第21話 竜人の天稟

 竜人族の決闘の儀、今回はスロットという変わり種ではあるものの決着の時は刻一刻と迫っていた。はじめは枚数で有利だった祐介もメダルの総数、差枚数共に今ではハムルに一歩及ばずといった状況が続いており祐介自身も焦りを感じていた。

 ハムルは先の宣言通り、一回のビッグボーナスを皮切りに立て続けにボーナスを引き続けてあっという間に祐介の枚数を超えてしまった。祐介も負けじと追い掛けるが祐介が一回ボーナスを引けばハムルも直ぐに引いてしまう。後一歩、後一歩と追い縋るだけでずるずると時間だけが過ぎている状況であった。

 

「くくく……貴様は先程この俺になんと言っていたかなぁ。確か……俺に後一歩及ばずに負ける、だったか? クハハハハハッッ!! 身の程知らずとは怖いものよなぁ!」

 

 煽り文句と共に高笑いとあげるハムルに祐介は苦々しい表情を浮かべるが、内心はハムルに対して尊敬と畏怖の念を抱いていた。何しろ竜人の天稟を目の当たりにしているのである、ハムルは正に自身が思い描く状況そのものを体現しているのだ。それは息も尽かせぬボーナス連打だけではない、ビッグボーナス中にも表れていた。ハムルは最初にビッグボーナスを引くとわざとらしく祐介に視線を向けて言い放った。

 

「貴様の動きを見ていると、この場面ではこれを引けば良いのだろう?」

 

 そうしてボーナス中にあっさりとJACリプレイを引いて見せたのである。小役ですら自由自在と言わんばかりの振る舞いに祐介は嫉妬すら覚えた。好きな小役を好きな時にというのは全てのスロッターが欲する能力であろう、しかし祐介も羨望の思いを持ったままでは終われないのだ。この終盤に勝負の全てはかかっているのである。

 

「ふんっ! 先程俺に楯突いた威勢はどうした? 猿は自分が有利でないと口も利けぬのか?」

 

 祐介はハムルの挑発に乗らないように努めて冷静を装っていたが、隣に立っていたメルが「おい祐介ぇ! このカス竜人に何とか言ってやれよ!」と祐介を捲し立てる。

 

「調子に乗れるのもそこまでだって言ってやれよ! まさかもう負けた気じゃねーよな!? なぁ祐介ぇ!!? 勝てよ、勝たないと30万がパーなんだぜ!? メルちゃんの大事な30万円が無くなるなんてやだやだ! そんなのメルちゃんやだぁーーっ!」

「耳元で喚かなくても俺だってそんな事は分かってるよ! だけど中々難しいんだ……マオ、ちょっと来てくれ!」

 

 胸元に30万円を抱き締めて嫌だ嫌だと駄々を捏ねるメルは置いといて、祐介はマオを呼び出した。

 

「祐介さん、お呼びでしょうか?」

「……ハムルのメダルが今は何枚あるのか教えてくれ」

 

 マオはこそこそと祐介に「……1723……いえ、今のベルで1730枚です」と耳打ちした。

 

「そうか、ありがとう……でもこれはまずいな……まさかハムルがここまで出すとは……」

 

 祐介は言いながらこっそりと右の小指に嵌められた指輪をコツコツと爪で叩いた、嵌められた指輪は深緑の指輪──メルとの指輪である。その結魂指輪、即ち己の魂の半身を小突かれたメルは「んにゃ?」と反応した。

 

「何々、どうしたの?」

「なぁメル、残念だが……言うまでも無いかもしれないがあまりよくない状況だ……」

「よくねーのは見りゃ分かるっつーの! だけどこちとら30万の大勝負だぞ!? どうにかして勝ってくれよぉ! 今ならボーナス引けば勝てるだろぉ!? ほら、早く引いて引いてぇーっ!」

 

 メルは祐介の身体を揺すって懇願する。仕舞いには「ほらぁ、メルちゃんのブラチラ見せちゃるからぁー!」と胸元をチラリとはだけるので祐介が「おい止せよ! 他の客が見てるだろ!」と慌てて止めた。

