第4話 いざ、先輩の家へ ➀
「せっかくだし上がってく?」
そんな軽い一言で、自分の家に僕を上げようとする先輩。緊張するし、気まずいから正直なところ遠慮したい。二人きりだとしても、親がいたとしても気まずい。どちらかといえば、いない方が気楽だな。
恐らく先輩は親への連絡をしていない。だから、親がいた場合は結果報告をしているところから見ることになる。自分達の娘が実質余命宣告をされた。そんな状況で泣かない自信はない。
その現場に立ち会ってしまった時、僕はどうすればいいんだろう。いや、どうにもできないか。
「できれば遠慮したいんですけど……」
「えー。私は着いてきてほしいんだけどなぁ」
「今ご家族はいるんですか?」
「もちろんいるよ。今日家にいないなら電話で報告してる」
「つまり、美月さんは僕に泣くご両親を見せたいということですか?」
言い方が酷いとは思うけど、こうやって言わないと引いてくれない。先輩はかなり強引でわがままだから。
「そうじゃないよ。本当なら私も、とや君を帰してあげたい」
「じゃあなんで……」
「怖いの。2人に説明するのが。私のせいで2人を悲しませるのが。だから、側にいてほしいの」
そう言って手を握ってくる先輩の手は、確かに震えていた。
そんなお願い、断れるわけないじゃないか。
「わかりましたよ。でも、慰めるとかはできないですからね?そういうのは期待しないでくださいよ」
「わかった。ありがとね」
「いえ、他でもない美月さんのためなので」
これに尽きる。これが他の誰かのお願いだったら僕は断っていたと思う。他でもない、
こうして考えると、やっぱり僕は先輩のことが好きなんだと感じる。
この気持ちを打ち明けるかどうか、正直なところ悩んでいる。多分、タイミングは今じゃないから。今の先輩に余計な情報を与えたくない。
それに、精神的に弱っているところにつけ込むみたいで、僕が嫌だから。
「あ、ありがとう……」
「ちょっと顔赤いっすよ? 大丈夫ですか?」
さっきのは、ちょっとだけクサイことを言った自覚はある。でも、それで先輩のこんなに可愛い顔が見れるなら、言ってよかったな。
「大丈夫! それじゃあ、行こうか」
「はい」
帰り道の時の緩い雰囲気とは違い、少し厳かな雰囲気を感じる空気の中、僕達は家の中へと足を踏み入れた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「お帰り、佳織。隣の子は?」
予想通りだったけど、先輩は僕が一緒に来ることも伝えてなかったみたいだ。
「外山永寿と言います。部活の後輩です」
「私の一番の友達。学校で一番信用できる人」
「そう。あなたにもそんな人ができたのね。でも、今は少し席を外してほしいの。さぁ、佳織。こっちに来て。みんないるから、結果を教えてちょうだい」
「うん。じゃあ、また後でね」
「はい」
先輩達は先に入っていった。僕はどうしようか。とりあえずここで待っとけばいいのかな?帰るのは駄目だよね。
先輩、大丈夫かな。凄い不安そうだったけど、ちゃんと伝えれるのかな……そのために呼ばれたはずなのに、結局何もできないのがもどかしい。家族の話に割り込むことはできないけど、横にいることぐらいはできたはずなのに。
『ピロン』
玄関で待つこと数分、メッセージアプリに通知が届いた。先輩かな? そう思い確認する。内容は……
『明日って暇? カラオケ行こーぜ』
なんだ、クラスの友達か。急いで確認する必要もなかった。明日は……どうだろう。一応暇だけど、先輩の状態によっては近くにいてあげたい。保留しとこう。
『微妙なとこ。もしかしたら予定が入るかもだから、明日学校で言うね』
『了解。いい返事、期待してるぞ』
いい返事ができる気はしてないけどね。クラスの人より先輩との時間を優先したいから。いつでも会える友人と、会えなくなるかもしれない想い人。どっちが大切かなんて、明白だろ?
『入っていいよ』
これは先輩だ。もう落ち着いたのかな? そう思ってドアを開ける。すると――
「佳織……どうして……」
「お姉ちゃん……」
「…………グスッ」
全然落ち着いてなかった。先輩の両親と、多分妹だと思う。その3人が泣き崩れていた。こっちからは先輩の顔が見えないから、先輩がどうなっているのかだけはわからない。
「先輩、本当に入ってよかったんですか?」
今の様子を見て、改めて先輩に確認をとる。こういうのを見せたくなかったから僕を入れなかったんだと思ってたんだけど、違ったのかな?
