第24話 裏路地にて、強者と強者

 祐介とレイゼが結魂の指輪を嵌める少し前、街灯の光が辛うじて夜道を淡く照らしている中をメルは迷いもせずにずんずんと進んでいた。やがてピタリと動きを止めるとくるりと振り返った。

 

「それで、竜人の長が直々にアタシへなんの用がある?」

 

 その声は普段のメルとは違い、抑制の無い淡々とした声であった。

 

「まさかあの時の続きをしたい訳ではないだろう?」

「当然じゃ、儂もまだ死にたくはないのでな。それにしてもお主、皆から離れた途端にその態度とは……そのように偽りの仮面を被り続けるのは辛かろう?」

「た、偶々そういう流れになってしまっただけだ! それに仮面を被っているつもりは断じてない、アタシにもあのような面がある、ただそれだけの事だ」

「随分と騒々しい面じゃな……」

「黙れ、アタシはお前の世間話に付き合う気はない」

「しかしじゃな……」

「黙れと言ったはずだが……?」

 

 ジロリとメルが睨み付けるとカラクは手を大袈裟に上げて「おぉ、怖い怖い」とおどけた。

 

「ここで殺されても困るのでな、先に用件を言うておかねばならんのぅ……」

「ちっ、ただでは死にそうにもないくせに心にも無いことを言う奴だな……」

 

 メルは含みを持たせる言い方をする。メルとカラクは過去に一度だけ衝突した事があり、結果だけで言えばカラクが譲った形にはなったがお互いに力の底はまだ見せてはいない。

 

「……実はの──森の連中が動き始めた。しかしそれはまだいい、問題は──」

「──アタシの周りか……だから態々お前が言いに来たのか……」

 

 カラクは頷く。

 

「うむ、お主の周りに何か変わった事は無いか? 例えば諜報や斥候を見掛けたりはしていないか?」

「居ない……とは言えないな、そもそもアタシが気付かなければ分からないしな。しかしアタシに気付かれない程の手練れがあの森に居るとは思えないのだが」

 

 カラクは白く染まった顎髭を撫でながら思案を巡らせる。

 

「であれば森の連中が動き出した理由は三つに別れるのぅ」

「ふーん、とりあえず言ってみてくれ」

「先ずは単純にお主がここにいるのが見つかったという可能性、この場合はこれから諜報組が探りに来ることになる。二つ目はお主は死んだと判断し、更に同等な人材の出現、つまり今度こそ我が里との全面戦争に発展する可能性。そして三つ目……これが一番の懸念じゃが、元からお主の場所が割れており、尚且つお主を制御か──殺すことの準備が出来た場合じゃ」

 

 この言葉にメルは少なからず動揺した、カラクの提示した可能性はそのどれもが血生臭い匂いが立ち込めているからである。

 

「三つ目の場合はお主をどうにかした後、我が里と事を構えるじゃろう。そこで儂は森の連中に先んじてこうしてお主に会いに来たという訳じゃ」

 

 尤もらしいカラクの言葉にもメルは何も答えない。その表情は答えを決めかねているように見えた。生まれ故郷であり、守るべき故郷である『あの森』との明らかな対立をこの男は促そうとしているのだ。その理由がなんであれ、おいそれと答えは出せない。

 

「──と、考えてここまで来たんじゃが……止めた」

「止めた? どういう意味だ?」

「そのままじゃよ、儂はこのまま帰る事にする」

「……お前の意図が見えないな。森への対応はどうする、己の里をどう守るつもりだ」

 

 カラクは身体を揺らしてふぇっふぇっと笑った後に答える。

 

「守るさ。当たり前じゃ、儂の里じゃぞ?」

「だったら此処でアタシと共同戦線を張る交渉でもしたらどうなんだ? 条件次第では結んでやらん……事もないが」

「あーいらんいらん。というか結ぶ必要が無くなったわい、まさかあのメルが結魂するとは思わなんだ。暫くすれば孫のレイゼは祐介君と結魂するじゃろう、まさか祐介君も嫌とは言うまい。そりゃレイゼは儂に似てちっと背は低いかもしれんが、何処に出しても立派な竜人、美人で気立てもあって胸もある。そして二人が結魂すれば当然お主とも繋がりが出来るじゃろ?」

 

 手振りを交えながらペラペラと喋るカラクにメルはムッとして「まぁ、そうなるけど」と返す。

 

「じゃろ? であればもし森の連中が我が里へ攻めるならレイゼが黙ってはおらん、無論、儂もな。そしてレイゼの結魂相手である祐介君も手を貸してくれるじゃろう、その時、メルが助力を頼まれれば……どうじゃ?」