 

「……まぁ、確かにメルの言う通りに今ならボーナスを引けば勝てるだろう。投資分を考えるとハムルはプラス1000枚程、そして俺がプラス980枚程だ。だからレギュラーでもビッグでもどちらかを引ければ逆転する事が出来る」

「だったら……っ!」

「だけどメルも見ていただろ!? 俺がボーナスを引いたらハムルもあっさりと引きやがる。まるで俺が口にした言葉に当て付けてじわじわと見せしめにするようにな……っ! それに時間も迫ってきているからハムルの自滅を待つことも出来ない……俺は逆転の為に打たざるをえないが、ハムルはそれを見てるだけってのも出来るんだ……」

 

 忌々しげに睨む祐介の視線をハムルはニヤニヤと下卑た表情で受け止めている。

 

「……ハムル様、もう間も無くお時間で御座います」

 

 隣に立っているルーナがそっと耳打ちするとハムルはパッと手を止めた。

 

「そうか、ではそこの猿の言葉通りにここらで手を止めてやるか……くくく、見ろルーナ、民草にその身の恥を曝されながら苦しむ猿を。身の程を知らぬ猿が苦しむ姿は滑稽よな……ハーッハッハッハーッ!」

 

 店内に閉店間近を知らせるBGMとハムルの高笑いが響く、その中で祐介は一打一打に念を込める様に歯を食い縛って打っていた。スロットを1ゲーム回す為には3枚のメダルが必要なのだ、逆転の為にボーナスを引こうとする度に己の血肉ともいうべきメダルがジリジリと磨り減らされていく。

 隣で見守るメルが「祐介ぇ……!」と祈るかのように胸元で手を合わせる、後のマオもまた両手を額に当ててまるで神に懇願するかのようだ。レイゼも、店長も斎藤も観客もその全ての人達が動きを止めて息を潜めながら祐介の一挙手一投足に集中している。時が止まったかのような群衆の中で唯一人、祐介だけが真剣な表情でスロットを前にして足掻いている。

 負けられない、負けたくない。例え負けても俺が失うものなんて無い、精々がレイゼとの約束を守れなかったというだけ、メルが賭けた30万円だってまた三人で頑張れば貯める事が出来るだろう。そもそもこの決闘は所詮強者が弱者をいたぶる為のものなのは明白で祐介が負けるのもハムルにとっては当然の事と思っているだろう。だが、それでもハムルがメルとマオを貶めた言葉だけは聞き逃すことは出来ない、してはならないのだ! 俺の大事な家族を嘲笑ったその面からけじめを取らない限り、それこそ俺は己が身に抱えた矜持を失ってしまうからだ!

 鬼気迫る表情の祐介に隣のメルも息を飲んで見守る事しか出来ない。それは観衆も同じであったが、その中で店長と斎藤の二人だけがしきりに時計を気にしていた。

 

「……残り、五分っ!」

 

 店長がそう声をあげるとすかさずメルが店長に詰め寄り胸倉を掴んだ!

 

「──いやいやあと一時間ぐらいあるよな? なっ!? おい、こらぁ!!」

「ごぼっ、ちょくるし、苦し!」

「まだ祐介がクソアホ竜人をまくってねぇんだよぉ! なぁ、こんなにメルちゃんが頼んでるだろ!? 頼むから時間を伸ばしてくれよぉーっ!!」

 

 ぐらんぐらんと店長の巨体を持ち上げて揺するメルを斎藤は「これのどこが頼んでるんだ! 店長を殺す気か!」と慌てて止めた。

 

「だってよぉー……このままじゃ……」

 

 消え入りそうなメルの声。

 

「気持ちは分かるけどさ、祐介がまだ諦めてねぇのにメルがその調子じゃ駄目だろ? ほら、戻ろうぜ?」

「うぅうぅぅ……っ! メルちゃんの30万……っ! アタシはお前を絶対に離さないぞぉぉっ!!」

 

 メルは胸元の札束をぎゅっと抱き締めて勝負の行方を見守る。

 そんな後方の騒ぎを気にも止めなかった祐介だが、第三停止ボタンを押した後に動きが止まる。

 

(……この出目……当たった!? しかもこの出目はビッグボーナス確定のリーチ目だ。これで後は7図柄を揃えるだけの所まできた。ハムルとの差は約100枚……どうにかギリギリ逆転できる範囲で間に合ったか。残り時間は3分程度だな……となると細工は流々、後は仕上げを御覧じろといくか……っ!)

