第3話 酔っぱらいのメルと竜人レイゼ

 酒の匂いを漂わせ、女性は男を引き摺ったまま赤い暖簾を掻き分けて戸を開けた。中から気だるげに「いらっしゃいやせー」と声がすると、女性は軽く手を上げながら適当な椅子に座った。

 

「ほら、お前も座ってくれよぉ」

 

 男はその声に仕方なく女性の正面に座ると「言っておくけど金は無いぞ」と念を押す。女性は手を口に当てて「ぐしし……」と笑った。

 

「いーからいーから、この店の支払いは任せろって! いやーあの後アタシの台が大連チャンでさぁ! もう店が潰れちゃうかと思ったよ!」

「たかだか海の連チャンで店が潰れてたまるか! まぁそう言ってくれるなら遠慮はしないけどさ、なんで俺を待ってたんだ?」

 

 女性は手で「まぁまぁ」と男を抑えながら、店員に合図を送った。

 

「大将、こっちはべろ二つね! あと煮込みと博打揚げ!」

 

 やがて運ばれてくる料理とアルコールを前に男は喉が鳴るのを抑えられなかった。思い返せば夜までパチンコを打ち、そしてこの世界に来た時にはいきなり昼だった事を考えればこの垂涎も致し方無しと思えた。最後に店員が小さい旗をいくつか置いていったが、これは食べ物ではなさそうだ。

 

「ほらほら、そっちのビール持ってよ! あ、そういえばまだ名前も聞いて無かったな。アタシはメル! エルフの森からパチンコを打ちに街へ来たんだ!」

「エルフ……? エルフってあのエルフ?」

「まぁエルフで街まで来る奴は少ないからお前が疑うのも分かる! だけど……ほれほれ、この耳とかヒューマニーとは違ってキュートじゃろ?」

 

 メルは手で髪を避けて男に向けて耳を突き出した。その耳は上部が少し尖っており、それがエルフの証明とメルは言いたいのだろう。尚も「ん? ん?」とメルがニヤニヤする度に耳がピクピクと動く、男はそれを手で制した。

 

「分かった分かった。エルフなのはもう分かったからとりあえず耳はしまってくれ……俺は祐介、永瀨祐介だ」

「祐介だな! よし、ほらジョッキを持て祐介! いくぞ、はっけよい……乾杯ぃ!」

 

 祐介は促されるままにジョッキを御互いに上げると、ぐいっと中のビールを飲み干した。ビールは良く冷えており、あちらの世界と比べても遜色の無い出来である。但し乾杯の音頭がこれであっているのかは甚だ疑問ではあるが。

 

「何だよ、結構良い飲みっぷりじゃないか、おーい! こっちビール二つ追加ね!」

 

 メルは机に置いてある小さい旗を二つ店員に渡すとやがてビールが差し出される。小さい旗は残り6本となった、これをアルコールと交換出来る制度なのだろう。センベロ屋の名に恥じぬ大雑把で豪快なシステムである。

 それからビールを飲み煮込みに手を付けて良い塩梅に身体の緊張が解れていく。男はこの世界に来て初めての安堵を覚えていた。名前から警戒していた博打揚げにしても運ばれて来た物を見れば何の事は無い、しし唐辛子を簡単に素揚げした物である。辛みに当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うところであろう。知らぬ居酒屋なので専ら注文はメルに任せていたが、どれも舌鼓を打つ程の美味しさであった。

 

「──それでな、アタシが態々店の前で祐介を待っていたのはだな……ぎぇ、これ辛い!」

 

 宵を迎えて暫くといった所でメルがそう切り出したのだが、口に運んだ博打揚げが悪さをする。どうやら相当な辛さだったようで、直ぐにビールで流し込んでいた。

 

「んぐ、んぐ……っ! そ、それでだな、祐介はアタシの台が当たるのを予測しただろ? あれってどうして分かったんだ?」

「あーあの海の台? うーむ、あれはな……」

 

 祐介はそこで口を止めた、何処まで言って良いものかと考えあぐねているのだ。自身が置かれた状況にどちらの世界にも存在するパチンコ、それに当てはまった法則。

 

