第22話 決着の時!!

「やっと戻ってきたか……レイゼよ、愚かな猿の姿を見るのもこれで最後になる。その目でしかと見納めるがいい……」

 

 ハムルは既に最後のボタンを止めており、祐介を憐れむ目付きでじっと見ていた。祐介はカラララ……と回り続ける第三リールを前に指を止めたままで、その表情は後ろの観客達からは伺い知れない。その哀愁すら感じさせる背中にレイゼは思わず駆け付け、祐介の背中にそっと手を置いて「祐介……」と語りかける。

 

「レイゼ……戻ってきたのか……」

 

 祐介の弱々しい口振りにレイゼの涙腺が緩む。ハムルに嘲笑され、好奇の目線に晒されながらも祐介に最後まで足掻かせたのは自分だと痛感したのだ。やがてレイゼは祐介の背中から覆い被さる様にして抱いた、祐介に出来ることはこれが本当に最後なのだと理解してしまったからである。

 祐介は背中からの温もりを感じながらゆっくりと最後のボタンへと指を伸ばす……。

 

「おい、おーい! 祐介待てぇ、まだボタンを押すなぁ! メルちゃんがこの包囲網を突破するまで待ってくれよぉーーーっ!!」

「へっへっへっ……メル、絶対に逃がさねぇぜ!? ちゃーんと金は回収するからなぁ!?」

 

 メルは賭け札を持った客達に威嚇しながら声をあげる。

 

「触んなクズ共っ! おいマオ、手伝えっ! お前インキュバスだろ!? こいつら誘惑してどっか連れてけよぉ!!」

「やーですよぉ、日頃から僕をぺったんぺったんって馬鹿にしてるんですから自分で誘惑したらどうですかぁ? あーでもメルさんって厄除けとしか需要が無いんですっけ? それなら無理ですかねぇ、ぷぷぷのぷーっ!」

「はあああああぁぁぁーーーーーっっ!!? おま、マジ……ちょっ、おい、どけよバカ野郎ぉーーっ!! あのクソガキ、メルちゃんを馬鹿にしやがってぇ……っ!!」

「だはははははっ! 俺達ぁメルが金を置いてってくれやぁ喜んで退くけどよ……それとも金を置いてくつもりになったか?」

「誰が金を置いてくかよっ! メルちゃんとお金は一心同体、お前らの金もメルちゃんのお金なんだよぉ!」

「ならここは退けねーなぁ、諦めなっ!」

 

 メルは金を胸に抱き締めながら「んぎぎぎぎぃっ!」と歯軋りを鳴らして悔しがるが、マオはそれを尻目に祐介の様子を静かに見守る。当の祐介はこの日最後になるであろうストップボタンにゆっくりと指を伸ばして……。

 

「……終わったな」

 

 ハムルの言葉と共に祐介の台からメダルが吐き出される。ボーナスゲーム中は騒がしかった台も今は水を打ったように静かで、周りの誰も何も喋ろうとはしない。

 その中で祐介は深く、深く深呼吸をした。

 

「……祐介?」

 

 レイゼの声が耳元で優しく響く、労るように、しかし何処か寂しげな雰囲気を纏ったまま、レイゼは祐介の肩に手を置いた。祐介からの返事はない、だが肩に置かれたレイゼの手にそっと重ねられた手がその代わりだろうか。

 

「……レイゼ」

 

 既に閉店の音楽も鳴り止んでいて静まり返ったその場を穿つようにはっきりとした声で祐介が言った。その強い意思を孕んだ口調は観客は元よりハムルですら祐介に目線が釘付けになる。やがて祐介はスッと立ち上がり、レイゼの手を握って言った。

 

「今、決闘の儀は終わった。だから……」

 

 もう、お別れだな……と続くであろう祐介の言葉にレイゼはぎゅっと瞼を閉じた。聞きたくない、受け入れがたい現実がレイゼに重くのし掛かるようであった。

 

「……一緒に帰ろう。約束通りに俺が君の手をエスコートするよ、さぁ……行こうか!」

 

 レイゼも、ハムルも、メル、マオ、観客の全てが祐介を驚きの表情で見た! 全員の予想を裏切る言葉が言い放たれたのだ! 晴れ晴れとした祐介の表情が皆を殊更に混乱させるが、咄嗟にハムルがルーナへと目配せをした。

 

(疑う訳では無いが……二人のメダルの枚数は確かだな?)

