第9話 どうして来ちゃったんですか?

 午前の授業が終わり、昼休みがやってきた。あの後は特に連絡が無かったから、ひとまず教室で待機している。


「永寿〜、昼どうする? 決まってないなら一緒に学食行こうぜ」


「ちょっと待って」


 友成に昼を誘われたけど、ひとまず佳奈ちゃんからの連絡を待ちたい。中止するなら中止するで連絡してくる子だと思うし、何も来ないってことは一緒に食べるんだと思うけど、場所がわからないから動けない。


「外山〜。客だぞ〜」


 客……? まさか、教室に来たの? 急いで教室を出て、確認しに向かう。


「あ、先輩! こっちです!」


「来ちゃったのかぁ……」


 廊下には、笑顔で手を振る佳奈ちゃんの姿が見えた。やっぱりかぁ……


「駄目でした?」


「駄目ってわけじゃないけど……」


 あいつらにバレると絶対面倒なことになるよなぁ……さっさと行くか。


「じゃあ、行こうか。どこで食べるの?」


「あ、それなんですけど……」




「「「「いただきます」」」」


「まさか本当に彼女ができてるなんてね〜。永寿も隅に置けないじゃん」


「永寿〜。まさかお前がこんなに可愛い彼女を作ってたなんてな〜。教えてくれても良かっただろ〜」


 ……どうしてこうなった。


「なんでこっちの教室で食べることになったのさ。別にここじゃなくても良かったでしょ」


「連絡をするのを忘れ……コホン。先輩のお友達と会ってみたかったからです」


 はじめの方何か聞こえたぞ。それで誤魔化せると思うなよ。


「今忘れてたって……」


「言ってません」


 いや、キメ顔でそう言われても……絶対言ってたよね?


「いや、絶対……」


「言ってないです」


「だから……」


「言ってません。しつこいですよ」


 少しツンとした顔でいかにも『怒っています!』みたいな雰囲気を出してくる。佳織さんも似たようなことをしてくるから、こういう所は似ているなぁと感じる。


 僕は佳織さんによくやられるから嘘だとすぐわかったけど、2人はまんまと騙されてしまって、僕を攻める雰囲気になった。元凶はというと、楽しそうに笑っている。図ったなこのやろう。


「おい永寿。佳奈ちゃんを怒らすなよ。せっかくできた彼女なんだから大事にしなよ?」


「佳奈ちゃん、大丈夫? こんな奴だけど捨てないであげてね」


「そんなことはしませんよ。私からお願いしたんですから、もし先輩が酷い人でも……私は……私から捨てるなんてことは絶対にしません」


 健気な彼女感を出す彼女を見て、周りの観測者からもヤジが飛んでくる。直接聞きに来る勇気もない外野は黙っててくれ。


「永寿……お前にこんな健気な彼女ができるなんて……」


「大事にするんだよ? 佳奈ちゃんも、外山君の事で何かあったら、私達のところに来ていいからね」


「お前ら僕の事なんだと思ってるの?」


「へたれ」


「たまにバカ」


「やさしい人です」


「よーし、お前ら2人は後で校舎裏だ。佳奈ちゃんはあんまり関わってないのに答えてくれてありがとね」


 当たり障りないことだけど、聞かれてすぐに良いところを言ってくれるのはすごくうれしい。やさしい……か。このイメージを崩さないようにしないとね。


「今聞捨てならない事を言ったよね。あまり関わってないって言った? なのに付き合ってるのか?」


「はい。最近出会ったばかりです」


 うーん。正直に答えるのはいいことだけど、行っちゃ駄目なことまで馬鹿正直に言っちゃいそうだな。後でその辺は摺合せしとかないと、母さんに偽の関係だとばれてしまいそうだ。


「お互いに一目惚れって奴だったのかな? 普段はそんなもの全く信じていないんだけど、誰かに仕組まれてるんじゃないかってぐらいの運命を感じたよ」


「先輩、大げさですよ。それに、そんなものがなくても私は先輩に告白していました」


「永寿からじゃなかったのか。やっぱりへたれじゃねーか」


「言われると思ったよこの野郎!」


 なんて言いながら、したり顔をしている友成の頬を引っ張る。定期的にやっているから耐性がついてきたのか、最近はあまり痛がる素振りを見せないけど、うざったい顔を崩せるなら問題ない。