「おいおーい、そこで止めるなよぉ! 頼むから教えてくれよぉ、うりうりぃー!」

 

 メルが机に身を乗り出して祐介の頬を指でつつく。つんつんと刺さる指を手で払い「ええい、鬱陶しい!」と一喝すると、祐介は意を決した様子で語り出した。

 

「……その前に先ずは俺の事を話さなきゃならない、メルが信じてくれるかはわからないけど──」

 

 自身の世界についてから始まり、何故かこの世界に辿り着いてしまったこと、似たような文明レベルに何故か通じる言語、そしてどちらの世界にもパチンコやパチスロがあること、更に自身の世界のパチンコやパチスロに此方の世界の物が酷似していること。

 

「それで、俺の世界にある海シリーズの法則にリーチラインを8図柄が二回通ったら当たりという物があるんだ。あの時、メルの打っていた台のリーチ時間が長かっただろ?」

 

「あ、あぁー、確かにあの時のリーチは長かっら……感はあっら気がするろ!」

「長かったの! 8図柄が二回通った時、あれだけ酷似している台だから法則も同じなんじゃないかと思って『当たるかも』って言ったんだ」

「そうなんらぁ……」

 

 メルは「ほへぇー」とでも言いそうな間の抜けた顔で何度か頷いた。だが白い肌が浅く紅潮しており、トロンと何処か眠たげな目尻から察するにメルは余りお酒が強くないらしい。

 

「……メル、大丈夫か? そろそろお開きにするか?」

「アタシはまだじぇんじぇん大丈夫! それより祐介の話をもっと聞かせおよぉ!」

 

 ガタッと立ち上がってメルは祐介の隣へと座り直す。ぐらりと揺れるメルの身体を祐介は抱き抱えると鼻腔に甘い香りとそれをかき消す程の酒の匂いが立ち上る。

 

(……俺を待っている間にも酒を飲んでいたって言ってたから、これ以上飲ませるのは危なそうだな)

「祐介ぇ、お前パチンコ詳しいんらろ?」

 

 呂律の回らない舌でメルが聞く。

 

「詳しいと思うけど、それはあくまで俺の世界の話であってだな──」

「しゃーらっぷ!」

 

 メルの人差し指が佑介の口に当てられる。

 

「よし、明日一緒にパチンコ行くろ! お前の力があれば勝れる! 勝つんら! そうと決まればアタシの家れ作戦を立てる! 行くろぉ! おー!」

 

 メルは雄叫びを居酒屋に響かせるとそのまま店を出ていこうとする。

 

「おぉい、君ぃ! 支払いは任せろって言ってただろ!?」

 

 祐介の声は酔っ払いの耳には届かない、そしてまた酔っ払いに会計を任せる程に居酒屋の大将も甘くは無いだろう。メルを追い掛けようとする祐介の肩ががっしりと掴まれる。

 

「お客さん、出ていくなら会計頼むわ。な? えーと、べろ二つに煮込み、博打揚げ、じゃんじゃが、バタコ、手羽スペシャル……締めて……」

「あわわわ……」

 

 どんどん加算されていく会計に祐介は思わずメルの方を見たが、当の本人はふらふらと陽気に揺蕩っているだけである。メルがはっと正気に戻って支払いに来る気配が無い以上、祐介は唯一の手持ちである一万円を握り締め、これで足りる事を祈ることしか出来ない。

 

(頼むぞ最高紙幣と言われた一万栄光名誉君主降臨通貨券! ビッグマクド25個分の力を今こそ見せてくれぇぇーーっ!)