(はい、確かにハムル様の枚数の方が多いです。投資枚数を引いてもそれは確実でございます)

(であれば……猿芝居の続きでもする気か? それとも他にまだ手があるのか……? 何れにせよ、俺がそれに付き合う義理などない……っ!)

 

「ふざけるなぁーーっ!!」

 

 ハムルは眉間に皺を寄せて叫んだ! その凄まじい咆哮にも似た怒号に観客の多くは恐れおののいて身を竦めた。

 

「この期に及んで潔く負けを認めぬどころかレイゼまで連れていこうとするとは見苦しいにも程があるっ! 態々この俺が相手をしてやったにも関わらずその様な態度に出るとは……決して許せぬ……っ!」

 

 今にも襲い掛かりそうなハムルを前に祐介はあくまで飄々と余裕な態度を崩さなかった。

 

「決闘は終わった、そして俺が勝った。だからレイゼの手は俺が頂いた……ただそれだけの事だぞ? むしろ潔く負けを認めてないのはお前の方だ」

「きっさまぁ……っっ! まだそんな戯れ言を……っ!」

「ふ、二人ともちょっと待て! ここで言い合いをしてもしょうがないだろっ!? ここにジェットカウンターを持ってくるからそれで改めて決着を確かめようじゃないか! な!?」

 

 わなわなと怒りに肩を震わせるハムルを見てまずいと思ったのか店長が二人に割って入った。二人はお互いに各々の枚数を把握しているが、実際に数えた訳ではないので今からそれを明らかにしようという店長の言葉に二人は大人しく従った。

 斎藤が直ぐにジェットカウンターをガラガラと島の端から運び入れると、ハムルが祐介を手で制した。

 

「先ずは俺から計らせて貰う、猿の異議は認めぬ」

 

 猿がイカサマを仕掛けるならここだろう、もし内部に先にメダルが仕込んであるなどの細工がしてあれば猿が慌てて俺を止めるに違いない。ハムルはそう考えていた。

 ハムルはジャラジャラと下皿のメダルを箱に移すと、台の上に置いてあった箱と一緒に店長へと渡した。その時、一瞬だけ店長は狼狽えたが気を直ぐに取り直すと素直に箱を受け取った。

 

(……今の間は何だ? 俺が先に箱を渡したので狼狽えたのか? 俺が打っていた台を一瞥した気がするが……)

 

「おい、ハムル。ちょっと待てよ」

 

 ハムルの背に祐介が声を掛ける。やはり止めに来たか、となると仕掛けはこのジェットカウンターだな。含み笑いをしながらハムルは振り返った。

 

「……猿が何の用だ、計るのは俺が先だと言ったはずだ!」

「いや、それはいいけど。お前の台にまだメダルが残ってるぜ?」

 

 祐介がハムルの台に手を伸ばして端に備え付けられているボタンを押すとジャラララ……と台に貯留されていたメダルが払い出された。祐介はそのメダルを「ほら」とハムルに差し出した。

 

「……礼は言わんぞ」

「欲しいのはメルとマオへの謝罪だからな、俺への礼なんて元より求めてねぇよ」

「猿めが、調子に乗りおってぇ……っ!」

 

 ぞんざいな態度のハムルに祐介も負けじと返す。その二人の間に店長が割って入り「と、とにかく! 計るぜ、いいな!?」とジェットカウンターを作動させる。

 ザザザーッと激しい音と共にメダルが機械に飲み込まれていくと、枚数を示すカウンターがぐんぐんと数字を増やしていく。祐介は緊張な面持ちでそれを見守っていた。

 

「あいよ、2100枚。ありがとーござーしたー!」

 

 ハムルは店長に渡されたレシートを手にルーナを見た。

 

「やはり私に間違いはありません、計算上ハムル様の勝ちでございます」

 

 ルーナのその言葉にハムルは深く頷いた。ルーナから聞いていた祐介の枚数は1500枚である、その枚数から著しく差が出ればイカサマの動かぬ証拠となる。ハムルはより一層警戒心を強めて祐介を見た。

 

「次は祐介……だな?」

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 祐介も店長へとメダルの入った箱を渡す、勿論台の貯留メダルは既に払い出させていた。祐介の出したメダルもまたジェットカウンターへと流されていく。祐介は何もせずにそれを眺めているだけである。

 