 

 祐介はメダルを入れてレバーを叩いた、ここからが本当の勝負なのだ。

 

「……なぁハムルよ、少しいいか?」

 

 あくまでも顔は険しいままで祐介は顔をハムルには向けずにそう言った。その間にも祐介はスロットを打ち続けるがボーナスは始まっていない、意図的に7図柄を外しているのだ。一方でハムルは腕を組み、不遜な笑みを浮かべながら「……なんだ、言ってみろ」と余裕を持たせた声色で言う。

 

「俺達が望もうが望むまいが直に決着がつく、その結果も同様にな」

「それがどうした、それは貴様の理屈であろう? いいか、結果は何も変わる事はない! 俺は猿の見苦しい様を座興代わりに見ているだけよ!」

「そうだな、結果は変わらない……だから──」

 

 ここで祐介が手を止めてハムルの方へと顔を向けた。その怒りを灯した瞳が真っ直ぐにハムルを射抜く。

 

「──俺が勝ったらメルとマオに謝れよ」

 

 この言葉には静かに動静を見守っていた観衆にどよめきが走った、そして言葉を受けたハムルもまるで信じられない物を見たと言わんばかりに目を見開いている。

 脆弱でちっぽけなヒューマニーが強靭で絶対的な力を持つ竜人に謝れと言ったのだ、それはある意味で自殺行為と寸分変わらぬ事であった。

 

「……謝る、だと? 俺があの田舎臭い土人と穢らわしい婬魔風情にか?」

 

 ギラリと光を反射しながら睨み返すハムルの視線はそれ自体が圧力を伴い祐介に圧し掛かるが祐介はぐっと堪えて睨み返す。

 

「そうだ、俺はてめぇのその言い方が気に食わねぇってんだよ! メルとマオは俺の結魂相手だぞ、大事な家族なんだ! それを土人だの穢らわしいだの言われて黙ってられるかっ! いいか、俺が勝ったらてめぇには二人にきちんと頭を下げて謝って貰うぜ!!」

 

 その見事な啖呵の切り方に観衆も「おぉ……っ」と感嘆の息を吐いた。その中でも恍惚ともとれる表情を浮かべて祐介の様をうっとりと見詰めていたのはマオであった。

 

「はぁぁん……祐介さん、格好良いですぅ! 殴り合えば絶対に殺されるような相手なのに僕の事であんなに怒ってくれるなんてぇ……っ! やばっ、これやばいですぅ……僕のお腹にきゅんきゅんきてますぅ……っ!」

 

 昂る感情につれてマオの息は荒くなっていく、はぁ……はぁ……と熱を孕んだ吐息が艶かしく甘く香り、周囲の観衆も思わず息を飲んだ程である。一方でいつの間にかレイゼの近くに立っていたメルは祐介から顔を背けていた。

 

「……おいメル、何でそっちを向いてるんだ」

「だ、駄目……メルちゃんは今そっちを見れないの! いいからほっといてよ!」

 

 レイゼの言葉にもメルは顔を向けない。

 

「……お前首まで真っ赤だぞ? それにそんなに顔に力を入れて……嬉しいなら我慢なんてせずに素直にそう言えばいいだろ」

「くぅぅぅ……っ! う、嬉しくなんてないもん! あ、あんな大事な家族だなんて言われて……くぅぅーーっ!」

 

 にやけ面を隠すような仕草のメルにレイゼは「はいはい、ご馳走さま」と鼻息を一つ。レイゼはそこで考えた、もし自身も祐介と結魂の契りを結んでいたのなら、彼は二人と同じ様に私の事を思ってくれるだろうか。いや、考えるまでもないだろう。レイゼは思わずにやける顔を手で撫でて隠した。