 

「3200円! ほら、払ってくれよ!」

「安ぅーい! はい、これでお願いします」

「あいよ、これお釣りね」

 

 酒と肴を充分に飲み食いさせて貰った割には良心的な値段に祐介は満面の笑みで金を渡した。そして釣りを貰い、急いでメルの方へ向かおうとしたが「おいおい、兄ちゃん!」と大将に呼び止められる。

 

「な、なんすか? 払ったのは正真正銘本物のお金っすよ!」

「そうやってムキになって否定する所が怪しいんだけどよ……ほら、忘れ物だよ!」

 

 大将はさっと机に残っていた小さい旗を三つ手渡してくれた。それはメルと二人でも飲みきれなかった分の旗である。

 

「飲めなかった分が勿体ないだろ、これ持って帰ってまた来てくんな!」

「えぇ!? ということはこの旗を持ってきてまた飲んでもいいんですか!?」

「あったり前よ、むしろ金を払って貰った分はちゃんと飲んで貰わねぇと店の名折れにならぁな! それじゃ、また来てくれや!」

「すみません、ありがとうございます!」

 

 祐介はお礼を言って直ぐにメルを追い掛けた。メルは店を出て少し歩いた所で「遅いろぉ!」と追い付いた佑介に理不尽な怒りをぶつけてくる。

 

「遅いろぉ、じゃないだろ! 結局俺が金を払ったじゃねーか!」

 

 メルは「ぶひゃひゃひゃ!」と何が可笑しいのか手を叩いて大笑いをする。酔っ払いに何を言っても無駄かもしれないが、一応の抗議はしておくべきなのだ。

 

「ふぃー、よし、行くろぉ!」

 

 ガシッと勢い良く祐介の肩を抱くと、メルはそのまま歩き出す。仕方なく調子を合わせて歩くものの、メルの酩酊具合は相当であり、肩を貸している祐介ごと彼方へフラフラ此方へフラフラと足元が頼り無い。

 

「おい、しっかりしろって!」

「ふひひ……こっちら! 右を狙えぇーーっ!」

「あぁもう、パチンコを打つ奴が酔っ払うと本当にろくでもないな!」

 

 祐介の愚痴も馬耳東風といった様子で、メルはいきなり歌を歌ってみたり、グルグルと腕を振ったりと傍若無人振りを遺憾無く発揮していた。

 

「う……っ!」

 

 しかし突然メルの動きが止まった。祐介が「大丈夫か?」と声を掛けるが明後日の方を見ながら無反応である。

 

「ひ、左に戻してくら……は……い……っ!」

「なんだ、今度はどうした!?」

 

メルがスルリと祐介の肩から腕を外すと、道の左で座り込んだ。祐介が近寄ると「ぐっぷ……」と聞きたくもない声が肩を震わせたメルから漏れている。

 

「道の左で吐き戻すな! あーもう、水、水……自販機は……?」

 

 祐介は近くの自販機に急ぐと、陳列されている飲み物を見て手が止まる。何せ自分の世界の物は一つも見当たら無いのだ「えーと、水、水……これか!?」ポチっとボタンを押すと直ぐに飲み物が出てくる。居酒屋で支払いをしていて小銭があったのが幸いであった。出てきた『王国水』を手に持ち、直ぐにメルの元へと戻っていく。

 

「ほらこれ、水……だと思うから、これを飲んでしっかりしろ!」

「ぐっぷ、ぐっぷぷ……左に戻してくらは……い」

「だから左で戻すなってば! 全く世話の焼ける……」

 

 メルの背中を優しく擦り、介抱していくうちに多少は回復したのかメルは大きく息を吐いた。どうやら山は超えた様である。

 

「うっぷ……さぁ、行くろぉ!」

 

 祐介の手を引き、勇ましく歩くもののやはり足取りは頼り無い。かといって祐介自身もこの世界につてが有るわけでもないので、言われるがまま、引き摺られるままにメルと共に歩いて行く。

 

「ここら、ここらあらしの家なのら!」

 

 やがて辿り着いたのは街の喧騒も届かない程の裏道にあるアパートである。日本で過ごしていた佑介のアパートも相当な年季であったが、目の前のアパートもそれに勝るとも劣らぬ年季の入り様であった。

 

「祐介ぇ、こっちに来るんら!」

 

 メルは一階の奥角から二つ目の玄関に鍵を差し込み、ガチャガチャと回そうとするが、どうも開かないようで「あからい、あからい!」とガチャガチャと鍵を動かすばかり。仕舞いにはドンドンと玄関を叩き始めるものだから、如何に自分の部屋だろうと周りに迷惑だろうと祐介が止めようとしたその時、玄関の覗き穴からパッと光が漏れる。

 その瞬間、メルは玄関の横の壁にピタリと張り付くように静かに寄り添う様に立った。それと同時に玄関の奥からドタドタドタと足音が聞こえたと思ったら──

 

「ごるぅらぁぁあああぁーーーーーーっっ!!」

 

と、玄関が弾け飛びそうな勢いで解き放たれた!

