第13話 湯上がりの一杯、それから一杯。

 祐介は脱衣場の前で身体を拭いていた。拭き残しが無いよう入念に何度も確認しながら丁寧に拭いている。それが終われば脱衣場に向かって歩を進める事になるのだが、祐介は進む勇気を持てずに踏みとどまっていた。

 サウナを出る前までは度々にあったメル達からの声も今は全く届いてこない。男湯と女湯を隔てている塀の向こう側で、二人は今どんな顔をしているのであろうか。サウナでの失態を思うと祐介は今にも逃げ出しそうであった。逃げる先も進む先も脱衣所ではあるのだが、気持ちの分別の問題である。

 身体はとうに拭き終わってしまい、手持ち無沙汰なままタオルを何度も絞る。水が出なくなったらまた濡らして絞ってみる。無駄な時間と分かっていても足が脱衣所へと向かないのである。しかしいつまでもこうしてはいられないので祐介は残り少ない勇気を振り絞って脱衣場への戸を開けた。

 

「おう、また誰かが出てきたぜ。猫にゃんよ、祐介はいい加減に出てきたか? メルちゃんは喉が乾きすぎて今にも死にそうなんですけどー?」

「んにゃん、今出てきたところにゃん。祐介にゃん、お連れ様が首をにゃがくしてお待ちにゃん」

「やっとかぁ、遅いぞ祐介ぇ! お前がメルちゃんの最初の一杯を奢る約束だろ!?」

 

 それは気遣いなのかそれとも本当に何とも思ってはいないのか、メルの態度はいつも通りである。どうやら心配は杞憂だったようだ、祐介は肩から力が抜けて緊張の糸が切れた気がした。

 

「あぁ、先に飲んでてもよかったのに。約束した通りに最初の一杯は俺が奢るよ」

 

 番台越しの返事にメルは「ぐしし……」と笑った。

 

「よぉーし! それなら先ずはこのメルちゃんがマオに一杯奢ってやろう! 何でもいいぞ、好きなものを飲め!」

「あ、はぁーい! いただきますぅ! 猫さーん、僕にオロポくださーい!」

 

 マオが番台の猫にそう頼むと、猫が「んにゃん」と一鳴きした。すると番台脇の扉から猫耳を着けた子が出てきてマオにオロポを持ってきたので、メルは自身の財布からオロポ代を出した。

 

「それでは祐介さん! お好きなものを頼んでください! でも、僕はサウナ上がりにはオロポをお勧めしますよ!」

「本当に出して貰っていいのか? それなら俺もオロポにしようかな、猫さん……お願いします」

 

 猫がまた一鳴きすると猫耳の子がオロポを持ってくる。お代は塀の向こうでマオが払ってくれているのだろう。

 

「最後は俺だな、メルも好きに頼んでいいぞ」

「え、本当に!? 祐介ちゃんったら優しーい! おい猫にゃん、メルにゃんはテラビールで頼むぜ! 超特急で持ってきてくれ!」

「テラ? テラビールってなんだよ!? お前また何か企んでるだろ! おいメル、聞いてるのか!?」

 

 祐介の抗議も届かず、猫が「んにゃん」と一鳴きすれば猫耳の子が祐介の元へとお代を頂戴しにやってきた。

 

「君にお金を払えばいいのかな、いくらになるの?」

「……3000円にゃす」

「ビール一杯で!? おいメル! ちょっとそのビール待て、飲むな! おーいっ!」

「だははははっ! 祐介ぇ、よく聞いとけぇっ! メルちゃんは一生懸命考えました、サウナ上がりにはビールを三杯は飲みたい。ですが祐介は一杯だけしか奢ってくれません。しかしそれなら三杯分のでっかいグラスでビールを一杯だけ飲めばいいじゃないか! と、いうことで止めたいなら女湯まで止めに来な! あそーれ、グビグビグビィ……っ!」

「三杯分のビールだとしても、一杯1000円だぞ!? そんな馬鹿高いビールを飲ませるか! おいメル聞いてるのか!」

「ぐああぁぁーーーっ! う、美味すぎるぅぅーーーーっ!! 乾いたメルちゃんの身体にビールが覿面に効いています! ぷはーっ! あ、祐介ちゃんごみーん、もう飲み始めたからビールは返品出来ませーん!」

