異世界玉球物語 ─パチンコ、パチスロハーレム物語─

@kokukosetsu

第1話 初めてのパチンコ(異世界編)

 時刻は夜の九時を過ぎたところである。疾うに日は落ち夜の帳が辺りを覆っているのだが、暖かな光を灯す街灯を尻目に煌々と下品な程の明るさと思わず耳を塞いでしまう程の騒々しさを放っている建物があった。透明なガラス越しに見える店内は豪華絢爛といった装飾をあしらわれ、更に規則正しく置かれた何かが所狭しと何百台も置かれているのが見えた。その建物は俗にパチンコホールと呼ばれる店である。

 

「…………ったく、やってらんねーな!」

 

 悪態と共にその店から出てきた男は勢い良く数歩進むが、そこでピタリと止まって振り返った。今、正にゆっくりと閉まろうとしている自動ドアの奥から漏れ出ている光と音が男の意識を捉えて離さない。しかしそれもドアが完全に閉まるまでの事である、音もなく閉められた自動ドアに溜め息を吐きながら男は歩き出す。

 男が無意識に上着のポケットを弄ぐると、紙切れが数枚と頼りにならない小銭が二、三枚手に触れた。他の上着のポケットやズボンのポケット、果ては下着の中を探ってみても男の荷物はそれだけである。

 

「……残り三万とちょっと、かぁ……」

 

 現代社会に於いて男のその手持ちは決して少なくはない、しかしそれが全財産となれば話は別である。ましてや天涯孤独の一人身で一人暮らしとあってはその心細さ足るや身につまされる物を覚えるであろう。

 

「家賃、光熱費、食費……っ」

 

 ぶつぶつと指折り数えながら男は途方に暮れていた。何度計算しても圧倒的にお金が足りないのである。やがて男は諦めるように肩を落とすと近くの自販機で飲み物を買い始めた。ちゃりっと小銭を手に出して確認してみると120円だったので、そのまま自販機に入れてギリギリ買えたコーヒーを飲み始めた。何時間も飲まず食わずで台に座り、疲れと乾きを覚えた身体に甘いコーヒーがみるみる染みていく。

 あっという間にコーヒーを飲み干し、男は缶をゴミ箱へと捨てるとカンッと乾いた音が辺りに響いた。そこで男は一息吐くと数分前の自身を思い出してしまい、自然と愚痴が口から溢れ出してしまう。それは自身への後悔から始まり、店への非難に変わり、更には台やメーカー果てには政府への不満までもが次々に溢れ出した。

 

「大体パチンコ業界もやれ出玉規制だの速度規制だのでどんどん性能は下がっていきやがる! なのに突っ込む金は右肩上がりだ! たった数年前と比べてみるだけで平均投資額は倍近くになっているんだぞ! 俺を殺す気か! 殺……いや、全財産が残り三万円なんて、もう死んだも当然……だな……はは……」

 

 自嘲気味な笑い声に合わせて握り締めた三万円がくしゃりと歪む。突如の暴挙に三人の諭吉も苦しいに違いない、男の愚痴は続く。

 

「出玉規制、速度規制、そしてイベント告知の規制の挙げ句に残ったのがあんなパチンコ台に夢も希望も見当たらねぇ6号機じゃ誰も浮かばれないよ……こんな時代に誰がした! 誰が望んだんだ! そして気付けば店に群がっているのは金儲けの亡者ばかりだ! どいつもこいつも業界の発展だの盛り上げる為だのと言いながら店の金を吸い上げて行く! その金は誰が出すんだ、誰から勝手に出しているんだ、馬鹿野郎ぉぉーっ!!」

 

 昨今の業界の惨状を鑑みれば男の慟哭も已む無しであると思う、男は憂いているのだ。しかしそれは金を失ってしまったからではない、男はパチンコが好きなのである。まだわかいなが過去数年に渡り人生の伴侶と言っても差し支えない程の付き合いを続けてきた業界が正に斜陽を迎えているのだ。それを思うと男の胸に一抹の寂寞感が募っていく。

 

