第8話 恋人ができると余裕ができるらしい

「おはよ〜」


 昨日は色々あった。先輩の病気の事から始まり、先輩の家に招待されて、佳奈ちゃんの彼氏役になり、最後には突然一人暮らしを強要された。


 どこのドタバタコメディだよ。って言いたくなる展開の連続だけど、僕ぁ負けないよ。


「おは〜。今日はいつもより遅いじゃん。なんかあった?」


「あ、やっと来た! ねぇ聞いてよトモがさ〜」


「いっぺんに話しかけてくんな! どっちかからにしろ!」


 今話しかけてきた二人は、藤井友成ふじいともなり朝乃友咲あさのゆうさ。クラスの中でもトップクラスに仲がいい二人だ。ちなみにカップルである。


「ごめんて〜。ユウの話から聞いたげて」


「自分の事を言われるはずなのに随分と余裕だな……」


「だってユウが目の前で俺のことを悪く言うわけないじゃん。信頼よ信頼」


 こんなことを言っているけど、お前が気付いてないだけで悪く言われてる事はあるぞ。なんて言えたらいいんだけど、流石の僕も馬鹿正直にそんな事を言わない。せいぜい懐疑的な目をしながら軽く流すぐらいだ。


「へーへー、そうですね。いいですね〜。仲がよろしくて」


「だろ? どうだ。羨ましいだろ〜」


「別に」


「またまた〜。強がっちゃって」


 全くもって強がりではないんだけど。仮初とはいえ彼女もできたし、佳織さんとさらに仲良くなることもできた……と思う。だから、今はそういう話題は全く持って羨ましくない。むしろ、僕が羨ましがられる側だろうな。


「トモと話してばっかじゃん! 私の話聞いてってば!」


「はいはい。ごめんって」


 友成と話している時からずっと後ろから突かれていたけど、遂に話しかけてきた。どうせ惚気話だろうから、向こうから来るまで反応しないでいようと思っていたのに、結局無視できないのか。


「……でね! トモがさ〜……」


「マジ? そんなことやったの? やるじゃん」


 予想通りただの惚気話だったから、適当に流し聞きながら友成に話を振る。そのままそっちで話しててくれたら嬉しいんだけど。人の惚気を聞くのは疲れるんだよ。


「だろ? 俺はできる男なんだよ」


「よ!できる男! かっこよかったよ〜」


 そう言って友成に抱きつく朝乃。普段なら目の前でされると少しイラッとするんだけど、今日はなぜだかなんとも感じない。


「あれ? いつもなら、『いちゃつくならよそでやれ。僕に見せつけるな』なんて言ってくるのに、今日はどうしたんだよ。やけに余裕があるじゃないか」


「もしかして、遂に彼女ができた?」


 どうしようか。ここで言ってしまってもいいんだけど、どうしてかわからないけど隠しておきたい。偽物の関係だからなのか、先輩への不義理を働いていることへの罪悪感からか、なるべく秘密にしておきたいからなのか。今の僕にはわからない。


「好きに捉えなよ」


 うわ。我ながらはぐらかし方適当すぎだろ。こんなんじゃ『そうです』って言ってるようなもんじゃん。


「これはもしかしなくてもそうなんじゃないですか? どうでしょうか。解説の友咲さん!」


「その可能性がかなり濃厚ですね友成さん」


「友咲さん、ありがとうございます!」


「勝手に実況・解説をねじ込まないでくれる?」


 こうなったこいつらには付いていけない。早いとこ自分の席に避難するか。



「そこのところどうなんですか? 外山さん! ……あれ?」


「さぁ、永寿さん答えをどうぞ! ……って、あいつもういないじゃねぇか!」


 うん。相変わらずあいつらは騒がしい。いつも通りだな。


「あ、おはよ」


「おはようございます。外山君」


「いつも敬語じゃなくていいって言ってるのに。いつになったら外れるの? 東雲さん」


「頑張ってるけど難しいの。外山君相手なら少しは外せるけど……やっぱり恥ずかしいです」


 この人は東雲華しののめはなさん。凄い大人しい人で、同級生に対しても敬語を使ってくる珍しい人だ。なんだか距離を感じるから、敬語を外してほしいってお願いして以来、どうにか外せるように頑張ってくれている。