 祐介の勇姿に沸き立つ観客とは裏腹にハムルは沸き上がる殺意を圧し殺して口を開く。

 

「……俺に対してそのような口の効き方をするとはな……どうやら猿は数の数え方も知らぬらしい。俺と貴様のメダルの枚数は投資分を考えても俺の方が上なのだぞ? 残り二分でどう逆転するというのだ、ホラ話も大概にするがいい!」

 

 斎藤が時計を確認すると確かに残り二分を切っている、しかし祐介はまだ動かない。観衆の皆は一体どうするつもりなのだと祐介を見ている。

 

「……確かにもう勝負は決まったようなものだな、だけどまだ逆転の手は残されてるんだ、そう……今はまだ……な」

 

 その含みを持たせた言葉が不快だったのか、ハムルは眉間に皺を寄せる。

 

「先程から貴様は何が言いたい、まるでこれから劇的な逆転劇でも起こるかの様な口振りではないか。グダグダと訳の分からぬ事を言っている間にも時間は進んでいくのだぞ!? ここからどう逆転するというのだ!」

 

 ハムルは苛立ちから激昂して口調を荒らげるが祐介はハムルに目もくれずに一枚だけメダルを持ち、スッとクレイジーコンドルの投入口へと滑らせる。すると台はテロンと音を立てて1BETのランプが点灯した。準備は万端である。

 

「あっ!? 祐介さん、それだとまだ3枚入っていませんよ!? スロットは3枚掛けをしないと損をすると先程僕達に説明してたじゃないですか!」

 

 慌てた様子のマオを祐介は微笑みながら制して台のレバーをカツンと軽く叩いた。確かにマオの言う通りに通常なら3枚掛けで回すのが常識である、しかし既にビッグボーナスが成立しているこの台の状態なら1枚掛けで揃える方が2枚もお得なのである。

 

「……残り時間、一分っ!」

 

 店長が時計を確認しながら言う、これでいい。後はハムルが気付かないのを祈るだけである。祐介は回り続けるリールを前にボタンを押すでもなく、只じっと見詰めていた。素早く回るリールとは対照的に時間だけがゆっくりと過ぎていく。しかしそこでハムルは自身の台のレバーを素早くコツンと叩いた。するとハムルの台のリールも同じ様に回転し始める。

 

「ククク……貴様のその猿知恵、全て読めたわ!」

 

 祐介は答えない、ハムルに視線をやる事も無い。自身の仕掛けを見破られる事は敗けを意味するからである、まだ決着はついていないのだ。

 

「どうやらルーナの持ち帰ってきた情報が役に立ったようだな。この店では閉店の時間がきてもボーナス中であった場合、そのボーナスを消化する権利を認める……だったな?」

「……はい、左様でございます。私が店長様から直々に教わりました店のルールです、その言葉に一字一句間違いございません」

「ふふん……つまり貴様の逆転の策はこうだ。俺の目を欺いてどうにか閉店間際にボーナスを揃えて自分だけが閉店時間を迎えてからボーナスを消化する。そうだろう? だが所詮は浅ましい猿の猿知恵よな……」

 

 その言葉に祐介は苦々しい表情をした、策が見破られたのである。祐介は単に回っているリールを前に呆けているのでない。実は4号機のスロットにはリールの最大回転時間が決まっており、その時間が過ぎると自動的に停止するようになっている。祐介はそれを利用してレバーを叩いた後に放置する事で自動的に7が揃うように調整していたのである、これは4号機の時代では空回し準備目と呼ばれていた。

 店長は訪れた客に店のルールを教えただけなので祐介に店長を恨む謂われは無いのだが、その言葉で逆転の目が潰されたと感じて恨みがましい視線を店長に送った。店長は片手を立てて「……すまん」と言いたげに小さく頭を下げた。店長がその大柄な身体をしゅんとさせて謝っているとメルがすかさず「あれか、お前のせいでメルちゃんは30万円を失うのか? お? お?」と詰め寄った。

 