「そりゃ……助ける……かも」

「じゃろじゃろ? 逆もしかりじゃ! メルが森の連中に襲われたりすれば祐介君も儂等も助力を惜しまん! つまりもう既に共同戦線を張ったようなものじゃ」

「じゃろじゃろうるさい! ちっ! いいか、アタシが竜人共に手を貸す時があるとしたら祐介がどうしてもと頼んだ時だけだ! 祐介が何もしないのならばアタシも何もしない、分かったか!? 大体祐介が里と森の戦争に首を突っ込むとは思えん、祐介はただの人間だぞ? せいぜいレイゼを見送るので精一杯だろう」

「ふぇっふぇっふぇっ、わかってないのう。彼はやるとも。惚れた女に窮地が訪れれば意地を張り、命を張り、男を張るとも。同じ男じゃからの、それが儂にも分かるんじゃ」

 

 メルは訝しげに「そうかねぇ……?」と一息吐いた。

 

「そうだとも! かつては儂も同じじゃった……っ!」

 

 カラクはそう言って胸元からキラリと光る物を取り出してメルに見せた。指輪だ、そこには真っ赤な結魂指輪がある。しかしそれはカラクの指からは離れており、それを見るカラクの眼差しはどこか寂しいものがあった。

 

「……ふぇっふぇっふぇっ、どうじゃ? 儂の指輪も綺麗じゃろう?」

「綺麗なのは分かるが……ゆ、指から外れてるのは……」

 

 メルは言い辛そうにして指輪を見た。二人の存在が決して外す事を認めない結魂指輪が外れている、それはつまり……。

 

「うむ、儂の結魂相手はな……レイゼの祖母にあたるんじゃが、あの日、穴の捜索を買って出てから戻ってはこなんだ……」

「生きているかも分からないのか?」

「……穴が閉じてしまった今はもう確かめる術は無いのぅ」

 

 二人の言う穴とは突如として世界の至るところに開いた穴である。空中に浮いた亀裂の様な穴は大小様々であり、共通していたのは全ての穴が同じ場所へと通じている事であった。

 亀裂の隙間から覗く世界は正に地獄といった様相で、常に争いが絶えず、薄暗い空を侵略の火が赤く染め上げていた。その異世界とも言うべき空間はメル達が住む世界の住人を恐怖のどん底へと叩き落とした。安心、安全、平和に染まった世の中が大きく揺れたのだ。

 しかし、穴は突如として消え去り、後に残ったのはいつか来るかもしれない侵略に怯える人々であった。カラクの里も、メルの森も例外ではない。いつまたあの穴が開くかも分からないのだ、世界の人々には大きなしこりが残される事になった。

 

「……この指輪が有る限り、儂はあやつの為に男を張り続けるじゃろう。きっと穴の向こうではあやつが同じ様に生きている筈じゃ……」

 

 カラクは指輪を大事そうに胸元へとまたしまった。

 

「メルよ、お主達も同様じゃ。女を磨き、輝かせるがよい。良い男は良い女が作る、逆もしかりじゃ」

「ちっ! うるさいぞ! アタシは元々良い女なんだよ!」

「だったら一度くらい抱かせてやれぃ! 寝ゲロなぞ吐いとる場合か!?」

「な、なんで知って……っ!? あ、てめぇあの時に盗み聞きしてたな!?」

「ふぇっふぇっ、ではな! 何かあればまた会うじゃろう、義理の妹とはいえレイゼをあまりいびるんじゃないぞえ!」

「うるせー! とっとと消えろ、ボケ!!」

 

 カラクがバッと飛び上がると、その姿は見事な竜へと姿を変えて飛び去っていった。後に残されたメルはそれを忌々しく見送る。すると、メルが歩いてきた方から怒声が聞こえてきた。

 

『あ、あのアバオクメルゥーーーー!!』

 

 レイゼの声である、メルは溜め息を吐くとゆっくりと歩き出す。

 

「なんかレイゼちゃんが怒ってるなぁ……しゃーにゃー、戻りますか……」

 

 祐介はレイゼと結魂を結べたのだろうか、レイゼの怒声からはその成否は窺えなかった……。メルはふと立ち止まりカラクが飛び去った空を見る。

 

「そういえばカラクの奴、マオについて言及しなかったな……ま、アイツに関してはアタシもよくわかんねーし、当たり前か」

 

 メルとカラクがマオに関してわかっている事と言えば、マオが恐ろしく強いだろうということだけである。インキュバスに関しても情報など一切無いので、マオがどういう存在かもわからない。

 

「はぁーあ、レイゼちゃんは何を怒ってるのかなぁー……」

 

 メルはまた歩き出した、出来れば怒りの元凶が自身の借金では無いことを祈りながら。

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