第3話 帰り道は二人きりで

 先輩の検査が終わり、僕達は帰路につく。2人で帰るのは何気に初めてで、緊張する。いつもは先輩が鍵を返しに行って、その間に僕が先に帰っていたから、一緒に帰ることはなかったんだ。


「こういうの初めてだね。外山君、いつもすぐ帰っちゃうから」


「そうですね」


「どう? 私と一緒に帰れて嬉しい?」


「はい」


「返事が淡白だな〜。外山君凄い緊張してない? いつも部活ではふたりきりでも普通に話せてるのに、2人で一緒に帰るとこうなっちゃうんだ〜。かわい〜」


「うるさいです。かわいいって言わないでください」


 緊張しているのは事実だから何も言い返せない。でも、なんでこんなに緊張しているんだろうか。先輩の言う通り、ふたりきりでいることはかなりあったし、その時は普通に会話できていた。それなのに、一緒に帰るのは緊張するっていうのもおかしな話だ。


「いつもと違うシチュエーションになったら緊張するんですよ。考え事もありますし」


「お、何か悩みか〜? ほら、お姉さんに言ってみなさい」


「なら遠慮なく聞くんですけど、どうして今日僕を指名したんですか? それと、普段の学校の優等生の先輩と、今も見せてるちょっと適当な先輩。どっちが本当の先輩なんですか?」


 今日聞きたいことは一個目の質問だけのはずだった。でも、今日の先輩の様子を見て聞きたいって思った。僕と二人になるまでは、ずっと優等生モードだったから。


「外山君を指名した理由は簡単だよ。私が一番気を許せるからかな。家族よりも気を許せる人だから」


「信頼してくれてるのは嬉しいですけど、どうしてですか? 僕はただの部活の後輩ですよ。」


 僕はただの本好きで、部活の時も話しかけられるまでただそこにいるだけの存在だった。なのに、そこまでの存在になっている意味がわからない。


「ただの部活の後輩かぁ。私は友達だと思ってたんだけどな」


「友達……ですか」


「そう。私の一番の友達で、一番信用できる人」


 友達……先輩の中で僕がそこまでの存在になっているとは思ってなかった。友達の定義なんてものは人それぞれだ。だからこそ、僕は先輩の事を友達だと思ってなくて、先輩は僕の事を友達だと思っている。みたいなすれ違いも起こるんだ。


 僕は、特定の場所でしか話さない人のことを友達だとは思ってない。それだけで友達の関係が成立するなら、なんとなく道端で話した人も友達認定することになるだろう。


 帰り道でも、メッセージアプリとかでもいい。普段その人と出会わない場所でも話すようになって初めて、友達になれると思っている。


 僕と先輩は部活以外で話したことがなかったから、『知り合い』程度で『友達』ではないんじゃないか。と思っていたんだけど、先輩からしたら違ったみたいだ。


「我らが聖女様に言われるとは、光栄ですね」


 先輩は、学校ではみんなに平等に優しい。そうしているうちに、いつしかついたあだ名が『聖女』だ。


「君もそうやって呼ぶんだ。君だけはそうやって呼ばないって思ってたんだけどな」


 先輩は少しだけ悲しそうな顔をしながら、口を尖らせてそう言った。嫌なら他の人にも辞めてほしいって言えばいいのに。


「冗談ですよ。今初めて呼びました。僕からすれば、先輩は聖女なんて柄じゃないですから」


「それはそれでムカつくんだけど」


「なら普段の行いを見直してください」


 普段から人のことをからかって、僕で遊んでる人が聖女なわけがない。どこにでもいるいたずら好きの女の子。それが今の僕の先輩に対する印象だ。


 周りの人が持ち上げすぎて『聖女』だなんて呼ばれているけど、結局のところは僕達と同じ普通の人なんだから、わざわざそんな称号をつける必要はないと思う。


「それは仕方なくない? かわいい外山君が悪いよ。からかいたくなるんだもん」


「いちいち反応する僕も悪いかもしれないですけど、からかってくる方も悪いですよ」


「別にいいじゃん。学校で素の私でいられるのは君の前だけなんだから」


 それも聞きたかったことだ。どうして僕には素を見せてくれるんだろう。そもそも、どうして見せようと思ってくれたんだろう。最初の方は優等生モードだったから、そこにも何か理由があると思うんだけど