 

「てめぇ、メルッ! 毎回毎回私が寝てる所を狙って部屋を間違えるんじゃねぇよっ! わざとやってんだろこのボケッ!」

 

 中から甲高い声を上げて威勢良く出てきたのは、真っ赤な長い髪を振り乱して鋭い眼光で佑介を睨みつける──角の生えた少女である。背丈は祐介と比べても大人と子供ぐらいの差があるが、頭の両サイドからは立派な流線形の角が生え、オーバーサイズのダボダボのシャツをはち切れんばかりの胸で押し上げている。良くみるとお尻辺りの裾からは少女の足より太ましい尻尾がビタン、ビタンと怒りを表すかのように床を叩いている。

 

「あぁっ!? 誰だてめぇ! 焼き殺すぞアホ!」

 

 少女は祐介の襟首を掴むとあっさりと持ち上げて首を締め付ける。祐介は苦しみの最中、掠れた声で「ちぎゃ、ちぎゃうんれす!」と弁解するので精一杯である。

 

「こっちは寝てたんだぞ! 代わりにてめぇを永眠させてやろうかこのカス!」

「ごごごご誤解っす! メルゥ、ちょ、助けてくれよ!」

「あん、メルだと!? やっぱりあいつか、何処に隠しやがった! 出せコラァァーーーーッッ!!」

 

 ぎゅぅぅっと締め付ける手をギブアップの意思を込めてパンパンと叩くがその手は全く緩まない。祐介は藁をも縋る思いで視線をメルに向けると、当のメルは「ぐししし……っ!」と両手で口を抑えても抑えきれぬ程に笑っていた。少女はそんな祐介の視線をゆっくりと辿り、メルと視線を合わせると佑介をぶん投げてメルに詰め寄った。

 

(なんつー力だよ! あの人も人間じゃないのか!?)

 

 二本の角と尻尾からでは一体どんな種族かも想像出来ないが、これ以上怒らせると自身が危険だと祐介は直感した。

 

「おいコラ、メルゥッ! 何度言ったらわかんだボケッ! てめーの部屋は奥の角だって言ってんだろっ! 一々私を起こすなっ!」

「ぐしし……そんらに怒らないでレイゼちゃん。ほら、祐介らよ?」

 

 メルはレイゼと呼ばれた少女の怒りも微塵も気にしていないのか、呑気に祐介の紹介を始めた。しかし所詮は酔っ払いの戯言である、要は「パチンコ凄いんらよ?」とグダグダと紹介しただけであった。メルの紹介を聞き終えるとレイゼはゆっくりと祐介の方へ振り返った。

 

「……で、あれか? 私はてめーを紹介する為に起こされたのか? 焼き殺すぞボケカスッ! いいか、二度と私を起こすな、失せろ馬鹿共っ!」

 

 レイゼは玄関を開けた時と同じぐらいの勢いで戸を閉めた。寝ていた所を起こされて見ず知らずの男を紹介されれば怒りもするであろう。祐介は理不尽な暴力をその身に受けながらもレイゼに同情した。

 

(それにしても彼女は何の種族だったのだろう、二本の角と尻尾じゃわからないけど……胸は大きかったな)

 

 祐介は小さい背丈に不釣り合いなシャツを押し上げんばかりの存在を主張していたレイゼの胸を思い出していた。

 

「祐介ぇ、レイゼちゃんは竜人らぞ? 珍しいらろ?」

「へぇ、竜人なんだ……っておいメル!」

「ぐしし……もっかい会う? 会っれみる?」

 

 メルはそう言ってまた同じ玄関に鍵を差そうとする。

 

「本当に止めろ! 今度は絶対に怒られるだけじゃすまないぞ! ほら、メルの部屋はこっちなんだろ?」

 