「……あんにゃろぅ……っ!」

「あにさん、3000円にゃす!」

 

 猫耳をピーンと立ててその人は祐介に手を差し出している、早く金を払えということだろう。祐介はこの子に不満をぶつける訳にもいかず仕方なく自身の財布から金を払った。

 

「まいどありがにゃーす!」

 お金を受け取った猫耳の子はぞんざいな態度で部屋へ戻っていった。残された祐介の手には一杯のオロポが握られている、オロポの値段は知らないが失ったお金は3000円と随分高くついたものである。

 

「……しかしこのオロポってのは美味いな」

 

 サウナでからっからに乾いた祐介の身体にオロポが染みるように行き渡っていく。

 

「とりあえず着替えて出るか……」

 

 メルに文句を言おうにも男湯から女湯まで行くわけにもいかない、外で待っていた方がいいだろう。祐介は手早く着替えて外に出た。

 

「あ、祐介さん! オロポは飲みましたか? あれ、美味しいですよねぇ!」

 

 外では既にマオが立っていた、湯上がりでしっとりと濡れた髪に水気を増した肌が妙に艶かしい。マオは首に掛けたタオルで汗を拭きながら「祐介さん?」と声を掛けた。

 

「ん、あぁ……オロポは美味しかったよ、代金を払ってくれてありがとな。ところでメルはまだ中なのか?」

「えぇ……まだですねぇ。持ってきたテラビールが凄く大きくて僕もびっくりしちゃいましたよぉ! メルさんはグビグビ飲んでましたけどね」

 

 テラビールという言葉に祐介は自身のこめかみがピクリと動いたのが分かった、だがこの怒りをぶつける相手はまだ出てきてはいない。まだ女湯の脱衣場でテラビールとやらを楽しんでいるに違いない、祐介は落ち着くように深呼吸をした。

 

「祐介さん、ほら……お空を見てくださいよ。今日は綺麗な満月だったんですねぇ! どうりで……」

 

 言葉尻を細くするマオに祐介は「どうかしたか?」と顔を向けるとマオは此方を見てにこりと微笑む。それはいつもの柔らかい笑顔の筈なのだが、何処か歪な違和感を覚えた。

 

「マオ……?」

 

 返事は無い、しかしその代わりにマオの瞳が月明かりを反射して爛々と黄金に光る。やがてマオの手が祐介の頬を愛おしげにゆっくりと撫でた。

 

「そういえば祐介さんには後でもっと良い物を差し上げるって僕、言いましたよね……?」

「言った……かな……?」

「言いましたよぉ? 祐介さんが忘れても僕はちゃんと覚えていますから……安心してくださいね……」

 

 満月の光を受けて黄金色に乱反射するマオの双眸はまるで強烈な引力を持っている様に祐介を強く引き付ける。その時、祐介は自身の右手の変化に気付いた。右手の薬指、マオとの結魂指輪の色が変わっているのである。漆黒の指輪は満月と……或いはマオの双眸と同じ黄金色に輝いていた。

 

「指輪の色が変わった? そんな事があるのか……?」

「この指輪は僕の結魂指輪ですからねぇ、僕の影響を受けてもおかしくはないですよ。ほらぁ、僕との魂の繋がりを感じてみて……?」

 

 マオは祐介にグッと近付く、上気した肌が、呼吸がより鮮明に感じられる。マオは祐介の左手を取り、自身の胸元へとそっと当てた。脈動する鼓動が左手を通して感じられる、やがて右手嵌められた黄金色の指輪も熱く脈動しているように感じた。

 

「僕の指輪……熱くなっているのが分かりますか……?」

「あぁ……不思議だな。まるで熱をもっているみたいだ」

「えへへ……僕と繋がっているんですから当たり前ですよぉ。指輪のその熱も、鼓動も僕自身の物ですから……覚えておいてくださいね?」

 

 マオは胸元に当てた祐介の手を離してそう言った。緊張感から解き放たれたからか、指輪の熱も徐々に薄くなっていく。どうやら本当に指輪自体がマオと繋がっているみたいである。そうなると、逆に向こうの指輪は……祐介がマオに嵌められた指輪を見る。