「ほら、丁度1500枚だ……しかし祐介よぉ、本当にこれでいいのか?」

「勿論ですよ、こうしてレシートを見て確信しました。やはり俺の勝ちです」

「おい、猿。貴様は簡単な計算すら出来ぬのか!? 投資分を差し引いても俺の勝ちであろうが! いい加減に負けを認めろ、不愉快だっ!」

 

 ハムルは「民草の目を見てみろっ!」と手を大きく振って観客を煽る。

 

「貴様以外の全員が貴様の負けを認めているのだぞっ!? その中でただ一人、貴様だけが子供の我儘の様に駄々をこねて負けを認めておらぬ……もう諦めよ、貴様のその醜さには憐れみすら感じる……見るに耐えぬわ」

 

 確かにお互いの枚数が露見した事によって、観客も二人の枚数を知ることが出来た。投資分を差し引いた枚数は祐介が1450枚でハムルが1500枚である、誰が見ても祐介の負けは明らかであった。しかし己以外の全員が負けを確信している中にあっても祐介だけは首を振って答えた。

 

「いいや……何度レシートを見て確認しても、やはり這いつくばって地面を舐めるのはお前だよ、ハムル!」

 

 その言葉を聞いて一番に反応したのはハムル……ではなかった、斎藤が「もう止せ祐介!」と割り込んできたのである。

 

「もういい、諦めろ祐介! 確かに、確かに七聖姫を逃すのは惜しいかもしれん! だが、いくらお前がそうやって強情を張っても負けは負けなんだ! 俺はお前がそうやって無理矢理に言い張るのを見ちゃいられねぇよ!」

 

 斎藤は祐介の肩を優しく抱くようにして続ける。

 

「お前ら三人の中で一番まともな祐介がそんなんでどうする! アホメルと紅一点のマオ、そしてその二人を束ねる頭脳役がお前だろぉ! バカメルを上手く制御してた冷静なお前は何処に行っちまったんだよぉ! オタンコメルはともかく、祐介がこんなに諦めの悪い奴だとは思わなかったぞ! クズメルはともかくよぉ……っ!!」

 

 斎藤が感極まって言葉に詰まると祐介は慌てて「さ、斎藤さんっ!」と声を出した!

 

「うぅ、わかってくれたか……?」

「いや、ちがくて……あの、逃げて! メルがすげー顔で睨んでるから、あれマジで怒ってる顔だよ! 斎藤さん、いくらなんでも言い過ぎだって!!」

「……え?」

 

 その度重なる暴言にメルはまるで般若の顔付きで斎藤を睨む。その怒りの凄まじさはメルを取り囲んでいた観客達を尻込みさせる程の凄味を帯びていた。そして怒りの形相のままメルがズンッと重苦しく脚を進める度に周りから「ひんっ!」と怯えた声があがる。

 

「……ここまでメルちゃんを馬鹿にした奴は初めてだぜぇ。エルフの森では閉月羞花、妍姿艶質、更に立てば芍薬、歩けば百合、パチンコを打つ姿は彼岸花と讃えられたメルちゃんをよぉ……っ!」

 

 それ本当に讃えられてる? とは口が裂けても言えない、それ程の怒りが空気を伝ってビリビリと感じられているからである。

 

「ひぃえぇぇぇえぇ…………っっ!!」


 斎藤はそう叫んで飛び上がると直ぐに店長の後ろへと隠れる。

 

「おい! 俺を巻き込むなよぉ!」

「店長でしょ、店員を守ってくださいよぉ!」

「無理無理! あんだけブチキレてるメルは無理だろぉ! 斎藤もさっき俺を見捨てたんだから諦めろよ!」

 

 巨体同士で取っ組み合いをしてメルを押し付けようとグイグイお互いを手で押し合う姿は見るだけで暑苦しいものだが、祐介の背筋はぐっしょりと冷や汗で濡れていた。メルが祐介の目の前で止まったからだ。あの傲慢なハムルもメルの凄味を感じてか何も言わないままである。

 

「……祐介ぇ」

「ひっ! は、はいぃ!?」

 

 背筋を伸ばして祐介は答えた、ここまで怒ったメルは初めてなのであった。

 

「皆がメルちゃんを馬鹿にするよぉ! メルちゃんは何もしてないのにぃ、メルちゃんはこんなにも可愛いのにぃぃーーっっ!!」

 