「国がよぅ……俺には国が業界を潰そうとしているようにしか思えんよ。国の為にならないって言われたらその通りかもしれないけどさ、それなら国の為になるように国が先導してくれよ! 畜生っ!」

 

 誰に宛てるでもない言葉を宙に放ちながら、男はふんっと鼻息を鳴らすと安物のサンダルで歩き出した。

 

「国の為のパチンコか……公営パチンコ……出来るわけねぇよな。国が主導してくれればもっと自由な規制で台を作れるのかもなぁ……」

 

 男はぶつぶつ言いながら夜道の曲がり角を一つ、また一つと進んでいく。人通りの少ない道に入ると朧気な光で照らす街灯だけを頼りに進む。どれだけ冷静さを失っても男にとっては通いなれた道である、間違える筈もない。そしてこの最後の角を曲がると古ぼけたアパートが見えるのだ、誰が知るでもない男の安住の地は直ぐそこである。

 

「…………ん?」

 

 くいっと最後の曲がり角を曲がると強烈な違和感を男は感じた。

 

「…………んんんっ?」

 

 時刻は夜の九時過ぎ、だというのにこの明るさはなんだ。いや、これは陽だ! 確かに太陽の光が差している! そして、ここは──

 

「何処だ!?」

 

 男が叫ぶといつの間にか現れていた周囲の人々が一斉に男を見た。奇異の視線から逃れる様に男は慌てて振り返り走り出したが、その瞬間男の額に衝撃が走った!

 

「え、あばっ!」

 

 額からゴンッと鈍い音が鳴り響く。

 

「は、え、えぇぇっ!? か、壁!?」

 

 男は自身の額を擦りながら、先程ぶつかった壁を空いている手で擦ってみる。

 

「確かにこれは壁だ。俺はこっちから出てきた筈なのに……」

「おいおい兄ちゃん、大丈夫かい?」

「あ、あはは……すみません、俺ってば何だか疲れてるみたいで……」

 

 男は心配する声の主を振り返りながら頭を下げる。額の痛みに失態を犯した羞恥も併せて男は自身の顔が真っ赤になっている事を確信していた。しかしその紅潮しながら愛想笑いを浮かべた顔もまた直ぐに固まる事になる。

 

「え、犬っ? 犬が立ってる! 喋ってる!?」

「あぁっ!? おめぇ、失礼な奴だな! 今時は俺みたいな亜人は珍しくねぇだろ!?」

「は、あ、ちょっちょっと待って! 何なの!? 何なのなの!? ここは何処なの、どういうことなの……?」

「……兄ちゃん、ほんとに大丈夫かい? はぁ、ちょっとここで待ってな」

 

 その人は男と同じ程度の背丈だが、その顔はまるでドーベルマンの様な顔をしている。その犬が男と同じ日本語を理解し、あまつさえ自身の心配をしてくれている。男は頭がどうにかなりそうであった。

 

「ほらっ、缶の開け方ぐらいは解るよな?」

「はぁ……まぁ、大丈夫です……」

 

 犬に差し出された缶を受け取り、男は頭を下げる。缶のフォルムは男がいつも見ていた物と同じで、パッと見で350mlの缶だと分かった。

 

「さぁ、それでも飲んで元気出せって! それじゃ俺は行くぜ、じゃあなっ!」

 

犬は豪快に男の背を叩くとガハハと笑いながら歩いて行った。残された男は缶を手にしながら呆然と犬を見送っている。

 

「親切な人……いや、親切な犬の人だったな。しかしこれは一体何なんだ?」

 

 手にした缶は見たところ普通の缶ジュースと変わらないのだが、見たことのない名前に聞いた事のないメーカー名、そして不穏な「犬も満足、ワンダフルッ!」の煽り文句。自販機で買ったばかりなのだろう、缶自体はとても良く冷えている。

 

「これ、人も飲んでいいのかな……? うーむ、とりあえず飲んでみるか」

 

プルタブを引くとプシッと勢い良く音と飛沫が舞い、そこはかとなく甘い香りが漂ってくる。男は混乱した頭のまま、乾いた喉を潤す為に躊躇なく缶の中身を喉へと流し込んだ。「んっん……っ」と喉を鳴らしながら飲む液体は程好く冷えており、男が想像したよりも味も喉越しも満足出来る物であった。

