、核の一つと思ってたここはぶった斬ったのね、、、と舞台が進行し物語に引き込まれるとともに、いちいち感心してしまった。


ダブル主演となるTravisJapanの松倉海斗•川島如恵留の演技も期待に応える。


TravisJapanは、私が大好きでチケットが取れる限り通っていた青山劇場でシリーズ上演されていた『PLAYZONE』で登場したグループであり、川島如恵留は、結成当時からのメンバー。


松倉海斗は途中加入。


ダンスに関しては他のグループを凌駕している同グループの紆余曲折を見てきた者としては、感慨深い。


ダンス、アクロバット、歌では充分に力のある2人であったけれど、舞台上、演技で勝負出来ることを示してくれたのは嬉しい。


また、本作の立役者となる青柳翔も、存在感がある。


パンフレットによれば歌を封印していたということだが、その昔、東京ドームでの歌唱を聞いたことがある私は、もっと舞台でも歌って欲しいと思った。


なにより、香港ノワールの代表と呼ばれる原作映画のダークな世界に、将来を見る若者の躍動のテイスト、そして、家族の絆の視点を入れて再構築された点が素晴らしい作品だった。


*再見した時の感想を追加しました。

 東京公演は終わりましたが、まだ、大阪公演もありますので、未見の方は、観劇後に観ていただきたいです。


⭐︎再見


玉突きのような偶然はあるもので、この作品が良かったと周囲に言っていたら、浮いたチケットが回ってきて再見することが出来た。


オタクのチケット友達を多く持っていると、たまにこういう幸運が訪れる。


そして二度目の『better tomorrow 男たちの挽歌』。


見事にまとまった作品に育っていた。


《練り上げられた舞台》


初日に観た時にはまだ芝居部分と音楽部分が分離していた感じで、“まぁ、音楽劇だもんな”と客席で思ったが、公演を重ねて練り上げられたようで、スムーズに芝居部分からミュージカルシーンに移行し、さらに盛り上がるようになっていた。


ミュージカルを謳いながら、全くナンバーが活かされていないナンチャッテミュージカルに比べて、よっぽどミュージカルであった。


また、芝居部分も濃密になっていた。


例えば、映画と比較して比重が高くなったホーとキットのやり取りの場面で傍に佇むマーク(川島如恵留)の表情、リアクションなど、見ていて切なくなった。

(彼のみ、肉親がいないのだ。それに気付き、ラストでビッグママと登場した時に、彼にもスクラップ工場の人達を含め、家族的な存在が出来たのかとホッと安らぐ)



《故郷には帰れないというセリフ等》


そして、一度ラストを知ってからの再見。


クライマックスまでの構成が分かっているので、初見では気付かなかったセリフ、設定が突き刺さる。


特に冒頭すぐのレストランの場面で、“故郷には戻れない”というセリフ(正確ではないかもしれないが、自分達が中国からの亡命者ということからのセリフ)がズシンと胸に刺さる。


この物語は故郷を捨て、故郷には戻れない“根無草”

のような人間達の物語なのか、、、ということを突き付けられた。


それを分かって観るこの作品の深いこと。


原作映画と異なり中国返還前後の香港を舞台としたのは前(下)に書いたが、考えてもみれば、香港も、資本主義•民主主義の英国から、共産主義•社会主義の中国へ宗主が変わり、真逆の環境となってしまったわけである。


そう考えると、舞台となる“香港”もまた根無草のような社会に翻弄される地域なのである。


1幕のラスト、咽び泣くように歌うホーに赤い傘を持った男達がコーラスで加わり、初見の時はホーの心の代弁のように感じたが、あれはイギリスと中国の間で翻弄されている香港の人々だったのか、、、と胸が慄えた。


また、ラストで(確か)ビッグママがいう香港はこの先変わっていくというセリフ。


私たちは、その後、じわじわと中国政府の支配が厳しくなり、現在では、民主主義を叫ぶ人は弾圧され、自由を求める運動は排斥されるようになってしまったことを知っている。


説明セリフではなく、エンターテインメントの中でエモーショナルに観客に訴えてくる鄭義信作品の見事さを感じた。


《成長した役者さん》


主演の松倉海斗が、育っていた。


よく動き、表情もクルクル変わる。


初日には、最後の方で声がかすかに掠れかけ、千秋楽まで持つかな?と心配したが、杞憂。


舞台の上でしっかりとした存在感となっていた。


カーテンコールの挨拶で、他の出演者に笑顔で『東京公演、ありがとう』と叫びましょうと呼びかけた時の無邪気さ。


そして、軽く苦笑いしながらも応じた大人の出演者の方々に、いいカンパニーだなと思った。


初めてゲネプロで青年館ホールに来た時、その広さにドキドキしてチビりそうになったとも語っていたが、見事にやり切ったと思う。


また、川島如恵留も存在感を増していた。


初見の後に思い出したが、以前、新橋演舞場でトラビスジャパン主演の公演を2階のサイドという観にくい席から観たのだが、その時、遠い三階席、忘れられがちなサイド席にも気配りをしたパフォーマンスをしていたのが川島如恵留だった。


