第7話 流石に突然じゃない?
先輩の家から帰った後、さっきの楽しかった時間とは一転して、僕は玄関で正座していた。
「永寿」
「は、はい」
「報連相はしっかりしろってあれほど言ったよね?」
いつもなら安心できる母さんの笑顔が、今はすごく怖い。伝説の鬼はここにいたのか。
「はい……」
今回は全面的に僕が悪いから、何も反論することができない。連絡を忘れてしまったことが、こんな状況になった原因だから。
我らが外山家のルールとして、『何かイレギュラーがあれば、家族に共有すること』というものがある。今回はそれを破ってしまった。
普段ならば、こんな形で怒られることはないんだけど、いつも罰として与えられる『夕飯を減らす』という罰が、今の僕には全く効力を発揮しないからだろう。
「いつもなら帰ってきてる時間に息子が帰ってきてなくて、連絡もなかった時の私の気持ちがわかる? 何かあったんじゃないか、心配になるの。あんただって、私とあの人が帰ってこなかったら心配になるでしょう。だからルールとして設定してるのに ……どうして定期的に忘れるの」
「はい……すんません」
僕がやらかしたのは今回が初めてじゃないし、回数も一回や二回じゃない。何回もやらかしているからなのか、母さんも少し呆れ気味だ。
「そうやって約束事を忘れるのは良くないって何回言ったらわかるの? そんなのだから友達ができても彼女はできないのよ」
「余計なお世話だし、できたよ」
「……え?」
驚きの表情を浮かべて固まってしまった。ちょっと面白いけど、失礼じゃない?
「何その反応。僕に失礼でしょ」
「だって……え? あの永寿だよ?」
「僕をなんだと思ってるんだか」
「悪いところが無いけど、良いところも殆ど無いからモテない男」
「それが実の息子相手に言うこと?」
良いところがないって……酷いなほんとに。なんかあるでしょ。ほら、えっと……なんか!
「あんたも思い浮かんでなさそうじゃない。ほんと、自分に無頓着よね」
「別にいいでしょ。それが僕なんだから。誰かに迷惑かけてるわけでもないし、自分の事気にするぐらいなら周りのことを見るよ」
「親としては心配なのよ。この調子だと、あなたが自分の事を蔑ろにしだしそうで。この前だって、轢かれそうになった人を助けるために飛び出したって聞いたし。自分第一。これを忘れないで」
あぁ、そんなこともあったっけ。一週間前、学校の近くで同じ学校の人が轢かれかけ助けた。イレギュラーということで報告したけど、そんなこと思われてたんだ。
「じゃあ、事故が目の前で起こりそうなのに無視していけってこと? 僕には無理だよ」
例え殺人事件が起こっていたとしても、感情としては助けに行きたいと思っている。いざその時に体が動くかどうかは別問題だけど。
誰かを助けるためならどんな手段でも使う。僕が密かに決めた自分ルールだ。それをすることで、『自分』というカードを切ることになったとしてもね。
「そんなことは行ったことないでしょ。リスク・リターンの計算をして、自分に甚大な被害が及びそうなら諦めるのも視野に入れなさいって言ってるの」
「前向きに検討することを検討するよ」
「つまり考える気は無いってことね。まぁ、いいわ。永寿がこうなのは今に始まったことじゃないしね」
「そうそう。これが僕なんだから、どうにかしようとしても無駄無駄」
「あんたは変わる努力をしなさいよ! ったく」
少しふざけたら呆れられた。あれだけ言われたんだ。僕だって、少しは変わる努力はしている。でも、自分を変えるというのはどうも難しい。それに、今は変える必要がないと思っているから余計にね。
「その話は何回も聞いたからもういいよ。それで? 何か僕に用事があったんじゃないの?」
そろそろ本題に入ってもらおう。この調子じゃ、一向に話が進まなそうだ。
「あぁ、そうだった。あんた、一人暮らししなさい」
「はい?」
とつぜんすぎないですか? おかあさま?