 ガバッと祐介の身体に抱き付くとメルはおいおいと泣き始めた。祐介は突然の事で吃驚するが、とりあえずはそっと抱き留めて「そ、そうだな。皆は酷いよな!」と背中を擦った。そのままメルを慰めていると、メルが誰にも見られないように顔を隠して耳打ちする。

 

「……ところで決闘の方は本当に大丈夫なのか? 勝ってる勝ってるって言うけど、策はあるのかよ」

 

 成る程、メルは騒ぎに乗じてそれを聞きに来たのか、本当は大して怒っていないのに怒った振りをしてメルなりに心配してくれたんだな。祐介は尚も泣き真似を止めないメルに小声で返す。

 

「策は無いが、大丈夫だよ。俺を信じてくれ」

「よっし! それじゃ──」

 

 メルは祐介から顔を離してニッコリと笑いながら言った。

 

「斎藤はもういらないよな? あのクソバカヤローは魚群と同じ数にバラしちゃってもいいよなっ!?」

「駄目ぇぇーーーーっ!! 斎藤さん、逃げてぇーー! バ、バラバラになっちゃうからぁーーっ!!」

 

 斎藤へと飛び掛かりそうなメルを必死に抱き留めながら祐介がそう叫んだ!

 

「離せぇ! 斎藤の野郎だけは許せねぇ! アホメル、バカメル、オタンコメルにクズメルだとぉ!? てめぇーメルちゃんを馬鹿にした数だけ心臓をぶち抜いてやるからなぁ、そこを動くなぼけぇ!!」

「心臓は一個しか無いから止めろぉ! さ、斎藤さん、早く逃げてぇ!」

「お、おう! すまねぇ祐介ぇー……!」

 

 斎藤が脱兎の如く店の奥へと姿を消すと祐介に抱き留められながらメルが「デカブツがぁ! 明るい夜道だけじゃねーぞこらぁ!」と叫んで尚も暴れまわる。

 

「メルの奴……相変わらず滅茶苦茶な奴だな」

「そうですかぁ? 僕はメルさんってとても強かな方だと思ってますけど」

 

 レイゼの呟きにマオが答えた。

 

「……マオはなんでそう思うんだ?」

「だってぇあれって祐介さんとじゃれあっているだけでしょ? そもそもメルさんが本気なら祐介さんの力じゃ止められないですよぉ。たぶん祐介さんを守るために側に立ちたかったんじゃないんですかねぇ、竜人が相手ではあまり離れすぎてると祐介さんが危ないですしぃ」

 

 レイゼの言葉は待たずにマオは続ける。

 

「ま、メルさんの性格からすると怒っているのも本当でしょうけどね……でもぉ、メルさんばかりズルいですぅ! そろそろ僕も行こっとぉ! そこの厄除けさーん、祐介さんから離れなさーい!」

 

 マオが祐介達の方へと駆け出して行くと、メルが「誰が厄除けだっ!」と手を振り上げて威嚇する。そのままヒュッヒュッと素早い手付きで牽制し合う二人の間で祐介は困り顔であった。やがて遠巻きに見ていたレイゼがやれやれと言いたげな表情で二人を止めに入った。

 

「二人とも、祐介が困ってるだろ? 大体店の中で暴れるんじゃねーよ……っとぉ?」

 

 ハムルがレイゼの手を掴んでそれを止めた。

 

「……猿の負けは明白なのだ。七聖姫としての振る舞いに猿との戯れなどあってはならぬ……さぁ、俺と共に里へと帰ろうぞ」

「だから、させねぇって言ってんだろ!」

 

 その手を更に掴んで祐介が止めた。

 

「猿がぁ! 俺の邪魔をするなぁ! 負けた分際でいつまでも目障りだ、消え失せろっ!」

「ま、お互いにそう思ってるよな……だからそろそろ決着をはっきりさせようぜ?」

「決着などとうについておる! 投資分を差し引いて貴様が1450枚、俺が1500枚だぞ!? 貴様の負けは明白だ、それを延々と引き延ばしおって……見苦しい!」

 

 その言葉にその場にいる全員が祐介を見た。祐介以外の全員がその結果を受け入れているのだ、即ち祐介の負けを。

 

「はははははっ! ところが俺の勝ちは揺るがないんだな!」

「──いい加減に……っ!!!」

 

 ハムルの激昂の寸前に、祐介がピッとレシートを掲げて笑った。

 

「……そろそろ、種明かしが必要かい?」

 

