第5話 いざ、先輩の家へ ②

「さて、外山君。学校での佳織について教えてくれないかい?」


「急にどうしたんですかお父さん。脈絡が無さすぎますよ」


「君にお父さんと呼ばれる筋合いは無いよ。純也でいい」


「あ、はい。わかりました」


 突然何を聞かれるのかと思えば、普段の先輩について聞かれた。どうしてだ? 先輩は家では学校のことを話さないのかな?


「先輩から聞いてたりは」


「しないな。家に誰かを連れてきたのも君が初めてだから、誰かから聞いたこともないよ。だからこそ、君から色々聞きたいんだ」


「とは言っても、僕から話せることなんてほとんど無いですよ。学年も違うので、部活の時の話しかできませんし」


 ほんとはもっと先輩について色々知りたいんだけど、学年という壁は大きい。


「それでもいいんだよ。どんな小さなことでもいい。私達は、家にいる時とは違う佳織のことも知りたいんだ」


「そうですか、わかりました。僕が話せる範囲でなら、話します」


「とや君? 余計なことは言わないようにね?」


「わかってますよ」


 先輩がなんで話さないのかはわからないけど、何か理由があるから話してないんだと思う。なら、その理由に該当しそうなことを僕がベラベラ喋るのは駄目だと思う。


「言えないようなことは、後で私に送ってもらえますか? これ、連絡先です」


「あ、ありがとう。えっと……」


「佳奈でいいですよ。先輩」


「わかったよ。佳奈ちゃ……先輩? なんで?」


「佳奈も同じ高校に通ってるんですよ。佳織とは違う部活なので、知らなかったみたいですね。はい。これ、お茶よ」


「ありがとうございます」


 そうだったのか。確かに、そういえば先輩が『妹が入学してくる〜』みたいなことを言ってたような気がする。本を読むのに集中していたから、あんまり覚えてなかったけど。


「とや君、もしかしてあの時話聞いてなかったな〜? こんなに可愛い先輩の話を聞かないなんて、悪い子だ」


「自分で可愛いって言いますか」


「もちろん。私は自分磨きは手を抜かずに頑張ってきた自信があるからね」


「そうですか」


 先輩は可愛いというより綺麗方面だと思うから、厳密に言えば間違ってると思うんだけどね。


 たまにどう思っているか聞かれたりもするけど、僕自身がどう思っているかははっきり答えたことがない。


 恥ずかしいのもあるけど、それ以上に、それを口にしてしまうと自分の気持ちに抑えが効かなくなってしまいそうだから。


「それなのに、とや君は『かわいい』だとか『綺麗』だとか言ってくれたことがないよね。私が聞いてもはぐらかすし。実際どうなの? 私のことどう思ってるの? ねぇねぇ」


「さぁ。みんな綺麗って言ってますし、それでいいんじゃないですか?」


「何回も言ってるけど、私は君の意見を聞きたいの。とや君が言ってくれることに意味があるのに」


 むー。と、膨れて僕のほっぺを軽く引っ張ってくる。痛くはないんだけど、恥ずかしいから辞めてくれないかな?周りから凄い暖かい目線を感じるし。


「イチャイチャするのもいいけど、話を聞かせてくれないかしら?」


 そう言われ、僕と先輩は即座に距離を取る。いつも通りのやり取りをしていたんだけど、イチャイチャしてるように見えたみたいだ。


 顔が熱い。今のでそうやって見えたってことは、今までもずっとイチャイチャしていたってことになるのか?誰にも見られてなくてよかったぁ……


 隣を見ると、先輩は顔を手で覆って隠している。かくしてはいるけど、僕の位置からは真っ赤になった耳が丸見えだ。やっぱり恥ずかしかったんだな。


「は、はい……なんでも聞いてください」


「本当になんでもいいのね? なら……2人は付き合ってるの?」


 僕はお茶を吹き出しそうになった。なんでも聞いていいとは言ったけど、初めに聞くことがそれ!?