 僕は、こうやって頑張っている姿を見るのが実は好きだったりする。どんなことであれ、何かを頑張っている人はまぶしく見える。僕は、何もかもあまり頑張れていないから。


「まぁ、ゆっくりでいいよ。そんなに急ぐことでもないし、僕のわがままを聞いてもらってるんだからね」


「違うよ。私がもっと仲良くなりたいからやってるだけ。お互いに利益があることなんですし、ちょっとの無茶までなら頑張りますよ」


「……いい子! おじさん涙しちゃいそう」


「そういうのは辞めてください」


 そう言い、ジト目でこっちを見てくる。かわいいんだけど、悲しさで泣いちゃいそう。


「はーい。ごめんね」


「いえ。気にしないでください」


 この後も他愛もない話を続けようかと思ったら、授業開始のチャイムが鳴った。僕とは違って東雲さんは真面目だから、授業中には話すようなことはしない。


 さて、暇になったぞ? 授業はある程は聞くけど、重要そうなところ以外は適当に流している。寝たら必要なことが聞けないし……絵でも描いてようかな。


 ※


 少し時間が経ち、もう四限だ。疲れた。休み時間は何人かが話しかけに来たけど、肝心の僕が絵を描くのに熱中しすぎて全然話さなかった。でも、そのおかげでかなりいい感じに描けたんじゃないか?


「できた!」


 描き終わった! いや~、疲れた。久しぶりに描いたけど、意外と腕は落ちてないもんだな。


「外山君、何ができたって?」


「あ……やべ」


 今授業中なんだった……みんなから凄い笑われてる……


「罰としてこの問題を解きなさい」


 よかった。呼び出しじゃないみたい。なら安心だね。放課後は引っ越しやら対面やらで忙しいからね。


「…………です」


「……正解。外山君は勉強はできるのに、不真面目なのが玉に瑕ですねぇ。ちなみに何ができたんですか?」


「二言ぐらい余計です。授業を進めてください」


 そう言い放ち、僕は今度こそ授業を聞く姿勢に入る。次に何をするか考えてる間は姿勢だけでもちゃんと聞いてる風にしておかないとね。……ん? メッセージ?


 僕はスマホは連絡に気付けるように、マナーモードにしてぽっけに入れておく主義なんだけど、授業中に鳴るのは珍しいな。誰だろう。机に隠して、確認する。……佳奈ちゃんからだ。何かあったのかな? とりあえず確認を……


「せんせー。これ、外山君が描いてた絵です」


「ちょっと!?」


「お、ありがと東雲さん」


 なぜだかわからないけど、東雲さんから先生に僕の描いた絵が渡されてしまった。ていうか、いつの間に取ったの……?


「おぉ、うまく描けてるじゃないか。これは夕方の教室か?」


「はい」


 最初は授業風景を描こうとしたんだけど、時間の問題で断念した。教室だけだと何か悲しいから、夕方ってシチュエーションにしたけど、かなり正解だったな。こんな景色を、自分の目でも見てみたいよ。


 そうだ。何の連絡だったか確認しないと。何か重要な連絡かもしれないからね。アプリを開き、確認する。さて、内容は……と


『お昼一緒に食べませんか』


 ……まじか。いつかはこんなイベントも起こると思っていたけど、まさか初日からだなんて。てか、佳奈ちゃんは授業中にも連絡を送ってくる人だったのか。不真面目だな。人のことは言えないけど。


『突然だね。どうしたの?』


『いえ。言い寄ってくる人に彼氏と食べると言ってしまったので、一緒にどうかなと。迷惑でしたら大丈夫ですよ』


『全然大丈夫!どこで食べる?』


『迎えに行くので待っていてください』


『え?』


 迎えに来る? 教室に? そんなことしたら絶対質問攻めになるじゃん……それだけは避けたい!


『ちょっと?』


『おーい』


『佳奈ちゃん?』


 いくらメッセージを送っても返信は帰ってこない。これは気付いていないのか、はたまた無視されているのか、真偽は定かではないけど、教室で待たなきゃいけないのだけはわかった。


 ※※


「送っちゃった……先輩、気付いてくれるかな……」


 私は美月佳奈。美月佳織の妹で、外山先輩の彼女です。まぁ、偽物ですけど。今は、先輩にお昼のお誘いを送ったところです。あ、既読がついた。


「いい返事が返ってくるといいですが……」


 ちょっとワクワクしながら帰ってくるのを待つ。だが、少し待っても返信が来ない。……これはもしや……既読無視、というやつでは? 私、そこまで嫌われることしましたっけ……いや、何もしてないと思う。じゃあどうして……


「よかった……」


 そうですよね。今は仮にも授業中。返せない時間ぐらいできます。えっと、なになに? 理由ですか。やはりガードは固いですね。簡潔に理由を説明しましょうか。


 よかった。今回はすぐ帰ってきた……やった! OKが出ました! なら迎えに行きましょうかね。先輩とお昼、お姉ちゃんに自慢しちゃおーっと。


 一緒に食べれることに浮かれすぎて、連絡に気付けないわたしであった。


『ブー、ブー、ブー』

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