「それも聞きたかったんですよ。どうして僕の前では素でいれるんですか? 後、どうして僕には素を見せようと思ったんですか?」


「素を見せれるのは、外山君の事を信頼してるから。学校でのイメージと離れてても、私から離れないでいてくれるって信じてるから。それと、どうして見せようとしたか、だったっけ?」


「はい」


「覚えてない?」


「何をですか?」


「教えてあ〜げない。自分で考えな〜」


 何かあっただろうか。僕が先輩に明かしてもいいと思えるようなことをしたからなんだろうけど、僕が何をしたのか本当に記憶にない。


「わからないですよ。教えてくださいよ」


「あーあ。私は嬉しかったのにな〜。外山君からしたら、記憶にも残らないほどなんでもないことだったんだね」


「いちいち覚えてないですよ。ヒントだけ貰えますか?」


 いつ頃の話かがわかればかなり変わると思う。先輩がそれだけ印象に残っていることなら、僕も覚えていると思うから。


「えー、どうしようかな〜。どうしても欲しい?」


「はい」


「じゃあ、これから私のことを『先輩』じゃなくて他の呼び方で呼ぶこと。そうしてくれるなら教えてあげる」


 他の呼び方で……? どう呼べばいいかな?


 美月先輩? 美月さん? というか、なんでそれが条件に出てくるんだろう。誰のことを呼んでるかわかるなら、呼び方なんてなんでもいいと思うんだけど。


「どうしてそれが条件になるんですか? 僕が会話する先輩は1人だけですし、変えなくても誰のことを呼んでるかわかりますよ」


「誰のことかわからないからじゃないよ。私がそうやって呼んでほしいからそれが条件になるの。外山君の先輩の中で1人だけ呼び方が違うって、なんか特別感があっていいでしょ。」


「話す先輩は1人だけって言ったじゃないですか。今のままでも十分に特別ですよ」


「それは今だけの話でしょ。今後は話す人が増えるかもしれない。そしたら私は特別じゃなくなっちゃう。君には私のことを特別な先輩だと思っていてほしいの。いなくなっても、記憶に残り続けれるくらいに」


「はぁ……わかりましたよ。そんなこと言われたら断れないじゃないですか。顔を上げてください、美月さん」


 多分、先輩も怖いんだと思う。自分がいなくなって、みんなに忘れられて、存在していた事実すら、幻のように消えてしまうのが。


 人というものは薄情なもので、多少話したことある人が死んでしまっても、数日、数ヶ月したら話題にすら出なくなることが多い。そうなったら、本当に人は死んでしまう。


 死人は蘇らない。だからこそ、誰かが覚えている必要がある。その役目が、僕に回ってきたんだ。


「下の名前で呼んでくれてもいいのに。まぁ、今はそれでいいか。ありがとね、とや君」


「はい……はい?」


 ん? 今、なんて呼ばれた?


「どうしたの? 何か変なところがあった?」


「え、先輩、今僕のことなんて……?」


「え? とや君だけど。それと、また呼び方が戻ってるよ?」


「あ、すいません。じゃなくて! なんで美月さんも急に呼び方変えるんですか?」


 同級生に『とや』って呼ばれてるからギリギリ反応できたけど、突然変えられるとびっくりする。そもそもなんでその呼び方を知ってるんだ?


「こうやって呼ばれてるのを見たんだけど、駄目だった? 君のことは特別な後輩だと思ってるから、私も変えたくなっただけ」


「さっきからですけど、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えますね」


「恥ずかしいよ。でも、伝えたいことは全部伝えていかないと。私に残された時間は、どんどん少なくなっていくんだから」


 そういうことか。先輩らしいな。自分の現状をしっかり受け止めて、できることをやる。普段から言っていたことだ。


 今の自分にできることを精一杯やる。そうやって頑張ってきた結果が今の状況なのか。何もせず、本を読んでいるだけの人間が元気に生き、頑張ってきた人間が死の危機に晒される。世の中はなんて不平等なんだろうか。



「とや君、着いたよ」


「やっとですか」


 先輩の家に着いたみたいだ。病院と学校の中間ぐらいの位置かな? まぁ、場所を覚えても意味はないけどね。今日以降は行かないだろうし。


「そうだ。せっかくだし、上がってく?」


「はい?」


 この人は、何を言っているんだ?

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