 屈託のない祐介の真っ直ぐな声がホールに響く、微塵の疑いも無いその自信に溢れた姿が皆の視線を釘付けにした。もしかして……と思わせるその姿にハムルですら気圧されて昂る気持ちを削がれてしまった。

 次第に祐介は意気揚々と語り出した、その堂々とした様相に誰もが皆静かに言葉に聞き入っている。

 

「……まぁ実際に他の客は元よりメルとマオ、そして店側の店長と斎藤さんまでもが俺の負けだと思ったのも仕方がないんだ。何故なら俺達がどういう条件を結んだのかを皆は知らないからな」

 

 祐介は言いながらカウンターへとゆっくりと歩いていく。祐介の言葉に皆が呆気に取られるが、その姿にハムルが「おい、どこへ行く!?」と声を荒らげた。

 

「……ハムル、物事にはルールってもんがあるんだよ。パチンコにだってあれば当然スロットにもある、世間知らずのお坊っちゃまに俗世の俗事を教えてやろうってんだから黙って着いてきな」

 

 その言葉にハムルは眉間に皺を寄せて怒りを顕にするが、祐介はそれを気に止めずにレシートをカウンターに差し出した。

 

「俺達は今回、金を払ってメダルを借りてスロットを打った訳だがその結晶ともいえるのがこのレシートだ。パチンコ屋では計測したレシートをこうしてカウンターに出して景品に変えて貰うのさ。ほら、ハムルも出してくれ」

 

 ハムルは促されるままに自身のレシートもカウンターに差し出した。するといそいそと巨体を揺らしながら斎藤がカウンター内へと回る。

 

「それじゃ先ずは竜人さんからで……はい、大景品7つね! ほいで祐介はっと……大景品5つっと!」

 

 二人は差し出された景品を受け取り踵を返したが、ハムルは渡された7つの景品を手に持ち、繁々と観察していた。

 

「……この下らん景品がなんだというのだ?」

 

 ハムルの言う通りに大景品とは名ばかりの物であり、厚手のカードのような透明の箱の中に仰々しく金メッキのメダルが鎮座しているだけである。

 

「下らん景品なんて言ってくれるなよ、俺達はこの景品が欲しくて日夜パチンコ屋で頑張ってるんだぜ? この景品はな、何でかは知らないけど近くの店に持っていくと買い取ってくれるんだ。次はそこに行ってこれを金に変えるぜ、さ……行こう」

「一々煩わしいな……そこのカウンターとやらで金に変えればいいではないか。何故態々このような小物に変えねばならぬのか……」

「ははは……それはな……それは──」

 

 何故なのだろうか? 日本ならいざ知らず、この異世界でも三店方式を採用しているのは何故だ……? 態々回りくどい事をしなくてもカウンターでお金に変えれば済むことなのではないか、祐介も頭を捻りはじめた。

 

「祐介さん、いかがされましたか?」

 

 祐介は隣のマオの言葉でハッと意識を取り戻した、先ずは事を進めなければならないのである。祐介を先頭にゾロゾロと皆が店を後にする、怪しい古物商の店はすぐそこにある。

 

「ま、兎に角この景品が金になるんだよ……っと、ここだ。このビルの壁に如何にも怪しげな小窓が付いてるだろ? ここにこうして景品を入れると……」

 

 祐介が小窓の中に景品を差し出すとぬっと誰かの手が景品を受け取り、暫くすると差し出した景品に応じた金が誰かの手に握られて差し出される。パチンコ屋ではこうした景品交換システムが一般的で、それはこの異世界でも同様であった。

 

「とまぁ、こうして出したメダルが金に変わった訳だ。どうだ、何せハムルも初めての景品交換だ、何か感慨深いものがあるだろ?」

 

 ハムルは祐介と同様に渡された金を受け取りながら「ふんっ!」と一蹴した。

 

「こんな事に何も感じぬわっ! だがしかし、これで醜い猿の足掻きも見納めかと思うと感慨深いものがあるがな……っ!」

 

 ニヤリと笑うハムルに祐介は「……まだ気付かないのか?」と笑い返す。

 

「……何が言いたい?」

「金を数えてみろよ、お前の方が千円少ないだろ?」

「なっ!? そんな馬鹿なっ!?」

 

 ハムルは慌てて金を数え始める、投資した金額──12000円を50枚貸しのメダルに換算すると600枚、そして交換したメダルが2100枚である。差し引き1500枚のプラスだ。そして祐介は差し引き1450枚、つまりハムルの方が50枚分お金が多い筈である。ハムルは手持ちの金を改めてみると、そこには投資分を3万円から引いた残りの18000円、そして景品交換で得た35000円を合わせた53000円が握られていた。祐介はこれより1000円少ない筈だ、ハムルは睨むように祐介の手持ちを見た。

 

「そんなに睨まなくても見せてやるよ、ほら」

 

 祐介がそう言って差し出したその手には……54000円が握られていた!