「ちょちょちょ、勘弁してくれよぉ! 店のルールだから教えない訳にもいかねーだろ!?」

「うるせー! もし祐介が負けたら損した1円につき10発殴ってやるからな! 覚悟しとけよぉ!!」

「どんだけ殴る気だよ!? 300万発も殴られたら骨も残らねーだろっ!」

「おいメル、いい加減に止せよ!」

「あぁ? 止めるってんならなら斎藤と店長、仲良く150万発ずつで許してやらぁーー!」

「あ、いや……それは全部店長にぶちこんでくれて構わねーんだけど……」

「斎藤!? そこは止めてくれよぉー!」

 

 後方では大乱闘一歩手前といった騒動だが、ハムルは未だに止まらぬ祐介のリールを尻目に三つのボタンをトトトンと軽く押した。そして一直線に7が揃うと軽快な音楽が鳴り始める。

 

「ほら、どうせ貴様も揃うのだろう? それともその動きもはったりか?」

 

 祐介が項垂れたままじっと待っていると直に台のリールがトトトンと勝手に止まり、7図柄が一直線に揃った。観衆はその不思議な光景にどよめいたが、次の瞬間「……閉店時間だ、両者共にそのビッグボーナスを消化し終えた所で終了とさせて貰う!」と店長が言った。

 

「ククク……猿よ、どうやら閉店時間だそうだぞ? ならばこれがお互いに最後のボーナスであろ? 共に決着まで楽しもうではないか……!」

「あ、あぁ……そうだな。こうなれば後は引き勝負、JACリプレイを先に三回引いた奴の勝ちだろう……始めるか!」

 

 二人の差は依然として100枚程度、このビッグボーナスの成果如何では十分に逆転は可能である。そこで祐介はぐっと気合いを入れ直してレバーを叩こうとするが「クハハハハッ!!」と響くハムルの高笑いが祐介の手を止めた。

 

「いきなり笑い出して何だよ!」

「止せ止せ、浅ましい猿知恵の次は猿芝居か? 猿の小芝居にもちと飽きたわ、この竜人たる俺が貴様の小手先に気付かぬとでも思ったか? 毎回毎回苦し紛れの顔芸などしおって……このボーナスの消化方法にも色々あるのだろう? でなければボーナスで貴様の枚数だけが多い理由が無いからな……」

 

 その言葉で祐介はまた臍を噛む事になった。自身だけがリプレイ外しを駆使して余分に枚数を積み上げれば100枚の差を引っくり返す事も出来たのだが、こうなってはハムルも似たような事を駆使してくるだろう。祐介は徐々に追い詰められているのを感じていた。

 

「気付いていたのか……それならなぜハムルも同じようにしなかったんだ?」

「する必要がないからよ! 結果を受け入れろ! 猿知恵に猿芝居を重ねても結局俺の枚数には届いていないではないか! だがこの最後のボーナスは別だ……決して逆転などさせぬ。さぁ、貴様はそのまま敗北の道を辿るがいい。俺はその後をゆるりと着いていくとしよう……」

「……何だよその言い方は……まさか俺と同じ小役を引いていくってのか? そんな馬鹿げた事が出来るわけがない!」

 

 ハムルはそれに言葉を返さずにただニヤニヤと祐介を見るだけである。祐介は意を決してレバーを叩いた、自身だけがリプレイ外しを駆使しているのが露見したのならもう隠す必要はない。祐介は三冠王で見せたような打ち振りを披露していく。

 瞬く間に吐き出されるメダルの音、それに続いて溢れる歓声が決着の時を彩るが、歓声の向く先は祐介では無く……言葉通りに祐介と全く同じ小役を引き続けるハムルであった。祐介がベルを引けばベルを、リプレイを引けばリプレイを、スイカを引けば……また、小役だけではない、ハムルは祐介の出目も完全にトレースしていた。同じ小役を引き、同じ箇所でリールを止める。その荒唐無稽とも思える出来事が観衆を沸かせているのだ。

 

「こ……こんなのありかよっ!? 本当に自由自在じゃねーか!!」

「クハハ……ッ! 慌てる猿の声が心地好いわ! さぁ次はどうするのだ、このままでは貴様と俺の差枚数は決して縮まらぬぞ? それとも諦めて頭を垂れてみるか?」

「う、ぐ……っ!」

 