今後も舞台で活躍して欲しいと思う。


青柳翔も誠実で抑えた現在のホーと、時折、甦るの以前の凶暴だった頃のホーの落差を見事にみせていた。


良い作品は、初見の時よりも再現した時の方が体感時間が短くなるものだが、本作もそう。


ダレる場面が無いということだ。


可能ならば、また観たいと思わせる作品。


是非とも再演して欲しい。







⭐︎鄭義信脚本が素晴らしい。


(注:以下、ネタバレ有りなので未観劇の方は観劇後にお読みいただけると幸いです)




鄭義信の脚本術が素晴らしい。


原作となる映画はジョン•ウー監督の『男たちの挽歌(原題 “A BETTER TOMORROW”』)。


香港ノワールの代表的一作だ。


チョウ•ユンファの出世作としても知られている。


バイオレンス•アクション満載で、セリフは最小限、短いシーンの積み重ねでテンポよく進んでいくのが持ち味の作品。


スピード感がある分、物語はシンプル、人物描写も浅めで、チョウ•ユンファ、ティ•ロンのアウトサイダー的な影のある魅力と、対照的なレスリー•チャンの陽の魅力で引っ張っていく。


私は数十年前に見たきりで、ラストが私の記憶と違ったので、帰宅して早々に見直したのだけれど、そこで改めて今回の脚本の上手さを実感したのだった。


映画の上演時間は1時間半強、場面にしろ時間にしろポンポン飛んでいくところを、舞台では場面分けし、それぞれのパートに作品のエッセンスを詰めている。


上手いと思ったのは、舞台の時代を香港の返還前後としたところ。


香港の人達が民主主義国家から、共産主義国家に変わることに不安を感じていた時代だ。


これは、他国にいる私でも、時代の転換点としてどうなるかと見守っていた頃の香港。


その中で、義兄弟であるホーとマークが中国から密入国をする場面から始まる。


この中国からの密入国という設定は舞台オリジナルだ。


ここで、ホーとマークのバックボーンがしっかりと描かれることになる。


エンターテインメントの中に社会問題を上手く溶け込ませる鄭義信ならではの手腕と思う。


舞台オリジナル設定は他にもあるが、暗黒街のボスとその座を乗っ取るシンが親子関係にしたのも作品に厚みを増した。


原作映画では、下っ端だったシンが3年経ったら突然偉そうになって出てきて、頭の中で疑問符が出てくるのだが、その経緯をしっかり書き込んでくれ、クライマックスに繋げてくれたのは有難い。


また、音楽劇と題され、ミュージカルシーンを挿入したのも上手い。


『男たちの挽歌』という作品は、アウトロー物、任侠物にありがちな、足を洗おうとする主人公に次から次へと逆境が襲いかかり、ラストの主人公の爆発に繋がるという定番ストーリーで、全体的に閉塞感、やるせ無さに満ちている。


そこにミュージカルシーンを入れることで、舞台に救いと遊びが加わる。


特に出所後のホーが就職するスクラップ工場の場面をミュージカル仕立てにしたのは観ていて楽しめた。


そして、脚本の一番大きなアレンジはラストだったと思う。


映画版は、マークが犠牲になり、弟の持つ手錠を手に取ったホーが自らの腕に掛けるやるせない場面で終わるのだが、舞台はホーが犠牲となり、実弟•義弟の二人を逃すという結末になっている。


ここは大きな改変であるが、閉塞的(一度闇に手を染めた者は、更生しようと頑張っても結局報われない)なラストから、アウトローの世界に身を置いているにしても、この先を見据えた若者達の視線を中心として据えることで、未来への希望が加わるのだ。


これは、観劇後の余韻に大きく影響する改変だった。


地球から飛び出し、大気圏に突入しかけた時には、どうなることかと思ったが。


そして、ホーを中心として、兄弟の契りを交わしたマーク、実弟のキットとの対比、そしてホーと実父、シンとボスの父子関係の対比もまた、物語としての厚みを増していたと思う。


観劇中に“あれ?ヒロインって出てこなかったっけ?”と何度か頭をよぎったが、映画を確認すると、しっかりキットの彼女が登場していた。


映画版では、キットとヒロインが閉塞的な物語の中で一服の清涼剤となり大事な要素に思えたが、冷静に映画版を見直すと、ヒロインはチョロチョロとしているだけでストーリー上はさほどのことはしておらず、ここをカットしてその分を男たちの物語に厚みを持たせたのは成功と思う。


『パラサイト』、『欲望という名の電車』に続き、鄭義信はまた素晴らしい作品を送り出した。


私がここ数年でこれは傑作と思ったストレートプレイの一本が鄭義信演出、桐山照史主演の『泣くロミオと怒るジュリエット』だったのだが、コロナ禍で東京公演終盤と大阪公演が中止になり、どうしても再見したく購入したリピートチケットが消えてしまった。


