第5話 夏野菜物語を打とう!

 太陽の下、大通りを所狭しと色々な種族が歩いていく様は正に雑踏といえるであろう。彼等の多くは仕事の一環であったり、または仕事へ向かう途中である。その中を仕事でもないのにメルと二人で祐介は歩いていた、離す機会を失ったお互いの手は未だに結ばれたままである。

 

「そういえば昨日、祐介は金が無いとか言っていたけど、正直な所いくら持っているんだ? 異世界からやって来たとか言っていたからやっぱり一文無しなのか?」

「ちょっと待って、えーと……6500円ぐらいだな」

「アタシが6万ぐらいだから……となると合わせて66500円、一人当たり33000円だな。いけ……るだろ!?」

 

 お互いの掌に置かれたお金を見て、メルは気合いを入れる。

 

「え、合わせるのか? そりゃノリ打ちにしてくれるのはありがたいけど、俺は本当にこの6500円しか持ってないぞ? この世界にツテも頼りも無いから、負けたらメルが負債を丸被りする事になるけどいいのか……?」

「あん、そのノリ打ちって何なんだ?」

「ノリ打ちっていうのはな、多人数で収支を合わせる事だよ。一人が1万円負けて、一人が2万円勝ったとするだろ? それを一人当たり5千円勝ちになるように金を分けるんだよ。つまり資金の共有だな」

 

 メルは祐介の言葉に一々「うん、うん」と神妙な顔で頷く。

 

「それならそのノリ打ちだ! それで行こうぜ!」

「いや、だからそうなると俺の資金が全然釣り合わないから──」

「うるせぇっ! 打とう!」

 

 メルは言葉を遮って叫ぶ、そして手を口に当てていつものように笑う。

 

「ぐしし……祐介ぇ、お前はパチンコが詳しいんだろ? なぁ? だったら大丈夫だって!」

「詳しいって言っても必ず勝てる訳じゃない、そんな簡単に勝てるなら今頃俺は大金持ちだよ」

 

 実際に祐介は日本でパチンコに明日への糧も希望も無い程に注ぎ込んでいたのだ。知識だけでは苦しい現実を祐介は身に染みて知っていた。

 

「まーまー、とりあえず今日はアタシの金を祐介に任せるから、どーんとやってみよう! なーに、金が無くなったらレイゼちゃんに泣き付けば何とかなるさ!」

 

 祐介の肩をバシバシと叩きながら豪快に笑うメルを見て、いつものレイゼの苦労が目に見える様であった。

 

「しっかし祐介もやるもんだねぇ!」

 

 ニコニコと笑うメルに「ふふ、まぁ俺の食い意地も中々だろ?」と祐介も笑う。自身でも驚く程に食べられたのはマスターの料理の腕もあったのだろう、味を思い出す度に口内が唾液で潤う。

 

「アホかぁ! あんなもんレイゼちゃんなら3倍は食えるわ! 喫茶店の料理の事じゃなくてレイゼちゃんとの事だよ!」

「……レイゼって滅茶苦茶食べるんだな。だけどメルの言うレイゼとの事って何の事だ? 俺には心当たりが無いんだけど」

 

 気になるのは昨夜に比べると随分と軟化したレイゼの態度であるが、昨夜はメルが騒いでいたからであって自身が何かしたという記憶は無い。憮然とする祐介にメルは「レイゼちゃんから聞いたんだけどさぁ……」と切り出す。

 

「竜人って種族は男女共に凄く強いじゃん? だからどちらからにせよ、力で組み伏せるって結構重要な意味があるんだってさ。昨日の夜に祐介がレイゼちゃんを一生懸命抑えてたって言ってたよな、あれがレイゼちゃんに言わせると凄く弱々しいのに……ぐしし……」

「な、なんだよ……早く先を言ってくれよ」

 

 組み伏せるも何も、祐介は暴れるレイゼを一生懸命謝りながら抑えていただけである。いや、正確には抑えられてすらいなかったのだろう。レイゼにとってあの時の祐介は覆い被さる布以下の存在でしかなかった、竜人という種族はそれ程に強靭な肉体を持つのである。

 

「なんか、それが逆に……だってさ! んもー、祐介のラッキーえろす人ぉ! と、いうことでレイゼちゃんは実家に許可を取りに行ったのでしたー!」

「許可って何の許可だよ、殺人許可証でも取りに行ったのか? うーむ……そうなると逃げた方がいいのか」

「おい、私がパチンコで勝つまでは絶対に祐介は逃がさないぞ! それにそんな許可証なんて有るわけないだろ! まー詳しい話しはレイゼちゃんから直接聞きなよ」

 