 

「うん、うん……この味、正にワンダフルッ! ってこれ牛乳じゃないか。缶の牛乳って珍しいなー」

 

 男は飲み終えた缶を手に取り繁々と角度を変えたりして観察する。缶の名前は『フレキシブルサイザー!』、上部に描かれている恐らくはメーカーの名前なのだろう、『ダイナマイトミノタウロス』そして『犬も満足、ワンダフルッ!』の煽り文句。男が何度思い返してもこのような缶は見たことが無い、更に男の周りの建物と行き交う人々ですら違和感を感じずにはいられなかった。目に映る人々は先程の犬の様に色々な種族が混じっているように見える。

 

「なんだろなぁ、これ……夢かな?」

 

 むにっと頬をつねると馴染みの痛みが頬から伝わってくる。

 

「やっぱり痛い! となると……もしかしてこれって夢じゃないのかな、もしかして異世界って奴かなぁ……でもそうだとしたら俺はこれからどうすればいいんだろ……」

 

 立ち竦む男の前を様々な人達が行き交っている。犬も居れば猫も鳥も歩いていて、また中には男では判断できない種族も居た。男と同じ種族の人間が気持ち多めに歩いているのが男にとって気休めに思えた。

 

「ここで突っ立っててもしょうがないか、缶を捨てて歩いてみよう」

 

 男は缶を自販機の横に備え付けられているゴミ箱に入れると、ふと自販機を覗き込んでみた。やはり見たことの無い飲み物ばかりであったが、缶の下部に表示されている値札はおよそ全てに130と書かれており、男の世界と同程度の価値だと理解できた。

 

「130……円、だといいけど……」

 

 それはポケットの中の諭吉が諭吉としての存在足りえるかどうかの瀬戸際だといえる。もしこの世界で流通している通貨が円で無ければポケットの中の三万円の価値は藻屑と化してしまうであろう。

 

「考えても仕方ないよな、とりあえず向こうに行ってみよう!」

 

 やがて男は人の波間を縫うように歩き始めた。そこで男の目に映る物は見知らぬ異文化というには些か物足りず、何処か覚えのある物ばかりであった。建ち並ぶビルに耳障りなエンジン音を垂れ流して進む車、そして所畝ましと行き交う人々。そのどれもが男の知る物とは少し違うだけであり、それが偽物の様な感覚を男に与えた。

 

「俺の世界と殆ど何も変わらないな、言葉とかは通じるだけマシだけど……っとぉ!? あれは、まさか……っ!?」

 

 男が立ち止まるとそこから100歩程離れた所に見える建物に目が奪われる。これ程離れていても直感で理解出来る独特な作りの建物、それは数十分前にも訪れていた建物と同種であり、男の心を奮わせた。

 

「こ、この世界にもあるのか──パチンコ屋っ!」

 

 間違いない、違和感だらけのこの世界でも感じられる独特な雰囲気が男を惹き付け、男の胸に郷愁ともいえる思いが沸き上がっている。

 

「この世界にはどんな台があるのか確かめたい! あわよくば打って、そして勝ちたい……よし、入ってみよう!」

 

 男が足早に店へと急ぐと、その店は待ってましたと言わんばかりに自動ドアを開いて男を迎え入れる。そこを一歩踏み出すと耳を破らん限りの音が刺激となって男を襲う。男は更に歩を進めていく。

 

『え~いらっしゃいませいらっしゃいませ、当店自慢の銀の玉、弾き弾かれ銀の玉をお客様ご自慢の右手でどうぞ心ゆくまで捻り出してくださいませ。当店本日は大還元祭の真っ最中で御座います。あーっと! またまた375番台、375番台大当たりで御座います! さぁさぁ他のお客様もどうぞ遠慮なさらずに当店の還元祭をお楽しみくださいませーっ!!』

 

 ホールに響き渡る白シャツのマイクパフォーマンス、通路に所狭しと置かれたドル箱、激しく主張する台の音、そしてそこらかしこから響く玉の音。男は歓喜に打ち奮われていた。男の世界では失われていた、確かな過去の景色がそこにはあるのだ。