「物件はもう決まってるから安心して。資金援助はするけど、バイトぐらいやりなさいよ。明日には引っ越し業者が来て荷物を運んでくれるから、放課後は空けときなさいよ」
まくしたてるようにつらつらと要件を並べてくる。思考が全く追いついていないから、少し待ってほしい。いま、ぼく、こんらんしてる。
「待って? 1から100までわからない。ちゃんと経緯から説明して」
「しかたないわね。一回しか言わないからちゃんと聞いとくのよ」
そうして話された内容は、混乱を加速させるだけの内容だった。母曰く、友人が引っ越すんだけど、邪魔になるから家具を置いていくから、そこに誰か住まわしてほしいんだそうな。
そんなことやっていいのか? なんて疑問は置いておこう。できたんだから大丈夫なんだと思う。
「どうして僕が?」
「うちにはあんた以外いないんだから当たり前でしょ。息子が夫婦を別居させるつもり?」
そうだった……少し思考を整理しないといけないな。今日は色々ありすぎて、頭の中の情報を整理しきれていない。こんなんだから、今みたいに普通じゃありえないことを言い出すんだ。
「ちょっと色々整理させて。頭が凄いこんがらがってる」
「はいはい。しっかり考えなさい。まぁ、どれだけ考えても一人暮らしするのは確定だけどね」
よし。この件については考える必要が無くなったな。もう既に確定していることをいくら考えても何も変わらない。
「勝手に決めたことに凄い文句を言いたいけど、今はいいや。場所とか色々教えて」
「なんだかんだ言いながらやる気じゃない。やっぱり、一人暮らしとかしたかったのかしら?」
「別にそうでもないよ。やりたいことを好きにできるようになるのは魅力的だけど、そのぶん自分一人でやらなきゃいけないことも増えるからね。正直面倒くさい」
「そんなこと言ってる割には、目がキラキラしてるわよ。新しいおもちゃを与えられた子供みたい。楽しみでしょうがないって顔してる」
僕そんな顔してたの? 自分でも意外だ。たまにあるんだよな。自分が思ってる事と、顔に出る表情が全然違うことが。まぁ、顔に出てたってことは本心では楽しみにしてるってことなんだろうし、初めての一人暮らしを楽しむとしましょうか
「顔に出てた? なら意外と楽しみにしてるのかもね」
「またそうやって他人事みたいに……まあいいわ。場所だけ伝えるから、明日はそこに帰りなさい」
「りょーかい。で、どこなの?」
「えっとね……」
伝えられた場所をマップで調べてピンしておく。とりあえずこれで明日行けないみたいなことにはならないはずだ。
明日は帰りにいろいろ買わないとな。せっかくだし、自炊とかもやりたい。明日からはルールに縛られない自由な生活だ。そう考えるとやる気が出てきたぞ。
「話はこれで終わり? なら僕はもう部屋に帰るけど」
「本当だったらそうだったんだけどね。さっき実に興味深いことを教えてくれたじゃない。詳しく教えてもらおうかしら」
言わなくてもいいことを口走ってしまったな。彼女とは言っても見せかけだけの偽物なんだ。話せる事なんてほとんどないんだけど……
「詳しくって言っても話せることはないよ。今日言われて付き合っただけだし」
「少しぐらいはあるでしょ? その子は年下なのか年上なのか~だとか、どこで出会ったのか~だとか。胸は大きいか~だとか」
「最後のは余計だよ」
なんで最後にその方向になるんだよ。息子として恥ずかしいよ。
「学校の後輩だよ。今日、先輩の家に行った時に知り合った」
「それで付き合ったと?」
「そうだけど」
「……あんた騙されてたりしない? 大丈夫?」
やっぱりその結論に至るのか。これだけ聞かされたら、僕でもそう思う。でも、本当の理由を馬鹿正直に伝えるのも嫌だったから、これで我慢してほしい。
「そこは絶対に大丈夫。お互いに納得した上での関係だから。安心していいよ」
「それでも心配なものは心配だよ……永寿は騙されやすいからねぇ……そうだ。明日私の前に連れてきてくれない? 実際に見て判断してあげる」
「それは明日ここに連れてこいってこと?」
「そうよ」
嘘でしょ……また面倒くさい事になったな。連れて行った所で恋人らしいことなんてできない。
お互いの利害関係で成立している薄っぺらい恋人関係だなんて知られたら、なんて言われるかわからない。それだけは避けたい。
「佳奈ちゃんの予定がわからないからなんとも言えないよ」
「へぇ。あんたの彼女佳奈って言うんだ。でもそうね。予定が合うときでいいわ。連れてきなさい。話は終わりよ」
「ちょ、強制!? 聞いてないし……」
どうしてこうなるのやら。ひとまず佳奈ちゃんに連絡かな。
『佳奈ちゃん? 母さんが彼女を見せなさいってうるさいんだけど、空いてる日っていつ?』
『基本空いてますよ。明日でも大丈夫です』
『ほんと?明日は用事があるからちょっと遅めになるかもしれないけど、大丈夫?』
『はい。家族にも先んじて連絡しておきますね』
流れるように明日に決まった。……まじか。ちょっと期間が空けば嬉しかったんだけど、明日かぁ……まぁ、母さんに報告だけしておこう。部屋から出るのも面倒だし、メッセでいいや。
『明日空いてるって言ってた』
『そう。じゃあ、連れてきなさいよ。準備しておくから』
こうやってメッセージで連絡を取り合って、家に来る約束をする。これって、凄く彼氏、彼女って感じがして、付き合ってるって感じがするからなんか良い。
明日からも色々起こりそうだけど、意外と楽しみだ。今までとは変わった生活でも、楽しんで頑張ろう。
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