 メルが祐介の腕に絡み付く様に抱き付くとメルのふわっとした髪が頬に触れて少しくすぐったかった。

 

「ところで、ここのパチンコ屋は何時ぐらいに開店するんだ? 喫茶店を出た時は九時ぐらいだったから、そろそろ十時になるけど」

「ん? あの店なら九時には開店してるけど?」

「えぇ!? それじゃもう大遅刻じゃないか! しまったなぁ……」

 

 あっけらかんと言うメルに祐介は頭を抱えた。

 

「そんなに心配しなくても何かの台は空いているから大丈夫だって!」

「いやいや、パチンコってのは良い台から埋まっていくんだよ。あーこんなところで話している時間も惜しいな……とりあえず急ごう、ほら行くぞ!」

 

 先程とは違い、今度は祐介がメルを引っ張っていく形で二人は歩いていく。パチンコ店に辿り着き中を伺うと既に盛況といった様子であり、座る席を探すのも苦労しそうであった。

 

「よし、パチンコと言えばギンギラ海パラダイス、そして海を制する者は出玉の大海を制す……決まりだな! 祐介、海を打とうぜ!」

 

 早速店内へと駆け出しそうになるメルの首根っこを掴むと、祐介は落ち着いた口調で話す。

 

「メル、俺はお前の金を無駄にしたくはない。俺の出来る限りの力を使って勝ちに行くつもりだ。今日は俺に任せると言ってくれた以上、俺の言葉に従って貰うぞ?」

 

 メルは少し逡巡した様子で目を泳がせたが、やがて決心した様に頷くと握り締めた拳で祐介の胸を軽く叩いた。その拳を開くと、そこには六万円が納められていた。

 

「アタシも一度言った言葉は曲げねぇ主義だ! こいつは祐介に任せる。よし……行くぞぉ!」

「待て待て待って! 申し出は有難いが先ずは落ち着け、とりあえず一度店内をぐるっと回らないか? 俺もどんな台があるか確認したいんだ」

 

 勇むメルを落ち着かせて二人は店内をゆっくりと回る。前日は落ち着いて台を見られなかったので、確認がてら店内をつぶさに見て回る。

 

「うぅ~アタシの右手がハンドルを握りたくてうずうずしてるぜ! 祐介、そこの空いている台にしようぜ!」

「どれだけ打ちたいんだお前は……先ずは島毎の状況を見てからだよ」

「……その祐介の言う島ってのは何だ? この店に島なんてあるか?」

 

 メルがわざとらしくキョロキョロと回りを見渡す。

 

「パチンコやパチスロは通路に二列背中合わせに配置されているだろ? その一列を一島、背中合わせの二列を1ボックスとして数えるんだよ」

「……じゃあこの島で打とうぜ!」

「駄目だな、客付きが少し悪すぎるし釘も良くない」

 

 この店の一島は16台だが、一人が席に座っているだけである。余程人気が無い機種なのだろう。

 

「逆に客が一杯だと打てないじゃん! 昨日勝ったアタシがいるんだぞ!? 今日も勝ってみせるからぁ! お願い、打とうよぉ!」

 

 祐介は腕を掴みぐらぐらと揺すっているメルを振り払う。

 

「落ち着けって、そういえばちょっと聞きたいんだけど」

 

 メルは口を尖らせて「何だよぉ?」といじけてみせる。

 

「この店のルールってわかるか? 細かい決まり事みたいなさ」

「それなら……ほれ、この台の脇に挟んである紙に書いてあるぜ」

 

 そう言ってメルはさっと台間に納められている冊子を祐介に差し出した。祐介はそれを開いて見てみると大雑把な台の性能の他に店のルールが書かれていた。

 一通り目を通して見ると、日本の店と大して変わらないルールであった。中でも玉の共有が許可されているのは二人にとって大きな優位性である。

 

「よし、大体わかった。後は換金率だけど……メル、この玉はどうやって金に換金するんだ?」

「おいおいしっかりしてくれよ! 玉は店員に流して貰って、出てきた紙をあそこのカウンターで景品に交換してから外でそれを買い取って貰うんだよ」

 

 三店方式まで日本と一緒なのか、と祐介は少しそら恐ろしいものを感じていた。いくら同じ様な歴史を辿る可能性があったとしても、異世界がここまで日本と同じ状況になるのだろうか?