 

「おいおいおい、まじかよ! マイクパフォーマンスまでしてるとかこの世界には規制とかねーのか!? よーし、とりあえずこの店にどんな台があるのか見てみなきゃな!」

 

 男は手始めに一つの島を覗いてみた。そこは海の魚をモチーフにした台がずらっと並べられている。これは男の世界ではお馴染みのシリーズの台である。

 

「お、これは……ギンギラ海パラダイス! いやいや、なーんか俺が知っている台とは微妙に名前が違うんだよな。しかし見れば見るほどあっちの世界の台に似ている。海物語と液晶の図柄もほぼ一緒だ、あ……こっちは裏鮫の変わりに鮭が混じってる」

 

 このシリーズは此方の世界でも人気を博しているのか、ほぼ満席といった状況であった。座っている人種は様々ではあるが、皆一様に台と向き合って真剣さながらの雰囲気を醸し出している。

 

「だっ!? だっしゃ、きた、きたぞぉ! 本当に頼む、頼む頼むぜ海の幸ちゃんよぉーーっっ!!」

 

 突如として沸き上がった歓声に顔を向けてみると、金髪の女性がバッとハンドルから手を離し拝むかの姿勢で台を睨み付けている。魚群でも出たのだろうか、その鬼気迫る表情に男もつい足が止まってしまった。

 

「鮫でも鮭でもいいから止まってくれぇぇーーっっ! おおぉぉおぉぉぉおーーーっっ!!」

 

 ピロンッ! と気の抜けた音と共に止まった図柄はブランク図柄、つまりはハズレである。女性は「あぎゃ……っ!」と断末魔を漏らしながらガックリと肩を落とした。男は何も言わず立ち去ろうとしたが台の盤面に反射した女性の視線と目があってしまう。しまった、覗いているのを見られてしまったと男が思ったのも束の間、女性はバッと振り向いて声を荒らげた。

 

「んなぁにアタシの台を覗いてるんだよぉ! アタシのハズレリーチがそんなに嬉しいか、あぁん!? おぉん!?」

「そんなつもりはないです、すみません! あ、でもほら! またリーチが掛かりましたよ!」

「お? って泡も海の幸も出てこねーじゃねーか! こんなのハズレだハズレ! 当たる訳ねーだろ!」

 

 魚群演出を海の幸って言うなよ、食べる気かよ。男は心の中で思ったもののそんなことを口にすればまた絡まれそうなので大人しく口を紡いで黙った。女性の台は鮟鱇でリーチが掛かったままスクロールが続いている。

 

(エンゼルフィッシュを二回通りすぎたな。これだけ海物語と似ている台だ、もしかすると──)

「これ、当たるかもしれませんよ」

「……はんっ! そんなわけ──」

 

 ピロンッ! とまた気の抜けた音が鳴る。但し今度は鮟鱇をリーチライン上にバッチリと捉えての停止だ、つまり見事な大当たりである。

 

「おほっ!? おっほぉぉ!! あ、当たったぁぁーーっっ!」

 

 キュゥンッ! と女性と共に液晶の中で鮟鱇も嬉しそうに笑う。更に図柄はぐんぐんとスクロールしていき、海老図柄に昇格した。

 

「……うぅ、この瞬間が堪らねぇんだっ!」

 

 何処かで聞いた台詞を嬉しそうに言い放つ女性に男は「良かったですね、では僕はこれで……」と言ってそそくさと離れていく。これ以上絡まれてはそれこそ『堪らねぇ』からである。

 

「あ、おい! 待てよ! おーい、おいこらぁ!」

 

 女性はそう言いつつも追いかける素振りは見せない、大当たり中のパチンコ台からは例え地震が起きても離れないのが人の性なのである。男はそのまますっと別の島へと隠れる様に入っていった。

 

(あの女の人、口はかなり悪かったけどそれを補って余りあるぐらい美人だったな。しかし絡まれたのは俺も悪かった、人のリーチ中の台を覗き込むなんてトラブルの元だ。しかもここは得体の知れない世界だぞ、もっと慎重にならないと……)

 