 メルの凶行をその身で遮るように止めて宥めると「そうらったそうらった」と笑いながらメルは角の部屋を開けた。どうやら今度こそ本当にメルの部屋らしい。

 

「ほれ、祐介も入っれいいろ」


 祐介が頭を下げて先導するメルの後を付いて入った。アパートの間取りは極普通であり、入って直ぐ横にキッチンが見えてそこから奥は洋室になっている……筈である。

 

「足の踏み場もないな……少しは片付けた方がいいと思うが」

 

 洋室と断定出来なかったのは、入り口から奥へと進む度に服、小物、雑誌にゴミと様々な物が散らかっていて部屋の様相をあらわしていないからである。部屋の中心には万年床として布団が敷かれており、いつの間にか下着姿になったメルが布団へと崩れ落ちる所であった。

 

「あ、おいメル! 明日の作戦はどうするんだ? 俺はどうすりゃいいの?」

「むにゃ、むにゃ……むにゃっ!」

 

 此方も見ずに明後日の方向へ手を振ってメルは応えた。

 

「むにゃって……それ起きてないと逆に出ない言葉だろ。おい、寝るなって……仕方のない奴だな……」

 

 祐介は下着姿を露にしたまま床に就くメルにそっと布団を掛けてやった。

 

「……んぐぅ……祐介ぇ……パチンコ……行くろ……ぉ……」

「寝言か? 全く、どれだけパチンコ打ちたいんだか……」

 

 とはいえ、夏野菜物語を前にしながら偽札騒動で一玉も打てなかったのは実に惜しいと思っている佑介自身も相当な好き者である。

 祐介はこのまま部屋から立ち去ろうとしたが、徐に部屋の隅を片付け始めた。何しろ帰る家も無く頼れる知り合いも居ないのだ、せめて今夜だけでも寝かせて貰おう。

 

(メルはもう寝てるだろうけど、一応寝かせて貰ってもいいか声だけでも掛けておいた方がいいかな?)

 

 祐介は静かに寝息をたてるメルの横に姿勢を正して正座をすると、起こさないように小声で頼み込む。

 

「メル……今夜はここに泊めてもらっていいかな? 行くところも無いし、頼れる人も居ないんだ。だから頼む、一晩でいいから泊めてくれないか?」

「んにゃあぁっぁぁああぁぁぁーーーーっっ!!?」

『うるせぇぇーーーーっ! ボケッ! カス、ゴミッ! てめーら表に出てこいコラッ! 今日こそは焼き殺してやる!』

 

 突如としてあげられたメルの奇声に、隣の部屋からレイゼが壁を叩きながら怒声をあげる。アパートの壁越しからでも感じる気迫に祐介は慌ててメルの口を抑えた。

 

「すみません! すみません、直ぐに静かにさせますから!」

「んにゃっ? どうしたにょレイゼちゃん? レイゼちゃんが怒ってるよ!? レイゼちゃーーーーんっ!! もごもご……もご……っ!」

「あわわわ、ちょ、わかったから落ち着け、本当に静かにしてくれって!」

『あああぁぁぁああぁぁぁあーーーーーーーーっっっ!! もう我慢できん、殺す、ぶっ殺す!! てめーらさっさと表に出てこいっ!』

 

 いつの間に玄関に移動していたのか、レイゼが玄関をガンガンと叩き始めた。祐介は「すみません、すみません」と謝りながらメルを抱き抱えて布団に潜り込む。しかし当のメル本人はこの大惨事の何が面白いのか、ケラケラと笑いながら抑えられた口で「もごっ! もごっ!」と口ごもっていた。

 そしてまた怒髪天といった様子のレイゼが「出てこいカス共ぉーーっ!!」と玄関を叩けば「すみません、すみません!」と祐介が間髪無く謝り、祐介の手の中で「もごごーっ、もごーっ!」とメルが喚く。

 繰り返される悪夢のような出来事に佑介はこんな事なら何も言わず出ていけばよかったと心底後悔した。しかし喧騒の中でも等しく夜は更けていくものなのである。

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