「大丈夫だよ」
返事は返してくれたものの、こっちを向いてくれることはない。本当に大丈夫か? 一回戻った方がいいかと思い、ドアを開ける。
「駄目。戻らないで」
音で気付いたのか、先輩に引き止められる。渋々戻るけど、凄い居づらい雰囲気だ。
「そんなこと言われても、僕がいていい状況じゃないでしょ。今は」
「駄目。こっちに来て」
言われるがままに、先輩の隣に座る。すると、右肩に軽く重みが乗った。
「ちょ、先輩!?」
「ごめんね。少し、肩貸して」
そう言って先輩は僕の肩に顔をうずめる。多分、泣いているんだと思う。服が濡れていくのを感じるから。
こんな状況になっても、言葉もかけることすらできない自分に嫌気が差す。本当に苦しい時に力になれないなら、こうして着いてきた意味がないというのに。
※
「ありがとう。もう大丈夫」
僕が入ってから5分? 10分? どれぐらい経っただろうか。緊張と自己嫌悪で時間を気にする余裕がなかったけど、喋れる程度には落ち着いたみたいだ。
「なら良かったです。すいません、何もできなくて」
「ううん。言ったでしょ。側にいてほしいって。私は、君が側にいてくれるだけで安心できるの」
それに、と続けて先輩が言う。
「自分で言ってたじゃん。『慰めるとかは期待しないでくれ』って。だから私も期待してなかったよ。安心して!」
「確かに言いましたけど酷いっすね」
先輩にそう言われ、少しだけ心が軽くなった気がした。
「済まない。みっともない所を見せてしまったな」
初めに話しだしたのはお父さんだった。
「いえ、娘がこんな状況になったんだから当然です。逆に、取り乱してなかったら僕は怒っていたかもしれませんね」
「はは、そうか。君は佳織の事をしっかり考えてくれているんだな。だが、それはそれとして娘は……痛ぁ!」
「辞めてお父さん。恥ずかしい」
お父さんがテンプレのセリフを言おうとしていたのを、妹さんが叩いて止めた。どこの家庭も父親のカーストは低いものなのかね? うちも父さんが一番下だし。
「2人共茶番はいいから。改めて自己紹介させてもらうわね。私が佳織の母の
「で、私がお姉ちゃんの妹の
2人共先輩と違って金髪だな。先輩の髪はお父さんの遺伝なのかな?
「私が佳織の父の
そう言ってお父さんが手を出してくる。なんだろう? 握手かな?
「僕は
何をしている人なんだろう。ガタイの良さが凄い。素人目から見ても、かなり鍛えられた肉体なのがよくわかる。
僕が手を握り返すと同時に、力いっぱい引っ張られる。見た目に違わない力の強さに、僕はしっかりと力負けした。
「何するんですか!」
「何、しっかり佳織を守れるのかどうかテストをしたまでだ。外山君と言ったかな? もっと鍛えた方がいいんじゃないか? とても軽い抵抗はあったけども、正直全く気にならない程度だったよ」
「鍛えてないのは事実ですけど、別に鍛える必要もないじゃないですか。力を使うようなことをするわけでもないですし」
「いいや、駄目だ。そんなことじゃあ、娘は任せられない。そんなやる気でうちの佳織と付き合おうって言うのか?」
いつの間にそんな話になったんだろう。今日はそのために家に来たわけじゃないんだけど。あくまで先輩が来てほしいって言ったから来ただけであって、他意は無いのに。
「なんで交際の挨拶に来たみたいになってるんですか? 僕は頼まれたから着いてきただけですよ」
「何!? 違ったのか。それは済まないな」
誤解が解けたみたいで良かった。そういう挨拶は、ちゃんとそういう関係になってからやりたいからね。
「全然大丈夫ですよ。可愛い娘が家に男を連れてきた、なんて、勘違いしてもおかしくない状況だと思うので」
「とや君、もっと強く言ってもいいんだよ? お父さんだし」
「そうね。純也さんだし、もっと適当でもいいのよ」
「そうだよ。パパだし」
「そういう訳にもいかないでしょう。初対面ですし、自分の親じゃないんですから」
みんなお父さんの扱いが酷くないか?うちでもここまでじゃないんだけど。
「外山君……私の味方は君だけだよ。君は優しいのだね。そんな君に聞きたいことがあるんだが」
「突然ですね。別にいいですけど」
何を聞かれるんだろう?まぁ、そんな変なことは聞かれないと思うし、大丈夫でしょ。……大丈夫だよね?
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