 男が辿り着いた島には人も疎らであり、どうやら人気の無い台が置いてあるらしかった。

 

「夏野菜物語……ね」

 

 美味そうな夏野菜がモチーフであろう台に座ってみると盤面左の部分にはラッキーナンバーの説明が描かれている。

 

「ラッキーナンバー制の台まであるのか……ということは、つまりこの店は等価交換では無いという事だ。だけどいい加減に疲れたし、とりあえずこれを打ってみるかな……」

 

 男は意を決してポケットから諭吉を一枚取り出す。台の左上にはお札を入れるであろう機械が確認出来ている。後は諭吉をそこに入れるだけなのだが……。

 

「これ、入れていいのかな? 他の人達がどんなお札を入れているのかは分からないけど、お札がすっぽり入る形なのは明らかだ。この世界が俺の居た日本とそっくりとはいえ、日本のお金が使えるとは限らない……でもまぁ使えなきゃ戻ってくるだけだよな!」

 

 男の手にした諭吉がすーっと機械に飲み込まれていく。これが使えるのならば戻らずに飲み込まれたままになるだろう。

 

「戻って来ないな……もしかして使えるのか?」

 

 しかしその瞬間、店内にビーッ! ビーッ! とアラームの音がけたたましく鳴り響いた! その騒がしさに男も周囲の客も騒ぎ始めた!

 

『589番台! 589番台! 偽札を検知しました! 589番台! 589番台! 偽札を検知しました! 直ちに急行してください!』

「何だか騒がしいな……それにしても偽札とか物騒な物を持ち込む奴も居たもんだ……」

『589番台! 夏野菜物語! 589番台! 夏野菜物語! 偽札を検知しました! 直ちに急行してください!』

 

 未だに戻らずに飲み込まれたままの諭吉を前に、男は嫌な予感がして台の上を見上げる。男が座っている台の番号は──589番台。騒ぎの発端になっているのは間違いなくこの台であり、飲み込まれたままの諭吉なのだろう。男は全身に冷や水を掛けられたような冷たさを感じた。

 

(どうする……いや、どうなる!? まさか諭吉が偽札騒動になるなんて思わないだろ! 使えないお札ならペッて吐き出せばいいんじゃないのか!?)

『589番台! 偽札検知しました! 589番台! 偽札検知しました!』

「ほ、本物の日本銀行券なんですけど!?」

 

 男は堪らずに叫ぶ、しかしそれと同時に男の肩が優しく叩かれた。台の盤面硝子に反射して見えるのは白いシャツを着た大柄の店員らしき男。

 

「お客さん、ちょっとよろしいですか? ちょっと……事務所までお願いできますか?」

「…………誤解っす、違うんす」

「ゴカイもイソメもうちの店には置いてないんでね、とっとと来いっ!」

 

 店員は男の脇に手を入れるとまるで大根でも引き抜くかの様にずぼっと持ち上げた。

 

「面倒だから暴れるなよ、いいな!?」

「…………うす」

 

 男は成す術も無くズルズルと店の中を引き摺られていく、周囲の奇異の目に晒されながら脳裏に浮かんだのは未知のパチンコである夏野菜物語と、どうやらこの世界にもゴカイとイソメは存在するのだということであった。

 

「ん……あいつ、アタシから逃げたと思ったら店員に引き摺られてやがる。それにしてもあいつは何でアタシの台が当たるかもなんて分かったんだ? むぅー、もうアタシも形振り構っていられねぇし、どうにかして聞き出さなきゃな……」

 

 女性は引き摺られている男をじっと見詰めている、悲壮感すら籠ったその目付きとは裏腹にその表情は歓喜に満ち溢れそうである。それは女性の台がずっと大当たりを繰り返しているからである。

 

「ぐしししし……っ! さっきから連チャンが止まらねーんでやんの! 久し振りの大連チャンだぞぉ、今日こそはこの店をアタシの出玉で潰してやるからなぁぁーーっ!!」

 

 堪えきれない歓喜の声が溢れ出る。しかしその一方で何処からか悲鳴に似た声が立ち上る、そうした悲喜交々な様相が一つの店で何度も起こっているのがパチンコ屋なのである。


 

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