 

「……聞きたい事は終わったな? よし、何を打つ!?」

「いや、最後に聞きたいのは景品の単価だ。何円になる景品が何玉で変えられるんだ?」

「えーとぉ……100円になる小景品が33玉だったかな」

「よし、これだけ分かれば充分だ」

「やっと打てるのか!?」

「……もうちょっと待て」

「……ぶぅー」

 

 膨れるメルをそのままに祐介はまたゆっくりと店内を回っていく。見れば見るほど日本とそっくりなパチンコ台が並んでいるが、一つだけ大きな違いがあるのを前日から感じていた。それは置かれている台の多様性である。勿論日本にも多種多様な台が置かれていた、しかしここで言う多様性は性能ではなく年代の多様性である。

 このジャパンという国の文明は日本と遜色が無い程でそれは当然パチンコ台にも表れている。台の装飾や液晶の画質、更にそのクオリティと至る所が現代日本と同レベルといえる。しかしその一方でやたらと古そうな台も置いてあるのだ。年季の入った役物が搭載されている羽根物、液晶ではなくブラウン管でも使っていそうなデジパチ、更にはアレパチと思える物まで置いてある。

 祐介はそこで一つの考えに至った。この世界ではパチンコ台の規制が緩い、若しくは無いのかもしれない。もしそうなら、それはパチンコを愛する者にとっては夢の様な世界である。祐介は人知れず感嘆の念を抱いた。

 それから暫くすると、祐介はとある島で立ち止まった。他の島とは違い、台が島全体を繋げるようには置いていない。ニ台、空けてニ台といった様に意図的に離して設置してあり、更にそのニ台の椅子の代わりに二人掛けのソファーが置いてある。つまりここはカップルシートなのだろう。この島に座っている二人組は肩を寄せあって仲睦まじい様子が見えた。

 祐介は試しにその島の台をじっくりと見始めた。

 

「祐介ぇ、ここはあれだぜ? カップルがイチャイチャちゅっちゅの島だぞ?」

「分かってる、だけど……この島の台はどれもかなり釘を開けている。なぁメル、一度ここで打ってみないか?」

「えぇぇーーっ!? ほ、本気か!?」

 

 手を上げて驚くメルに祐介は諭す様に言う。

 

「勿論本気だ。特にこのニ台の釘の開き方は最高だと思う。メルは俺とカップルシートに座るのは嫌か?」

「嫌では……ないけどさぁ、祐介はレイゼちゃんに続いてアタシにも手を出す気!? まーたえろす人なのか!」

「そんな気は無いよ。でもメルが嫌だって言うなら別の島に行こうか」

 

 ちなみに祐介自身はレイゼに手を出した記憶も無い。メルは深呼吸をするとカップルシートにどかっと座った。

 

「……アタシは祐介に賭けたんだ。祐介がそこまで言うなら打つぜ、というかいい加減に何でも良いから打ちたいんだよ! ほら、さっさと祐介も隣に座れよ!」

 

 祐介は招かれるままメルの隣に座った。メルと祐介の前には前日の偽札騒動を招いた機種『夏野菜物語』が置いてある。

 

「本当にこのニ台で勝てるんだろうな!?」

「必ず……とはいえないが、勝算はある。俺達が打つ夏野菜物語という台だが、この小冊子を見ると大当たり確率256分の1、確変割合50%に全ての大当たり後は時短100回と書いてある」

 

 小冊子を見ながら祐介は続ける。

 

「更に大当たり時のラウンド数は一律15ラウンドで、1ラウンドは10カウントまで13賞球。これは1ラウンドで130玉出てそれが15回続くという事だ。つまり一回の大当たりで1950玉の払い出しがあるんだ。しかし実際手に入るのは打ち込み玉数を引いた1800玉になる」

 

 メルは「お、おう……そうだな」と神妙に頷いて聞いている。

 

「そこでこの台のボーダーラインを計算してみると、確変確率が50%で時短100回の引き戻し確率が──」

「待って待って! もう駄目、無理無理ぃ! アタシそういうのよく分かんないからとりあえずちょっと打っていい!?」

「…………うん、いいよ」

 

 お手上げといった様子で懇願するメルに祐介もそれ以上何か言う気は起きずにただ頷くだけであった。

 

(一応簡単に計算しておくと夏野菜物語の継続率は時短込み66%前後で平均は3連になる。更にトータル確率を計算してからボーダーを割ってみると等価交換で15前後だ。これは相当甘い部類の機種である。別の島にラッキーナンバー制で運用していた所を見ると本来店側は換金ギャップで利益を上げるタイプの機種なのだろう。しかしカップルシートに置いてあるこの台は終日無制限の札が掛かっているので持ち玉遊戯に持ち込めれば俺達が大分有利な展開になる)