どうにか再演してもらえないだろうかと思う。


⭐︎見事な俳優陣


本作の俳優陣であるが、座長となっているのは松倉海斗。


作品を見てみれば、松倉、そして、川島如恵留、青柳翔の3人の物語となっているため、この3人のどの人が主演と言っても良い作品となっている。

(映画版も冒頭のクレジットで、主演は3人の併記になっている)


いわゆる座長芝居の公演ではなく、作品全体で見せる作品だ。


この3人では最年少となる松倉海斗だが、立派なエンターテイナーになったと感慨に耽ってしまった。


私の友人が子供の頃からの彼のファンで、誘われて行ったデビュー組のライブで手作りの団扇を振り回し、メインのグループそっちのけで声援を送っている姿に、カルチャーギャップを感じると同時に、同じような方が多いことで、デビュー前のJr.の人気の凄さを知った。


その後、未デビューの彼らが大劇場を長期間満席にするほどの人気を持っているということを目の当たりにした。


松倉さんはその後、最近はバラエティで活躍する松田元太さんと松松コンビと呼ばれ、人数の減ったトラビスジャパンに加入、米国での活動を経て、デビューに至る。


今年の正月に横浜アリーナでの彼らのライブに久々に足を運んだのだが、エンターテインメント精神に貫かれた構成で、成長を感じた。


その彼が座長である。


客席で、もうPTAの気分である。


宝塚歌劇団で例えると、研一生の時から見てきた生徒さんがバウ初主演、本公演で大役に抜擢された時くらいの緊張を感じつつ観てしまった。


元々歌が上手く、身体能力が高い方なので、歌、殺陣の場面は安心して見ていられる。


また、元々“陽”の魅力を持っているので、重い場面でも“救い”の空気を舞台上に醸し出す。


何より、全力で役に臨んでいるところが良い。


終演後の座長挨拶も初々しかった。


実力者揃いの共演者の中で座長を務めた経験を是非とも活かしてもらいたいと思う。


川島如恵留は、トラビスジャパンの初期からのメンバーで、『ライオンキング』のヤングシンバの経験者でもある。


『ライオンキング』のヤングシンバは、主役のシンバの少年時代という表現で語られるが、観た方はわかると思うが、シンバの登場は一幕の幕切れで、そこまではヤングシンバの物語となるので、主役と同等の大役である。


本作でも、青柳翔、神保悟志といった実力者に対して遜色のない存在感で対峙する。


冒頭のボートの場面から、上手いと思わせた。


映画版ではチョウ•ヨンファが演じた役で、イメージとは違うな、、、と思っていたが杞憂で、川島版のマーク像をしっかりと作り出していた。


そして話の軸となるホーを演じた青柳翔の存在感。


コミカルな場面もサラッとこなし、実力を見せた。

(森の妖精さんでしたっけ?あれが青柳翔だと気づいた時には驚いた)


特に一幕のラストの歌は見事だった。


歌手デビューの実績もある方だが、音程、声量だけでなく、そこに感情がしっかりと乗った歌声で胸を打たれた。


この歌声であれば、本格ミュージカルでも通用する。


大人の男を演じられる役者さんが限られているミュージカル界に進出して欲しいと思った。


ミュージカル関係で言えば、福井晶一が見事だった。


『てなもんや三文オペラ』でも感じたが、イロモノ的役割も実力者が小細工を弄さず真正面から演ずると、その奇抜な役柄に説得力が生まれストレートに観客の胸に届くのだなぁと思った。


ミュージカルをよく見る方なら先刻承知と思うが、客席を埋めたトラビスジャパンファンの方々に、あのビッグママは、とてもスゴいミュージカル俳優さんなんですよと言って回りたいくらいの存在感。


この役は、映画版では出番が少なく、その割には要となるセリフを言っているが、本作でもそのセリフは生かされている。


その大事なセリフを、おそらく波乱のバックボーンを持ち今に至ったことを匂わせるビッグママに言わせることでキーのセリフが観客の胸に伝わる。


ビッグママの登場は2幕で、1幕は歌姫として登場するが、まだ映画版に捉われていた私は、もしかして、この歌姫がヒロインでキットと恋に落ちるの?と予想したが、ハズレた。


神保悟志、岡田義徳も安心して見ていられるし、本来なら凄惨な場面となるはずの2幕の親殺しの場面が、コメディ場面として成立したのはお二人の実力だと思う。


警部と殺し屋という両極端な二役を早変わりで演じた尾上寛之は、大活躍。


2幕など引っ込んだと思ったらすぐにもう一つの役で登場し、同じ人が二役を演じ分けていることに気付かなかった観客も多いのではないか?


私は初日に拝見したのだが、初日とは思えないアンサンブルの纏まりが素晴らしかった。


告知を知った時には、なぜに今『男たちの挽歌』?しかも、トラジャのメンバー主演?と思ったけれど、しっかりと纏まっていた上に、現在の日本の若者の抱える閉塞感を暗喩したような見事な舞台であった。





















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