第6話 いざ、先輩の家へ ③
「僕にとって先輩は……」
今まであまり考えたことがなかったな。憧れの人だとは思っている。でも、それだけなんだろうか。
1年の時、確かに先輩は憧れだった。だから同じ部活に入って近付こうとしたし、それは今も変わっていない。でも、僕の今の感情は、それだけじゃ説明できない。それ以上の特別な感情を、先輩に向けている気がしているから。
「先輩は……佳織さんは、僕の中で一番大切な人です」
「ちょ、とや君!?」
これが僕の中で一番納得がいった答えだ。先輩は、憧れの存在だ。でも、部活で関わって、色んな先輩を見て来た。そうしているうちに、どんどん先輩が魅力的に見えてきて、離れたくないって思うようになった。
今まで、誰か特定の相手にそんな感情を抱いたことはなかった。たとえ家族であってもね。つまり、いつの間にか僕の中で先輩が一番になってたんだ。
「そこまで言ってくれるなら大丈夫ね。佳織の事、頼んだわよ」
「はい。頼りないかもしれませんが、任せてください」
僕も、色々考えて覚悟を決めた。誰にどう言われてもいい。この先にどんな結末が待っていても構わない。最後まで、先輩の側で支え続ける。これが僕の覚悟だ。
「私からはもういいわ。次は佳奈ね」
「この話の後に私の事進めるの嫌なんだけど。先輩、お姉ちゃんにぞっこんじゃん。お姉ちゃんも満更でもなさそうだし、私完全に2人を引き裂こうとしてる人じゃないですか」
「あ、そのことなんだけど」
これを言ったら驚かれるだろうな。なんなら怒られるかもしれない。さっき自分の気持ちを語ったばかりなのに、こんなことを言うんだから。
「僕やるよ。佳奈ちゃんの偽彼氏」
――静寂。かなり予想通りの反応だな。
「あれ? 聞こえませんでした?」
「聞こえていたに決まっているだろう。言葉が出ないぐらい衝撃だっただけだ。さっきの言葉を忘れたのか? 君は、佳織のことが一番なんじゃなかったのか?」
「私知らなかったな~、とや君がそういう人だったなんて。要するに、告白されたから私から乗り換えようって話でしょ? 悪い男だなぁ。とや君にとって私はその程度の女だったんだね」
「待ってください。想定はしてたけど、思ってたより心に来てます。ちょっと落ち着く時間をください」
想像以上にチクチク来た。主に先輩からの言葉が。家族の人から何か言われるのは想定済みだったけど、先輩からも言われると思ってなかったから、びっくりした。
いや、想定してないのが悪いのはそうなんだけどね。言われても仕方ないことを言い放ったわけだし。ただ、先輩からこんなにストレートに言われると思ってなかっただけだ。
先輩は今まで、どこか本心を隠して言葉を濁していた気がしたから。
「よし、大丈夫です」
「なら、説明してもらおうか。くだらない理由だったら、うちの娘と接触するのを禁止させてもらう」
「ちょっと、お父さん!?」
身を乗り出して、何か言おうとした先輩を手で制す。
「大丈夫です。佳織さんは見ていてください」
「まず、大前提として偽彼氏になるのを了承しただけで、僕の一番は変わらず佳織さんです」
「なら佳奈じゃなくて佳織に迫ればいいだろう」
「本来なら僕もそうしていました。でも、今は状況が違います」
何もなければ僕もそんな回りくどいことはしない。直接、ストレートに。こと恋愛においては、それが最強だと思ってるから。
「佳織の病気のことか」
「そうです」
「君は、佳織が病気にかかったから躊躇っているのか? なら君の想いはその程度って証拠になるんじゃないのか?」
「病気だから躊躇っている、というわけではありません。間接的に関わっているというだけです」
「ほう? 続けて」
「僕は、弱ってる佳織さんに迫るようなことはしたくないんです。病気だろうとなかろうと、弱みに付け込むようなことはしたくない。なら、人助けしつつ、佳織さんとも少しずつ距離を詰めることができる。これが一番いい選択肢かなって思ったんです。学校で大人気の佳織さんと、外で仲良くする大義名分にもなりますからね」
正直、これで納得してもらえるのかどうかわからない。でも、これが本心だからこれ以上のことは言えない。後言えそうなことといえば、外堀から埋めていこうと思ったってことぐらいだ。
「ふむ……最終確認だ」
「はい」
「どんな意味でもいい。外山君は、佳織の事が好きか?」
そんなものは簡単だ。決まりきった答えだ。
「当たり前です。佳織さんのことは大好きです。愛しています」
「とや君!?」
「そこまでは言わなくても良かったんだが……」
「あ、やべ」
言わなくていいことまで言ってしまった。そのせいで佳織さんの顔が真っ赤だ。でも、まぁいいよね。今ぐらい、真正面から正直に行かせてもらおう。
「嘘じゃないので、考えといてくださいね」
「家族の前で凄いことを言うのね。純也さんも、これくらい積極的だったら私も楽だったんだけどねぇ」
「う、うるさい。私のことはいいだろ」
「お母さん! その話聞きたい!」
「わかった。じゃあ、ご飯でも食べながら話そうかしら。外山君も食べていく?」
「そんな! そこまでしてもらうのは申し訳ないですよ!」
今日は少し遅い時間まで家に人がいないからありがたい申し出ではあるんだけど、家に上げてもらったうえにご飯をごちそうになるなんて……そこまでしてもらうわけにはいかない。でも、ご厚意を無駄にするのもなぁ……
「別にいいのよ。いつも多めに作ってるから食べてくれるとありがたいのよ。家で用意されているなら、無理は言わないけどね」
「多分家には何もないと思うんですが……本当にいいんですか?」
「私から誘ったのよ?当たり前じゃない。それに、娘達も楽しみにしてるみたいだし」
そう言われ、横目で2人を見る。佳織さんは相変わらず顔を真っ赤にしているけど、こっちをチラチラ見てきていて、佳奈ちゃんは目をキラキラさせてこっちを見ている。そんなに楽しみにすること……?