 祐介の顔が歪んでいく、いよいよ追い詰められているのだ。1ゲーム進んでいく度にメダルは増えるがハムルとの差は決して縮まらない。ピッタリと張り付くようなハムルのその気配が、今の祐介には唯々恐ろしい。

 そして遂に決闘は最終局面を迎えていた。お互いに二回ずつJACゲームを消化してボーナスゲームは10ゲームを残すだけである。しかし依然として二人の差は拡がることも縮まることもなく100枚程の差でハムルがリードしていた。

 

「いい加減に諦めたらどうなのだ? 猿にも恥という概念があればここまで見苦しく跑くこともあるまい、降参でもして俺に向けて頭を垂れよ。矮小で稚拙な猿が竜人であるこの俺に刃向かったのだ、ただそれだけでも貴様の下らぬ後世への土産となろう……」

「ぐぐ……っ! 好き勝手言いやがる……っ!」

 

 大勢は既に決した、それは状況から考えても明らかであり誰もがハムルの勝利を疑わない。そこで客の殆どはメルから買った賭け札を握ってメルを包囲するようににじり寄って迫っていた。

 

「てめーらあんだこら、や、やんのかぁ!? メルちゃんから金を奪おうとする奴は例え魔王でも許さねーぞ!」

「メル、もう諦めてとっとと倍付けで金を出しな! へっへっへ……これで写真も付いてくるんだから言うことねーわな!」

 

 メルの胸元には元々持っていた30万円と客から取った30万円、合わせて60万円ものお金が納められていた。メルはそれをギュッと抱き締めてガルルルルッと周りを威嚇し続けている。

 

「ま、まだ決着がついてないだろーが! あっち行けよ、しっしっ!」

「そりゃそうだけどなぁ、こうして包囲しとかねーとメルは逃げそうだしなぁ……」

「逃げねーって言ってんだろ! でもちょっとの間だけ目を瞑ってあっち向いてろ! な!?」

「おいメルの奴やっぱ逃げそうだぜ!? いいか、絶対に逃がすなよ!」

「「「おうっ!!」」」

 

 賭け札を手に持った客達がメルを囲む事に一致団結している。

 

「くそっ! てめーら後で覚えとけよぉ……っ!」

 

 メルは迫りくる客達を威嚇しながらも祐介達の様子を伺っていた、メルはまだ祐介の勝利を諦めていないのだ。例え大勢が決してようとも最後の最後まで諦めたりしたくは無かった。もしかすると不慮の事故で相手の竜人がいきなり死ぬかもしれない、そうなれば当然祐介の勝ちとなるだろう。だから決着がつくその瞬間まで胸元のお金は決して離しはしない、メルはより一層札束を抱き締める手を強めた。

 その下らないとも言える喧騒の外れでマオは何処か冷静な気持ちで祐介を見守っていた。マオの目から見ても祐介の劣勢は明らかだがマオは焦るでもなく、かといって余裕な表情でもない、マオ自身もどういう感情で祐介を見守ればいいのかわからないのである。その原因の一端は二人を結ぶ結魂指輪にあった。マオは複雑な感情を抑えながらも以前祐介に指輪の説明をしたのを思い出していた。この指輪は結魂相手の心の本質を感じさせてくれる、ともすれば祐介の焦る表情とは剥離しているこの指輪の穏やかな感じは何なのだろう。

 

「……っ!」

 

 マオは頭を振って疑念を捨てる。大事なのは祐介さんが行くと言った道を──例え其処が業火が舞う地獄であろうとも僕が必ず渡らせてみせる、その覚悟なのだとマオは今一度胸に確りと刻み付けた。もう迷いは無い、竜人が何か邪魔をするならばその時は……文字通りに全てを食い破る。決意を胸にしたマオの瞳に金色が宿る、それは誰も気付かぬ変化だが祐介の指輪だけはひっそりと金色へと色を変えていた。

 