 

「勿論この指輪は祐介さんの魂と繋がっていますから、祐介さんが僕を熱く思ってくれているとこの指輪がぎゅわーって熱くなるんですよぉ!」

 

 愛おしげに自身の指輪を撫でるマオにまるで考えを読まれたようで祐介は面食らったが、それだけ自身が単純なのかもしれない。

 

「おーう、待たせたな! メルちゃん、すっかり出来上がっちゃいましたぞ!」

 

 ガラガラと引き戸を開けてメルが銭湯から姿を表した。

 

「もう、メルさん! また追加でビールを飲んでたでしょ!? 僕達が湯冷めしちゃうじゃないですかぁ!」

「ぐしし……悪い悪い、もうビールが美味くて美味くてなぁ……あ、そうだ。祐介、これをやろう」

「なんだよこれ……?」

 

 祐介はメルが差し出した袋を開けて見ると、そこには誰かの……いや、言うまでもなくメルの服が入っていた。おそらく銭湯へ行くときに着ていた物である。

 

「なんでこんなものを渡すんだよ! これぐらい自分で持て!」

「そうですよメルさん! 自分の事は自分でやらなきゃ駄目です!」

「違うって、これはメルちゃんなりの優しさだよぉ!」

 

 祐介もマオも一度考えてみるものの、渡された着替えは使用済みなので後は洗濯籠に運ぶだけである。この場合の優しさはむしろ祐介の優しさではないかと二人は思った。

 

「これの何処が優しさなんだ?」

「だからぁ……祐介ぇ……メルちゃんのそれ、食べて……いいぞよ?」

「食べっ!? 食べるってなんだよ! こんなもん食えるか!」

「うちにはサウナ着なんて無いからさぁ、でも結魂相手の祐介があんなに情熱的にアタシのサウナ着をクンカクンカモスモスペロシャブリンチョしてたらメルちゃんも応えない訳にはいかないじゃん? だからまぁそんなもんで我慢してくれよ! な!?」

 

 つまりメルはあの時のサウナ着の代わりをくれてやると言っているのである、祐介は余りの事に呆気にとられた。

 

「あ、メルさんばっかりズルいです! 僕も恥ずかしいですけど祐介さんにならあげられますから! きょ、今日のはあんまり可愛くないんですけど……どうぞ!」

 

 マオまで袋からガサゴソと漁って着替えの入った袋を祐介に手渡そうと差し出したので祐介それを押し返しつつも「こんなもんいるかぁ!」とメルの袋も突っ返した。

 

「大体あの時だって食べてないし! 吸ってないし! か、嗅いでないし! だからこんなもの渡されても困るんだよ! あほメル!」

 

 嗅ぐ云々のところで少し動揺してしまったが、実際鼻に押し当てて嗅いだ訳では無いのだから何も疚しい所は無い。祐介は毅然とした態度で二人に立ち向かった。

 

「んー、本当かなぁ……? おい、マオも指輪をちゃんと見ておけよ?」

 

 二人は各々の指輪をじっと見ながら祐介を尋問し始めた。

 

「……本当はあの時、サウナ着を少し食べた?」

「食べてない!」

「実は既に吸い終わっていた?」

「吸ってないって言ってるだろ!?」

「舐めるならメルちゃんのサウナ着を選ぶ?」

「下らない質問には応えないぞ……というか結魂指輪ってこうやって使うのか? そんな嘘発見器みたいな……」

「いやいや、そんな機能はありませんよぉ。でも一時的に感情が昂ったり余りにも表に出す感情と違ったりしたら察知できると思います」

「へぇー、成る程ね……」

 

 祐介は自身の指輪とメルを見てニヤリと笑う。メルは危険を察知したのか「なんだよぅ」とたじろいだ。

 

「……それではここでメルに質問です、実はテラビールの後にもう三杯は飲んだ?」

「の、飲んでませんけどぉー!?」

「あなたはマオとの勝負で反則を使った?」

「使ってませーん! ぐしし……メルちゃんは正々堂々と戦って勝ちました!」

「よくそんなにぽんぽんと嘘をつけますねぇ……」

「最後の質問です、俺に裸を見られた時……実は物凄く恥ずかしかった?」

「ふ……お前は何を馬鹿な事を言っているんだ。アタシのこの完璧な身体の何処に恥ずかしがる要素があんだよぉ! だからメルちゃんが恥ずかしがる必要なんてないもんね!」

 