「えっと……そんなに楽しみ?」
「はい! 家でお父さん以外の男の人と食べるのは初めてなので、凄く楽しみです!」
「何も変わらないと思うよ。ただご飯食べるだけだし。では、ご厚意に甘えさせてもらいます」
甘えさせてもらうとは言っても、何もしないのはなんか嫌だったから、出された料理を並べていく。
「あら、わざわざありがとう。でも、あなたはお客様なんだし、ゆっくり座っといても大丈夫よ」
「いえ、自分が落ち着かなかっただけなので。気にしないでください」
「偉いわねぇ……それに比べてうちの娘共ときたら……」
佳織さんと佳奈ちゃんは、料理が出されている間も座って談笑している。佳奈ちゃんはまだしも、佳織さん……家だと結構適当なんですね。
「あはは……まぁいいじゃないですか。2人共楽しそうなので」
「それはそうなんだけどねぇ……ほら、そこの2人! 家事くらい少しはやりなさい!」
「えー、別にいいじゃん。私がやらなくてもやってくれる人がいるんだし。誰もいないならやるよ」
「またそんなことを言って……まぁいいか。ここに、お世話してくれる男の子もいるしね」
「それはもしかしなくても……」
「外山君のことよ。娘達をよろしくね。じゃあ、食べましょうか」
そう言われ、全員が席につく。他の人の家でご飯を食べるのは初めてだから、かなり緊張している。
「いただきます」
みんなで挨拶をした後、食卓に並んでいるものを適当によそって、口に運ぶ。
「ん、美味しいです!」
「よかった。口に合ったようで何よりよ。遠慮せず、たくさん食べていいからね」
「はい。ありがとうございます」
佳純さんと話していると、左から突かれた。席順は、真ん中に僕。その左に佳織さんがいて、反対側には佳奈ちゃん。対面に純也さんと佳純さんがいる形になっている。
流石に間に入るのは恥ずかしいから、座る時に少し講義してみた。そうすると、佳織さんと佳奈ちゃんから『嫌なの?』と聞かれ、返答に困った僕はそのまま流されてしまい、こうなった。
つまり、左からということは佳織さんがちょっかいをかけてきてる事になるんだけど、別に気に触るようなことはしてないはずだ。何か用事だろうか?
「さっきからお母さんと話し過ぎ。私にもかまってよ」
……かわいいかよ。
「はいはい、わかりましたよお姫様」
「あら、佳織ったら私に嫉妬してるの?」
「しっ、してないよ!」
慌てて否定する佳織さん。こういう一面は学校だと見れないから、すごく新鮮だ。
「そうだ。純也さんの話をするって言ってたわね。今から話しましょうか」
「佳純、せめて外山君の前で話すのは辞めてくれないか……」
「仕方ないですね。後で私のお願いを1つ聞く、ということで許してあげましょう」
なんだ、聞けないのか。他人の恋愛話を聞くのって凄い楽しいから、結構楽しみにしてたんだけどな。
残念がっていたのが顔に出ていたのか、佳奈ちゃんが小声で話しかけてきた。
「先輩、そんなに残念そうにしないでください。後でどんな話だったか教えてあげますから」
「ほんと? ありがとう」
「では連絡先を。偽彼氏の件についても、色々相談したいので」
「わかった。はい」
「2人でコソコソ何してるの?」
「なんでもないですよ。連絡先を交換していただけです」
「なんでもなくないじゃん! 私とも交換しよ!」
「交換してなかったんですか……」
そうなのだ。深い理由……は無くて僕がヘタれていただけなんだけど、実は先輩と連絡先を交換していなかったのだ。だって僕から言い出すのは恥ずかしかったし。
「美月家グループにも入れてあげようか?」
「なんでですか!?」
「冗談だよ〜。流石にそんなことはしないって」
先輩ならやりかねないから、かなりドキッとしたけど、流石にそこまでのことはしないみたいだ。
そのまま2人と話し込んでいると、突然電話がかかってきた。……母さんから?
「ちょっと電話出てきます」
一言声をかけ、廊下に出てから電話に出る。
「母さん? どうしたの?」
『どうしたの? じゃないでしょ。あんた今どこにいるの』
あ、色々ありすぎて連絡入れるの忘れてた。なら、電話もかかってきて当然か。
「ごめん、連絡するの忘れてた。今先輩の家」
『そう。無事ならいいわ。大事な話があるから今すぐ帰ってきなさい』
大事な話? ちょっと嫌な予感がするけど、離婚とかではないだろうし、大丈夫でしょ。夫婦仲は良好どころじゃないから。
「わかった。今から帰るね」
『了解。なる早でよろ』
そうして電話を切り、食卓に戻る。
「なんだったの?」
「母さんが帰ってこいって言ってました。なので、今日のところはもう帰らせてもらいます。色々、ありがとうございました」
「全然いいのよ。また来てね。君ならいつでも歓迎するわ」
「とや君、また明日〜」
「明日会いに行きますね」
「いつでも来てくれ」
「はい。それでは、また」
4人に見送られながら、帰路につく。夜とはいえ、この時期なら暖かい。心も身体も暖かい状態で歩く帰り道は、いつもより足が軽く気がした。
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