「さぁ猿よ、もう後が無いぞ。ククク……潔く降参でもすればよいものを、最後まで踠いて生き恥を曝すとは……誇りある俺にはとても出来ぬ醜態よな! クハハハハ……ッ!」

 

 ハムルの高笑いが響くなかで祐介は苦々しい顔でレバーを叩き続ける。ベル、ベル、スイカ、そして最後のJACリプレイ……祐介とハムル、二人の決闘は遂に決着の時を迎えようとしていた。

 

「負けると理解してても進むのを止めぬのか、猿の知能では生き恥という言葉が理解出来ぬらしい……なんと憐れな……」

 

 次いでハムルの台にJACリプレイが揃った、ここからはお互いに約114枚の払い出しを経てボーナスは終了する。結局二人のメダルの差はボーナスを揃えてから一枚足りとも動くことは無かった、祐介はハムルとの差枚を越えることが出来なかったのである。

 

「……もういいっ!」

 

 勝負の最中、レイゼがそう言って二人の間に割って入る。その目は物悲しい雰囲気を宿らせていた。

 

「ふんっ、レイゼよ……一体何の用だ? 慌てずとも直に決闘は終わる、席を立つのは憐れな猿の末路を見てからでも遅くはあるまい。さぁ席に戻るがいいっ!」

「もういいって言ってるだろ! だからもう祐介をそうやって辱しめるのは止めてくれ……」

「ほう、ではこの猿の負けを受け入れると……レイゼはそう言うのだな?」

 

 その言葉に祐介は「おい、ちょっと待てっ!」と言葉を挟むが、祐介の後ろからレイゼが抱き締めるようにして口を抑えた。

 

「ごめんな……私がもっと早く止めるべきだったんだ……」

 

 祐介は「もごっ! もごっ!」と抗議をするが、竜人の力に及ぶはずもない。

 

「ではここで宣言して貰おうか、憐れな猿を助ける為に『私は負けを認めて里へ帰ります』とな! さぁ、言えっ!」

「……祐介、私の為にこんな下らない事に巻き込んでごめんな……」

「もごご、もごぉーーっっ!!」

 

 祐介はレイゼの手をどうにか緩めようとしても全く動かない「もごっもごっ!」と抵抗してもレイゼは首を振って謝るばかりであった。祐介は一縷の望み掛けて自身の結魂指輪をペチペチと出鱈目に何度も叩いたっ! メルでもマオでもどちらでもいい、レイゼを止めてくれと願ったのだ!

 

「……私は負──」

「あのぉ、なんだか祐介さんが苦しそうなのでぇ、ちょっとこのきったねぇ手は退けますねぇ……!」

 

 ぬっと顔を出したマオが祐介の口を塞いでいたレイゼの両手を無理矢理に剥がす。

 

「き、汚くなんてねーわ! マオ、お前はいきなり出てきて何を言い出すんだ!!」

 

 レイゼがいきなり浴びせられた暴言に怒るが、マオは「まぁまぁ……文句は向こうで聞きますぅ!」と手を握ってそのままズルズルとレイゼを引き摺っていった。後に残されたのはレイゼの手からやっと解放されて息も絶え絶えな祐介と、企みを阻止されて「ちっ、余計な事を……」と苛立っているハムル。そして……いとも容易くレイゼの両手を剥がし、あまつさえそのまま引き摺っていったマオを驚愕の表情で見ていたルーナが居た。

 

(レイゼ様をあのように容易く……? 力を込めていなかったとはいえ、竜人……それもその中でも上位種に位置付けされているレイゼ様なのに……淫魔とはそこまで力に秀でているのでしょうか……?)