 

「イ、イカサマだっ! 貴様、イカサマをしたのだろう! でなければこのような結果になどならん! そうだ、そこの小窓の奴と結託したに違いない! 猿めが、調子にのりおってぇっ!」

 

 詰め寄ろうとするハムルに祐介は首を振って答えた。

 

「違うんだ、そうじゃないんだよ。これは枚数からも当然の結果なんだ、だってこの店は……6枚交換なんだから」

 

 ハムルは言葉の意味が解らずに尚も祐介へと突っ掛かろうとするが、レイゼがそれを身を呈して止めた。

 

「まだ祐介が話してるだろーが、大人しく聞け!」

「ぐっ、しかし……」

「それじゃ納得がいかないハムルの為に簡単な説明をしてやろうか……俺達がスロットを打った店では50枚のメダルを借りるには千円が必要だが、借りたメダルを千円に変える為には60枚もの数が必要なんだよ。この10枚の差が所謂換金ギャップだ。メダルから金に変えるには6枚で100円、つまり小景品1枚に必要なのが6枚、これが6枚交換というわけだな」

「なっ、馬鹿な……!?」

「そして皆には敢えて言葉を濁して伝えておいたが、勝負の条件は俺が台を決める事とハムルが俺の隣で打つ事。そして……最終的に手持ちの金が多い方の勝ち……だ。この言葉の意味がわかるよな?」

 

 その言葉に周りの全員がざわついた。その言葉の通りだとするならば、先の宣言の通りに祐介の勝ちであるからである。

 

「皆も勘違いしていた筈だ、スロットで勝負といったら普通は交換前の差枚数で競うものだからな。そして6枚交換とは露知らずに有頂天な姿を晒しながら喚いていたのがお前だよ、ハムル」

「なっ!? がっ……ぐっ!!?」

 

 言葉にならない呻き声をハムルと同時に観客達が「おおおおぉぉぉーーーーーーっ!!」と歓声をあげた! そして皆で顔を合わせながら口々に「これ、竜人の負けじゃね?」「成る程、あいつは嵌められたのか」と言葉が漏れるが、その中で「だはははははっ!!」と下品極まりない笑い声が鳴り響く、メルの声である。

 

「よっしゃぁーーっ!! 祐介の勝ちぃ! それ即ちメルちゃんの勝ちぃーーっ!! 圧勝、圧勝ぉーーーっ! これでメルちゃんが30万円とレイゼちゃんを総取りじゃーーーいっ!! だはははははーーーーーっ!!!」

 

 ぴょーん、ぴょーんと跳び跳ねてメルが勝利を宣言する。

 

「き、貴様ぁ……っ!!」

「お、くやぴぃ? そこのクソアホ竜人ちゃんはもしかしてくやぴぃの? でも祐介ちゃんとメルちゃんの勝ちだもんねぇー!! うっひょーーっ!! うひゃひゃひゃひゃひゃーーーーっ!!!」

 

 メルの身振り手振りを交えた煽りにハムルは青筋を立てて今にも怒りを爆発させそうである。

 

「うわぁ……何あれ、超ムカつきますぅ。僕は絶対にメルさん相手に隙を見せないようにしよっと。あんなの鬱陶しいを超えて殺意が沸きそう……」

 

 その余りの態度にマオは嫌悪感を顕にして言った。

 

「おい、メルもそう煽るなよ。さ、これで納得が出来たかい? 決闘の儀は俺の勝ちだよ」

「ぐぐぐ……っ! さ、猿めがぁ……小癪な真似をする……!」

「そうだな、お前はそうやって猿、猿と俺を呼んだが……猿は猿でも俺は猿回し、そして俺に踊らされた憐れな猿がハムル……お前だよ。笑えるだろ? なんせ天上人の竜人様が態々俺の後を負けながら着いてきてくれるんだからな!」

「貴様ぁぁーーーっ!!!!」

 

