第2話 偽札騒動を終えてもトラブルは続く……

「おらっ! そこ座れっ!」

「……うす」

 

 店内の喧騒とは隔絶した一室、恐らくは事務所なのだろう。そこに男は連れてこられていた。男は指図された通りに椅子に座ると、自身を引き摺ってきた店員の顔を覗き込む。その店員は大柄で、シャツがはち切れんばかりの筋肉を纏っている。一般的な体格の男では抵抗もままならないであろう。更に特筆するのであれば、目の前の店員も、後ろに立っている店員も単眼であるということである。

 

「……それで、お前が持ってきたこの金は一体何なんだ!?」

 

 バンッと叩き付ける様に置かれた日本銀行券の代名詞、一万円札に描かれた福澤諭吉が哀しそうに此方を見る。

 

「……一万円です」

「これが一万円だぁ!? お前うちの店を嘗めてンのか!? 偽札作るにしろもっと似せて作れ馬鹿野郎っ!」

 

 バンッとまた更に叩き付けられた福澤諭吉を守る様に男は叫ぶ。

 

「ぼ、僕の国ではこれが一万円なんです! 正真正銘の日本銀行券なんです!」

「……日本銀行券? おい斉藤、日本って知ってるか?」

 

 対面している店員が男の後ろに立っている店員へと言葉を掛ける。斉藤と呼ばれた男は首を振って「知らねっす」と突っぱねた。

 

「外国……? いや、そんな国は聞いたことないしな……まぁいい、いいか? これが我が国の最高紙幣だ。良くみてみろ」

 

 店員がそう言って差し出したのは男が見たこともない絵柄のお札で、福澤諭吉の代わりに王冠を被った王様の様な人物が描かれている。数字が10000と書かれている所をみると、この世界でも最高紙幣額は一万なのだろう。

 

「ほら、全然違うだろ? これが我が国の最高紙幣……一万栄光名誉君主降臨通貨券、略して一万円だっ!」

 

 結局一万円じゃないかと突っ込みそうになる身体を男はぐっと抑える。

 

「これがお前の国のお金なのかは知らねーがな、他所の国で勝手に自分の国の金を使っちゃいけねーよ。特に我が国ジャパンでは偽札を警戒しているんだぞ! というか入れる金が分からねーなら聞け!」

(ごもっともな言い分! しかしジャパンで一万円なのに日本で福澤諭吉じゃないなんて……何とも変な世界だ)

「大体だな、知らない国でいきなりパチンコなんてしようとしちゃ駄目だろ。その年なら独り立ちしているかもしれないけどそもそも──」

「そもそもパチンコというものはだな、初めは手打ちでしかも──」

「それでな、娘が最近冷たくてな。職に貴賤は無いといっても──」

 

………………。

…………。

……。


「つまり、つまり……ん、聞いてる?」

「聞いてますけど、ちょっと長いっす!」

「ん、んー……あ、すまんすまん。ちょっと話をし過ぎたな。まぁ今回は衛兵に引き渡さずに帰してやるから、勿論その金も返してやるよ」

 

 男は差し出された一万円を受け取り、頭を下げる。これでやっと解放されるかと思うと、身体中にどっと疲れが押し寄せた。

 

「あ、でももしお前がその金しか持っていないのなら不便だろ。換金してやってもいいぞ?」

「ほ、ほんとですか!? してくれるなら有難いっす!」

「俺も見たことが無い珍しい紙幣だからな、でも換金レートが分からねぇ……そうだ斉藤、お前は分かるか?」

 

 店員の長話も微動だにせず、ずっと立ったままだった斉藤はまたもや「知らねっす」と素っ気なく言った。店員はうーむ、と考え込んだ後、男に向けて「お前──」と口を開いた。

 

「ハンバーガーって知ってるか? パンで肉を挟んだ食べ物なんだが……」

 

 伺う様な言い方に男は微妙な警戒心を抱くが、質問には素直に頷いた。

 

「知ってます、日本では結構ポピュラーな食べ物でしたから」

「そうか! それならハンバーガー屋のマックドナルドは知ってるよな!?」

「マックですか? そりゃまぁ──」

 

 男は返事をしたが、そこで動きが止まった。

 

(マックでいいのか? マクドナルドはマックで間違いないが、マックドナルドはマックに換算して大丈夫なのか!?)

「おうおう! そのマックだマック! なら話は簡単だ、お前の国のその金で、ビッグマクドはいくつ買えるんだ?」

(ビッグマクド!? ビッグマクドは頼んでも出てこないぞ! いや、たぶんビッグマックみたいな物なのかな、それなら……)

「大体25個前後だったと思いますけど……」

「何だよ、うちの国と大体同じじゃねーか! ほら、それ出しな! この一万円と変えてやるよ!」

「あ、ありがとうございます! 助かります!」

 

 男は店員と互いに紙幣を出し合い、交換した。男がこの世界で初めて手にした価値ある紙幣である。これでビッグマクドが25個も買えるのだから男にはありがたかった。

 

「さ、ほら帰んな。ま、うちの店で遊びたかったらきちんとうちの国の金を持って来てくれれば文句は言わねーからよ。おし、斉藤、送ってやれ」

 

 店員の声に斉藤は「うっす」と返事をすると、ガチャリと扉を開けて男を見た。着いてこいとでも言いたげなその視線に男は素直に従い、席を立つ。

 

「すみません、それでは失礼します」

 

 男は最後に振り返って店員に頭を下げると、店員は物珍しげに見ていた福澤諭吉の一万円を机に置いて「おう!」と手を上げて応えた。

それから男は引き連られて来た道を今度は歩きながら戻っていく。やがてまた喧騒の渦とも言えるホールに戻るが、今日はどうにも気分が乗らず、先導してくれた斉藤に礼を言って男はそのまま店を出た。

 

「いやーとんだ目に遭ったな……まぁ金はあるしビッグ──マクドでも食べに行くか!」

 

 ホールの喧騒の残響が耳に残ったまま、男は大きく伸びをして気を落ち着けた。先程交換して貰った紙幣を取り出してみると、ここがどんなに日本と違うジャパンという異世界であってもやっていけそうな気がした。

 

「おい」

 

 男はゆっくりと歩き出した。

 

「おぉい! 何で無視すんだよぉ! こっち見ろこっち!」

 

 ぐいっと手を引っ張られる方に顔を向けると、そこには金髪の女性が立っている。男にはその女性に見覚えがあった、ギンギラ海パラダイスに座っていた女性である。

 

「待ってたぜぇ、おら、アタシにちょっと付き合えよ。な?」

「い、嫌ですけど!?」

「よーし、決まりだ決まり! 近くに良いセンベロ屋があるんだよ! おら来い!」

「嫌って言ったでしょ!? 話通じてねぇのか、あ……なんかお酒臭い! お前、酒を飲んでるな!?」

「飲んでたら悪いのかよ! お前がさっさと出て来ないから待ちくたびれたんだよ!! ほら、行くぞ!」

 

 女性は男の腕に絡み付く様に腕を組み、そのまま男を引き摺って歩いて行く。男は更なるトラブルの予感に頭痛を感じていた。

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