 

 ルーナのその疑問の答えは出てこない、余りに自然な流れだったせいかその異質な出来事をルーナ以外の人が気にしている様子も見当たらなかった。

 

「だーっ! もう離せよ! 引っ張るな、バカ!」

「はぁ……まぁこれだけ離れたらいいですかね」

 

 祐介達から離れた場所でマオは暴れるレイゼの手をパッと離した。

 

「わっ、ととっ! 急に離すな、バカッ!」

「離せと言ったり離すなと言ったりレイゼさんは我儘ですねぇ」

「たくっこんな所まで連れてきやがって、これじゃまた向こうに行かなきゃならんだろーが!」

 

 レイゼはマオの脇を抜けて祐介の元へと急ごうとするが、マオはその手をまた掴んで引っ張った。

 

「あん? おい、いい加減にしねーといくらマオが祐介の結魂相手でも容赦しねーぞ? それとも竜人である私と力比べでもしようってのか!? だったらお望み通りに引っ張ってやらぁーっ!!」

 

 先程とは逆にレイゼがマオの手を握って引っ張り始めた。力を込めたレイゼの身体は最早一塊の鋼鉄となり踏み締めた床がミシミシと軋み始める。

 

「ぬぎぎぎぎ……っ! は、はぁ? あれ、えぇっ!?」

 

 レイゼは驚愕といった表情で何度も己の手とマオの顔を見直した。文字通りに巨木を引き抜くことが出来る竜人のレイゼが渾身の力を込めて引っ張ったにも関わらず、マオはまるで巨木が確りと根を張った様にして動かない。

 

「わ、私が本気で引っ張っても動かねーだと……?」

「……あのぉ、僕は祐介さん以外と手を繋ぐ趣味はあまりないのでぇ、無駄な抵抗しないでくださいね……ぇっ!」

 

 ぶんっとマオが腕を振るとレイゼの身体がブワッと浮き上がり、そのままぶん投げられた!

 

「うおぉぉーーっ!!?」

 

 レイゼは吹っ飛ばされながらも尻尾を大きく振って反動で体勢を立て直すと何とか無事に着地する。

 

「おま、おまえ一体──」

 

 何なんだっ!? と口から出そうになるのをレイゼは寸での所で堪えた、マオの種族に気が付いたからである。インキュバス……つまり雄の淫魔であるが、見たところマオはまだ成熟していない子供の姿であり、将来的に筋骨隆々なマッチョになるのではないかとレイゼは考えたのだ。それならば子供の姿でも力に秀でているのは不思議ではない、しかしそこから考えると今は可愛い姿のマオもいずれはバキバキのマッチョになることになる……。その残酷な現実にレイゼは同情を禁じ得なかった。

 

「そうだったのか……マオ……お前も過酷な運命を背負ってたんだな……でも腐らずに頑張れよっ!」

「あれぇ!? 今なんで僕が励まされたんですか!? まぁ過酷な運命については否定しませんけどぉ……」

 

 マオは突然の同情に不満気である。

 

「はぁ……そろそろ祐介さん達の決着もついたでしょうし、戻りましょうか。あ、でも先程みたいに祐介さんの邪魔をするのは駄目ですよ?」

「邪魔とは何だよ! 私は祐介の事を思って止めようとしたんだ、それを邪魔したのはお前だろ!」

「そういうのが邪魔なんですぅ! 祐介さんの真意が何であれ、その道を邪魔するのなら僕は誰が相手でも容赦しません!」

「それが雪辱の道でもか!? 祐介の負けは決定的なんだぞ? 私は祐介にいらぬ屈辱を味わわせたくないだけだ!」

「雪辱でも屈辱でも祐介さんが決めたのなら僕はそれに従うだけですぅ! 勿論……祐介さんがそれに異を唱えるのならば……僕は全力で祐介さんの望みを叶えるでしょう」

 

 マオの言葉は暗にハムルとの争いを示しているかに思える。レイゼはそのマオの決意の固さに押し黙るしかなかった。

 

「さぁ、僕達も戻りましょう。ふふふ……レイゼさんもそんなに心配せずとも大丈夫ですよ、きっと……ね」

「なんでマオがそんな事を言えるんだよ……?」

「僕には祐介さんとの結魂指輪がありますからねぇ……これにはレイゼさんでは推し測れぬ想いが込められているのですぅ……ふふふ……」

 

 愛おしそうに結魂指輪を撫でて微笑むマオをレイゼは納得がいかなさそうに睨むが、やがて二人は並んで祐介達の元へと戻った。そこではまさに今最後のストップボタンを押そうとしている祐介の姿があった。

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