 祐介の言葉で遂にハムルの怒りが怒号と共に爆発した! 踏み込んだ足から発せられる衝撃波ですら凄まじく、観客は「うわっ竜人がキレたぞぉ! 逃げろ!!」と文字通り蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 竜人としての力を解放し、今やはち切れんばかりの肉体を惜し気もなく晒すハムルと隣で臨戦態勢をとるルーナ。二人の視線の向かう先には祐介を挟む様にメルとマオが、そして三人を守る為にレイゼがその身を呈して二組の間に陣取っていた。

 バチッバチッと空気が弾ける音が祐介の耳に届く。目に見えるハムルのその姿は先程とは全く異なり、角は更に力強く伸びて身体中を固い竜鱗が覆い、ぐっと突き出た獲物を噛み殺す為の様な口からは毒々しい息が漏れ出ている。

 

「……ふぅー……っ! 俺が決闘の儀に負けたことを、確かに……確かに認めてやるっ! だが貴様の愚弄をこれ以上我慢をしてやる気は毛頭ないわ! 貴様が次に口を開くのならば相応の覚悟をせよ……っ!」

 

 変わり果てた姿になりつつも決闘の儀については確りと負けを認める辺りハムルは潔いと言えるだろう。それは祐介も認めていた、だが……。

 

「ゆ、祐介さん……もう本当に何も言わない方がいいですよ……これ以上何かを言ったらそれが最後の言葉になりかねません! あの竜人が引くと言っているのだから素直に行かせましょうよ……」

 

 マオが祐介の裾をくいくいと引っ張り心配そうに見上げた。祐介はそのマオの頭を軽く撫でて「そうだな……」と返す。その言葉にマオはホッと安心した様子である。そして祐介は言葉を続ける。

 

「──最後の言葉になるのなら、噛まねぇように気をつけねーとな!」

 

 祐介はハムルへと一歩を踏み出して「おい、ハムル!」と叫んだ!

 

「てめーにはレイゼを渡さねぇ! 図体だけはデカくなったその頭をメルとマオに下げたらとっとと消え失せろ……このドサンピンッ!」

 

 ご丁寧に身振りまで交えた祐介のその姿にマオは「あれぇ!? さっき僕は何も言わないでって言いましたよねっ!?」と狼狽え、逆隣のメルは「ド、ドサンピンッ!!? うっそだろお前、だはははははっ!!」と腹を抱えて大笑いをした。

 そしてハムルの怒りが伝播したかの様なピーンと張り詰めた空気の中でルーナが強襲の構えをとると同時にレイゼが腰を落として迎撃に備えた!

 

「そノ遺言、シカト聞きトどケタゾ……ッッッ!!!」

「しゃおらっ! かかってこいやぁ!」

 

 怒りで濁ったハムルの言葉に祐介がへっぴり腰のファイティングポーズで応える。二人がこのまま衝突すれば結果は火を見るより明らかであり、祐介は木端微塵にされてしまうであろう。レイゼはそうさせない為に二人の間に陣取っているのである、その額に緊張からか汗が滲み出ている。

 

「メル、マオ、いいかよく聞け! ルーナは錆の息でハムルは毒の息を吐くからな! だから祐介の方へ絶対に息を吹かせるなよ、息に当たったら祐介が一秒も持たないぞ!」

 

 レイゼは後ろに視線を向けずにそう言った、一瞬でもハムルとルーナから視線を切ればその瞬間に祐介が殺されてしまうからである。しかし今も怒りに任せたままのハムルが吶喊してこないのは私がここで目を光らせているからに違いない、レイゼはそう思った。

 

(ハムルの事だ、先ずはルーナを私にけしかけてその隙に後の三人を殺そうとするに違いない! 私が二人を止められればいいんだが、いくら私でも戦闘寄りのあの二人が相手では分が悪い……メルはともかく、マオがどれぐらい強いのか分からない現状では私がルーナに押し勝てないとマズイな……)

 

 レイゼと同様にルーナもまた自身の置かれている状況を冷静に見ていた。自身はハムルの合図と同時にレイゼへと捨て身の攻撃を仕掛けねばならない。お互いにいずれくるであろうその瞬間を感じているからか、意図せずに視線が交差した。

 

『ルーナ、もしこれで死んでも化けて出るなよ……』

『ふふふ……そういうことは殺してから言って欲しいのですがね……』

 

 口を開かずともその視線だけでお互いの言葉が脳裏に過る……激突のその瞬間は、近い。

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