「でもそっか~。面白いエピソードとか、好きになった理由とか聞きたかったんだけど、その感じじゃ何もないよね」


「無いな」


「ありますよ」


 ちょっと? 僕たちの間に何かあったのって、昨日のことだけでしょ? そんなこと話したら——


『出会ってすぐ家に……?』


『もしかして体目当てなんじゃ……』


 ——うん。こいつらならなりかねない。そのことを話しだしたら止めないといけないな。なんて思っていた。


「あれは、1か月前ぐらいだったと思います。私は先輩に救われました」


 ——この言葉を聞くまでは。


「1か月前? そんな前に会ってたっけ? 昨日初めて会ったと思ってたんだけど」


「話したのは昨日が初めてですし、先輩はすぐいなくなったので覚えてなくて当然だと思います」


「覚えてないなら外山君は一旦口を挟まないでくれる? それで、佳奈ちゃん。その時何があったの?」


 僕にも関係がある話のはずなのに、黙らされた。もう食べ終わってるし、隣で本を読んでる東雲さんと話してようかな。


 ※※


「それで、何があったの?」


 先輩が隣の人と話しだしてしまったから、私が1人で説明することになってしまった。この2人とは初対面の私を放置して、他の人と話に行くのはどうかとおもうんですけど……


 なんて思って先輩の方をチラ見する。そこに映るのは、私の知らない女の人と楽しそうに話す先輩の姿。そんな光景を見て、少しもやもやする。先輩の彼女は私なのに……


「あの……佳奈ちゃん? 外山君の事ばかり見てないで、私たちの質問に答えてほしいんだけど……」


「……あっ、すいません」


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! まさかバレてたなんて……あからさますぎたのかな……


「うぅ……」


 顔が熱くなるのを感じる。人に見られるのはこんなに恥ずかしいことなんだ……でも、仕方がない。私をほったらかしにして、他の人と話している先輩が悪いんだ。後で責任を取ってもらおう。そうしよう。


「ねぇトモ、佳奈ちゃん固まっちゃったけど、これどうする?」


「どうしようか。まだ時間はあるからひとまず放置でいいと思うけど、ずっとこのままだったら話が聞けないよ」


「いえ、もう大丈夫です。先輩に責任を取ってもらうってことで落ち着きました」


 そう言うと、教室がさっきよりざわつきだした。どうしたんでしょう?


 ※※


「何言ってんの!?」


 なにやらとんでもない発言が隣から聞こえ、思わずそっちの方に突っ込んでしまう。思ったより大きい声が出て、隣の東雲さんが顔をしかめて耳をふさいでいる。ごめん。


「あ、先輩。おかえりなさい」


 笑顔でこっちに返事してくる佳奈ちゃん。……この感じ、気付いてないな。これを天然でやっているんだから怖いものだ。


 ひとまず、自覚してもらうためにメッセージを送ろうかな。


「佳奈ちゃん、メッセージ見て」


「……? わかりました」


 メッセージを確認するなり、ほんのり赤かった佳奈ちゃんの顔が、更に赤くなっていく。


僕が送ったメッセージはいたってシンプル。『みんなにやることやったと思われてるよ』それだけだ。具体的にはどんなことか指定していないのに赤くなってるってことは、多分あっち方面で考えたんだろう。


「え、あ、その……ごめんなさい!」


 恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、そう言い残して佳奈ちゃんは教室から走り去っていった。


「外山」


 突然、傍観者集団の群衆の中から抜け出してきた中山なかやまに優しく肩をたたかれた。え? なに?


「振られちまったな、どんまい。いいことあるよ」


 …………あ、今のやり取りで僕が降られたと思ったのか。メッセージを送って、ごめんなさいって言って走り去られる。確かに振られてそうな絵面だ。


「えっと……多分教室の空気に耐え切れなくなっただけだと思うんだけど」


「そうやって強がりたい気持ちもわかる。わかるけど……いや、今はいいか。傷心のお前に追い打ちをかけるほど、俺は鬼じゃないからな」


 そう言って、彼はまた群衆の中に帰っていった。


 あいつ……なんだったんだろう。


 ※※


「つ、つかれた」


 先輩の教室から全速力で走って帰った私は、机に突っ伏していた。そんな私に、一つの人影が近付いてくる。


「佳奈ちー? 愛しの先輩に会いに行ったんじゃなかったの?」


「麗奈……私は今恥ずか死しそうなのと疲れで大変だから放っておいて……」


「りょーかーい!」


 そう言って彼女は去っていった。先輩に今日の帰りについて連絡したいけど……今は……全部忘れて寝ようかな……

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