「とや君大丈夫!?」


 咳き込む僕を先輩が介抱してくれる。優しいなぁ……こんな人と一緒にいれる僕は幸せ者なのかもね。


「ありがとうございます。先輩」


「あ、また呼び方戻ってる〜。駄目だよとや君」


「仕方ないじゃないですか。ここ美月さんしか居ないんですよ? 誰のことがわからなくなりますよ」


「誰のことかわかる呼び方もあるでしょ?」


 多分、先輩は下の名前で呼べ。って言ってるんだと思う。正直、それはハードルが高すぎる。


「それはちょっと……恥ずかしいです」


「佳奈はいいのに私は駄目なんだ。私だから駄目ってことだね? あーあ、私悲しいな〜。大事な後輩から妹より下の扱いを受けることになるなんてな〜」


「そんなこと言われてもですね……先輩相手ってなると恥ずかしいんですよ」


「そう? 他の人に言うのと変わらないと思うけどなぁ」


「変わるんですよ。先輩は僕にとって特別なので」


「……ふーん?」


 何か言いたげな、ニマニマした顔でこっちを見てくる。言いたいことがあるなら言えばいいのに。


「そうやってすぐ2人の世界に入って。私の質問には答えてくれないのかしら? それとも、今の雰囲気が答えなのかしら?」


「あ、すいません。質問を放置しちゃって。付き合ってないですよ」


「そーそー。私ととや君は、ただの先輩後輩の関係だよ」


 そうやってハッキリ言われると、流石にちょっと悲しい。やっぱり僕からの一方通行なんだよなぁ……


「あらそう? 見てる感じ、お似合いだと思うけれど」


「駄目だ! 佳織はやらんぞ!」


 純也さんが割り込んできた。こういう話題になるとすぐ出張ってくるな。身内じゃないから口出しては言わないけど、面倒……じゃなくて……面倒くさい。それ以外に思い浮かばなかった。


「なら私ならいいってことですね。先輩、私を貰ってみますか?」


「へあ!?」


「佳奈!? 何を言ってるの!?」


 突然、佳奈ちゃんがとんでもないことを言い出した。初対面の男にそういうことを言うのは良くないんじゃないかな……


「そうすれば近くでお姉ちゃんを見守ることもできますよ。それに、私も男避けとして使わせてもらうだけです。所謂偽彼氏、というやつですね」


「なるほど……」


 案外、悪くない案かもしれない。今の僕にとっての最優先事項は、できるだけ多く先輩の近くにいること。佳奈ちゃんとそういう関係になるのは、違和感無く先輩の近くにいる理由になり得るな。


「だ、だめだよ! とや君は私の……」


「私の……なんですか? 恋人って訳でもないんですし、別にいいでしょ?」


「私の――なんだもん……」


 一部聞こえなかったけど、聞こえた部分だけでもかなり照れることを言われた。きっと、今僕の顔は真っ赤になっていると思う。かすかに開いた窓から吹いてくる風が、今は冷たくてしょうがないから。


「へぇ……外山君、良かったわね。脈ありみたいよ?」


「お母さん!」


 僕はなんて返せばいいんだろう。こういう時に、何か気の利いた言葉を言えればいいんだけど、そこは流石僕。何も言葉が浮かんでこない。


「今は私のことですよ。余計なことは考えないでください。先輩は私の恋人になってくれるんですか?」


 2人から話しかけられても、普段なら普通に対処できる。でも、今回は内容が内容だけに、流石にキャパオーバーだ。


「2人で同時に話しかけて来ないでください!」


「あら、ごめんね。なら、先に私の方に答えて貰える? すぐに終わるから」


 最初はお母さんの方か。ほぼ確実にろくでもないことを聞かれるだろうな。


「わかりました。で、なんですか?」


「正直に答えてちょうだい。外山君は、佳織のことをどう思ってるの?」


 さっきまでとは違い、真剣な表情で質問してくる。これは真面目に答えないといけないな。


「僕にとって……」


 先輩は、どういう存在なんだろうか。

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