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「お嬢さんが亡くなってから、これまで確認されることのなかった超然者がまた徐々に増えてきている。久世の異能が途絶えた今、新たな方法を考えなければならない、と都の方では割と大騒ぎになっているんだ」
家に戻る道中。僅かに疲れを滲ませながら、うんざりした様に肩を落とす。その姿に、彼の苦労が窺い知れた。とはいえ、言葉程の切迫感があるでもなし。存外余裕がありそうなその気配に、やや胸を撫で下ろす。
同時に。結局村では最後まで異端の爪弾き者だった彼女が担っていたこの世界への責務の重さと、それを失ってから慌てふためく人々の対比に、不謹慎とは思いながらも若干の小気味良さを覚える。
「それは大変ですね。解決の目処は立っているんですか」
「一応、お嬢さんの生前から有事の際の代替案はいくつか検討されていたんだけど…まぁ、難しいね。なにせ失われたのは始祖の異能。そう容易く換えが効くものではないのさ」
軽く相槌を打ちながら、家路を進む。ふと、先生が歩みを止める。何事かと自分も立ち止まり振り返る。先生は真剣な眼差しでこちらを見据えたまま、ある一つの提案を投げかけてきた。
「君さえ良ければ、新羅君。私と共に都に行かないか」
驚きはなかった。あるにはあったけれど、それは先生の言葉にではない。見透かされていた事実と、すでに失われていた先見の明に対して。
「君の自己評価は、私の君に対してのそれとは余りに乖離している。私が見てきたどんな者より君は聡い。異能を除くならば、私はお嬢さんよりも君を評価している」
耳がこそばい。知識人として長く尊敬していた人からの、偽りない褒め言葉。人から褒められたいという欲求自体さして感じてきた事はなかったけれど、確かに。こんなにも嬉しいものだとは、想像もしていなかった。
「君の勉学に対しての浅薄は君の責任ではない。整った環境で学びさえすれば、君は私の知る誰よりも優れた賢人になる。そう私は確信している。そして何より君は、見えぬ世界を理解する柔軟さに富んでいる。…お嬢さんが亡くなった今、世界はこれから一層混迷を極める。君が必要なんだ」
身の丈に合わない、余りにも仰々しい話だ。けれど、それを絵空事とはもう笑い飛ばせない。既にそれだけのものを自分は体験してしまったから。
想像する。常の人等には計り知れぬ異質な者どもについて、日が上り暮れるも忘れて学び続ける。決して辿り付かぬであろう答えを求め、その探究に生涯をかけて没頭する。心底心躍る人生だ。
けれど。
「申し訳ないですが、自分は行けません」
取り立てるほどに愛着がある故郷でもない。けれど、そこには護らなければならない家族や、自分を必要とする村の人々がいる。それらを投げ出して行く事は、出来ない。
それに、と思う。
今し方目にした景色は確かに、浮世離れした、途方も無く壮大なものだった。美しく、荘厳で、果てしなく気高いものに思えた。
では、日々が。常生きるこの世界が美しくはなかったのか。気高くはなかったのか。答えは、分かりきっていた。
「物語が嫌いなわけではありません。けれどあれらが真実であっても、自分の本当の事はあの村での今日までなんです」
超然たる者どもが住まう世界。それがこの世界の姿だとして。過ごしてきた今日までが間違っていたとは思わない。偽りなどでは断固として、ない。
結局のところ、どんな在り方を選び取るかという話。善悪も是非もない、どちらも同じ所に並び立つ現実。それ等は確かに、物語に似た世界の話だった。
「…君に振られるのは、これで二回目だね」
わざとらしくため息をつき、再び歩き始めるその姿が少しだけ可笑しくて。
「すみません」
等と軽く頭を下げながら、こちらも再び歩き出す。
「本当だよ。せめて少しくらい、悩む素振りを見せてくれても良いのに」
「…それはその内、合歓に文句を言っておいてください」
言葉に僅か、先生の目が見開かれる。
「……もしや書いてあったのかい?文に、何かこの事にまつわる事が」
苦笑いのまま頷く。これには、流石の先生も頭を抱えて「一本取られた」と嘆くしかなかった。
「全く聡明な方だ。私からお嬢さんに、君の話をした事なんてまるでなかったのに。恐れ入る」
朗らかな談笑。小さく二人笑い合った後で、ふと、先生が尋ねる。
「聞かれたくなければ、すまない。文には他に何か書いてあったのかい?例えば何か重要な話とか…」
言いかけた言葉を遮る様に首を振る。先生もそれ以上を追求する事はしなかった。
文には自身の出自、超然に関する幾つかの話、蔵書を自分の好きにして欲しいとの旨…先生の来訪の予見が書かれていた。その他に書かれていた重要な事は…ここで記す程の話ではない様に思う。
暫くの沈黙の後。
先生が「最後にもう一つ、お願いがあるんだが」と口を開く。
何かと思い耳を傾ける。傾けて…今度こそは確かに、その言葉に驚きを隠せなかった。
最後に頼まれた事。それは、彼女の文にも書かれていない内容だった。
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