 メルは余裕綽々といった様子だったが、祐介の指輪がじんわりと熱を帯びているのが感じられた。マオが祐介に「どうですぅ?」と聞くので、祐介は素直に言う。

 

「指輪がじんわりと暖かい、というか何か熱くなってきた」

「へぇー、熱くなってきたんですねぇ……へぇ……」

 

 祐介とマオはチラリとメルをみると、飄々とした態度でありながらもほんのりと頬を赤みがからせていた。

 

「…………あーもう! 指輪をそういう嘘発見器みたいな使い方をするのは禁止だ禁止! 飯ぃー! 酒ぇー! 行くぞぉ、おー!」

「はいはい……荷物を置いてセンベロ屋にでも行こうか。メルは既に少し飲んじゃってるし、だったら居酒屋の方がいいだろ?」

「うんうん、メルちゃんは今日も飲むぜぇ! マオも飲めよぉ、うりうりうりぃ……っ!」

「わぁー! メルさんったら直ぐにそうやってコチョコチョするんですからぁ! うふふふ……ちょっともう、分かりましたから、飲みますから止めてくださいよぉ!」

「今日こそはマオを潰してやるからなぁ! テラビールぐらいのハンデはくれてやらぁー! 祐介も手伝え、飲めよおらぁ!」

「分かったから、とにかく一旦部屋に戻ろうぜ」

 

 メルはそう勇ましく宣言するが、当のマオは祐介とメルが二人掛かりで飲み比べても全く酔わない程の大蟒蛇である。どれだけ飲ませてもけろっとしているので、実は酒に似せたジュースでも飲んでいるのではないかとメルがマオのグラスを奪って飲んでみたところ、実はそれはメルより遥かにアルコール度数の高い酒で、そんな危険な物をメルは一気に煽ったものだから危うくぶっ倒れる寸前までいった事がある。それ以来メルはマオに何度も酒の飲み比べを挑むが、結果はさもありなんといったところである。それはきっと今夜も同じで──。

 

────────

 

 時刻は十時を少し回った所であろうか、街灯の少ない路地を一つの固まりと一人が歩いている。一つの固まりというのはベロベロに酔ったメルが祐介に介抱されながらやっとの思いで部屋へと向かっている姿である。

 

「……ゆ、ゆうしゅけぇ……メルちゃんは勝ったよにゃぁ……?」

 

 呂律の回っていない言葉を何とか絞り出したメルに祐介は首を振った。祐介自身も相当に酒を飲んでおり肩でメルを支えるのが精一杯なのだが、その後ろを歩くマオの足取りは軽い。マオが飲んだ酒の量はメルと祐介、二人が飲んだ酒の量を軽く越えているのにも関わらず涼しい顔で歩いている。

 

「メル……マオには勝てないよ。あれだけ飲んでても全く酔ってないんだぞ? 俺達の敗けだよ、完敗だ」

「負けれらい! ちゅぎは勝ちゅんら! ぜったいらぁー!」

 

 駄々っ子のように腕を振るメルを落とさない様に支えつつも、祐介は後ろを見るとそこにはマオが二人を心配そうに見守っていた。マオが二人に手を貸そうとするとメルが暴れるので致し方無く後ろから着いていっているのである。

 

「あー、やっと着いたな……マオ、悪いけど玄関を開けてくれるか? メルが重くてさ……」

「メルにゃんは重くにゃい!」

「あーもう、分かった分かった。とにかく頼むよマオ」

 

 祐介の声にマオは「分かりましたぁ!」と返事をすると玄関の鍵を開けて戸を開いた。祐介はメルを支えながら入ろうとするが何度入ろうとしても二人どちらかの肩が扉の縁に当たって上手く入れない。メルを入れようと左に寄れば自身の肩が当たり、ならばと右に寄ればメルの肩が当たる。成る程、つまり二人とも酔っているのである。

 