 

 メルは早速いそいそと一万円を台間のサンドに入れてうきうきと待ちきれない様子で玉貸しボタンを連打している。祐介もそれに倣って一万円をサンドに入れた。この飲まれていく一万円はメルが出してくれたお金である、メルの思いに報いる為にも絶対に負ける訳にはいかない。

 

「ふぃー、やっと打てるな。さーて今日も爆連させちゃるぜぇー!」

 

 二人が同時にハンドルを捻ると、パチンコ玉が盤面に打たれた釘に当たって弾け、更に弾かれた玉同士がぶつかり合ったり盤面硝子にカチカチと当たりながら右往左往しながら落下していく。盤面中央の液晶の下にヘソと呼ばれるポケットがあり、そこに入ると機種毎に設定された大当たり確率で抽選するのだ。早速祐介の台にニ、三個の玉がヘソに入った。すると液晶に映されている数字を振られた野菜達が激しく横にスクロールしていく。やがてピロッと情けない音を立てながら野菜が止まるが、これが縦か斜め一直線に揃えば大当たりという訳である。今回は残念ながら外れだが、256分の1という確率はヘソにニ、三個入っただけで当たる程甘くはない。

 

「なぁ、祐介……一つ聞いていいか? この台さぁ、図柄に西瓜が入ってるよな。それならもしかして西瓜って野菜なのか?」

 

 二人が打っている台は夏野菜物語、液晶では確かに西瓜が4という数字を飾られてスクロールしている。という事は当然ながら西瓜は野菜として数えられているし、日本でも西瓜は野菜に数える。だが祐介はそれを軽々しく口にはせずに、台間の小冊子をペラリと捲ってメルに見せた。

 

「あん? そんなの見せて何だよぉ……ん、この台のリーチ紹介? 『野菜論争リーチ』? 西瓜が野菜と認められれば大当たりだと!? ぶふーっ! ば、馬鹿みたいなリーチだな!」

 

 吹き出すメルを尻目に祐介は日本のある台を思い出していた。この夏野菜物語は海の亜種であるのは間違いないが野菜をモチーフにしたり、野菜論争リーチを搭載しているところを鑑みるに日本で2015年に発売された『野菜王国』というパチンコを踏襲しているのかもしれない。何故異世界でそんな事が……とは思うがそうとしか思えないのも事実であった。

 

「おっとぉ、アタシの台でリーチが掛かったぜ……しかし、んーむ」

 

 メルの台では茄子が上下にテンパイしており、残す中段に茄子が止まれば大当たりとなるがメルにしては歯切れの悪い口振りである。祐介はその態度に「どうしたんだ?」と声を掛けた。

 

「アタシさぁ、茄子はちょっと嫌いなんだよねぇ……食べるともきゅもきゅしてるじゃん?」

「……メルの好みは関係ないだろ? そういえば海を打ってる時にも海の幸がぁ! とか言ってたな、メルには食い気しかないのか」

「あのな、どうせ当たるなら好きな食べ物で当てたいだろうが! はい、茄子は外れ! えーと、そうだな……ピーマンは苦いし、おっ! とうもろこしあるじゃん、とうもろこしで当たらねーかな」

「とうもろこしは8か……単発図柄で当たるより5の茄子で当たった方が嬉しいけどな。ん?」

 

 祐介は小冊子をパラパラ捲っていると推し野菜カスタムの紹介ページを見付けた。どうやら好きな野菜図柄を7に設定出来るようである。それをメルに伝えると直ぐに台のカーソルを動かして設定をし始めた。

 

「へへへ、これでとうもろこしが7に変わったぜ。祐介も適当に設定しろよ、でも間違っても茄子は止めろよな!」

 

 メルに急かされて祐介も台のカーソルを動かして設定し始める。好きな夏野菜と言われてもな、と画面を見ているとししとうが目に入った。思わず前日の博打揚げを思い出し、香ばしい匂いとピリッとした辛味が蘇るようであった。

 

「……俺はししとうにするか」

「祐介ぇ、それはちょっと渋すぎないか? だけどこれでとりあえずもう準備は出来たな、今日も出すぜ出すぜぇ! ぐしししし……っ!」

 

 二人の勝負は始まったばかりではあるが、その顔はどこか晴れやかである。パチンコを打つ人達の未来は輝かしいものだと夢見ずに捻るハンドルなぞあろう筈もない。パチンコを打ち始めるこの瞬間だけは誰もが出玉の波を掴む気でいるのだから。

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