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しかし。ふと改めて、彼女の人生を言い表そうとして、口籠もる。
彼女の人生を悲劇だったとは思わない。故に、その顛末を口にする事自体に特別な躊躇いはない。だが、彼女の生涯を語る上で避けて通れぬものがある。それは、この世界の別の顔。それなくして彼女という人間について語るというのは、非現実的だ。
そして、彼女が見ていた世界についての話こそは、説明する事が極めて困難な内容だ。受け取った者が信じるか否かという一点で、主に。
かくいう自分も。言葉としてのみ、あの話を聞いていたならば。あるいはすんなりと信じれたかどうかは疑わしい。それほどに、彼女が見ていた世界というのは絵空事然としていた。
そしてまた。その絵空事は時に、ひどく残酷な側面を孕んでもいた。
ただ生きていく上で、それらに対しての知識などまるで必要ない。そもそも多くの人々は、そうした数多の異端の存在を認識すらしないまま…それでも不都合なく生きている。故に本来、そうした物らに纏わる事柄の幾つかを知る意義は一切ない。
「——あ!そういえば!」
流れた沈黙に耐えかねたのか。思い出した様に、口を開く。
「この間読んだ本!あれすっごく素敵だったんですけど、同じ様な本って他にもありますか?」
…半ば勝手に入り浸り、蔵書を読み漁っているものだから。正直直近でこの子が何の書冊を読んでいたかがさっぱりわからない。
「どんな内容の話だった、それは」
問い掛ける。帰ってきた答えは、またしても
「あれですよ!空飛ぶ光る鯨の話!」
なんとまぁ、懐かしいモノの話だった。
「…あれは特段、面白おかしい類の話でもないだろう。よりによって、なんであの書なんだ」
咎めるでもなく、純粋な疑念として尋ねる。
北の都に滅びを招いた、天空を往く巨大な魚影。それに纏わる幾つかの事柄とその顛末は、決して誰しもにとって幸福なものであったとは言い難い。
「確かに、多くの人が亡くなった事は痛ましいですし。その人達の家族の事なんかを考えれば、手放しに素敵、とは言い難いですけど…」
けれど。彼女の答えは、いつか自分が感じた争い難い感情と同じ地平にあった。
「目も眩む様に眩く、ひれ伏しそうなほどに巨大で、どこまでも悠々と空を泳ぐ。そんな姿は、想像しただけでも心が震えませんか?」
恐怖と羨望は同じ場所にある。
可憐な花が、人を死に至らしめるだけの毒を持つ様に。
災いを齎す嵐が、壮大さを持つ様に。
世界はただそこに在り、それを捉える者の数だけ映り方は異なる。それは確かに、紡がれた物語の様であった。
物語の中には世界がある。
同じ様に。世界はまるで、開かれた物語だった
「——
名を呼ぶ。ただそれだけの事に、少女は弾けんばかりの笑みを浮かべる。
「はい!なんでしょうか、新羅先生!」
罷り間違って自分などを慕ってくれている、自分よりも聡明であろう少女。その姿は、ただただ眩しいばかりだった。
その表情が
「自分はそいつに出会した事があるぞ」
言葉からニ、三歩遅れて。見たこともない様な驚愕を示したので、思わず吹き出してしまった。
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