「もう、お二人とも何をやっているんですかぁ。メルさーん、ほらほらこっちに来てくださーい! はい、あんよが上手、あんよが上手!」

「うにゅ……? れめぇぜってぇいつか酒でつぶしゅからにゃ……ぁ……」

 

 マオが後ろでメルを呼ぶと、ふらふらと声に導かれる様に向かっていった。これで祐介は中へ入ることが出来る、後は中でメルを呼べばまたふらふらと向かって来る筈だ。祐介は部屋に入って電気をつけた。三人で暮らすには少し手狭な部屋だが、借金持ちで贅沢な事は言ってられない。何事も倹約である。

 

「はーい、今日は満月ですからメルさんは僕の瞳をじっくり見てくださいねぇ……」

「うみゃ!? うみゃみゃみゃみゃみゃーー……っ!」

 

 外からメルの悲鳴にも似た変な声が聞こえてきたので祐介は外へと急いだ。

 

「なんだ、どうした? 何かあったのか?」

「あ、いえ……何にもないですよ?」

 

 メルを肩で支えたままマオがそう返事をした。そしてメルがふらっとマオから離れると、先程までよりは確りとした足取りで「みゅ!」と手を上げた。

 

「メル、ちゃん、もう、寝る、ます!」

 

 ロボットの様な口調でそう言うと、メルはそのまま祐介を避けて部屋へと入っていった。

 

「メルの奴……少し変だったけど大丈夫かな?」

「でも大人しく部屋に入ってくれてよかったじゃないですかぁ。さぁ僕達も入りましょ?」

 

 祐介はマオに引っ張られるまま、部屋へと向かう。中ではメルが既に布団の中央を陣取って寝転んでいた。

 

「あ、もう寝てやがる……」

「酔ったまま暴れたりするよりはいいじゃないですか。でもお布団の真ん中で寝られると困りますねぇ……祐介さん、仕方ないですから今日は寄り添って寝ましょうね?」

「そうだな……あぁ、それにしても今日は飲まされたな。マオは本当に凄いよ、全然酔ってないんだもんな……」

「えへへ……僕が凄いわけじゃないんですよ。僕の種族は悪食と呼ばれるぐらいに何でも食べちゃう種族ですから、多少のアルコールでは酔ったりしないんです」

「あれだけの酒でも多少なのかぁ……俺達の倍は飲んでたのにな。しかし悪食って凄い言われ方だ、それはどんな感じなの?」

「そうですねぇ、今日僕達が行った湯々湯の男湯には毒と書いてあったお風呂はありましたか?」

「あぁ、あったよ。先に入っていた人に俺みたいなヒューマニーが入ったら秒で死ぬって言われたんだよな」

 

 思い出してみても毒々しい色合いの風呂であった。

 

「本当に死んじゃうのでヒューマニーの祐介さんは絶対に入っちゃ駄目ですよ? あのお風呂はメルさんでも入れないぐらい毒素が強いんですけど僕達の種族があのお風呂に入ったら逆に元気になっちゃいます! それぐらい悪食なんですぅ!」

「それは悪食って言っていいのかね?」

 

 マオは笑いながら手早くもう一組の布団を敷くと「さ、どうぞ?」と祐介を促した。祐介はマオも寝転べる様に布団の端に転がる、この部屋の大きさでは布団を二組敷くので精一杯なのでいつもなら二組の布団を三等分にスペースを分けあって寝ているのだが、今日はメルが一組の布団を贅沢に使っているので残りの布団を二人で分けあわなければならない。

 

「メルの奴、態々大の字で寝やがって本当にしょうがない奴だな」

「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですかぁ。僕は余り身体も大きくないですし、祐介さんと一緒に寝られるのは嬉しいですぅ……」

 

 マオはメルに布団を掛けると祐介の隣に潜り込んだ。そしてそのまま祐介の近くまで近寄ってくる。マオの見上げる様な視線がくすぐったく感じてしまう。

 

「あぁ……何だか今日は疲れたな……」

 

 祐介の身体には確かな疲労感が残っていた、しかしそれはパチンコを打って銭湯へ行って酒を飲んで寝転んでと何とも贅沢な疲労である。祐介の意識は宵闇に沈む様に徐々に霞んでいく。重力に任せて溶けるように、または霧散して広がるように……。

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