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超然の者どもが、自分達と同じ形の命を有しているのか…それはわからない。そもそもがこの世のものならざる異質。その有り様を正しく推し量る事こそ不可能。救世によって齎された理も、知も。それが真に正しいかどうかは当の本人にしかわからない。疑わしさはいつだって付き纏っていた筈だ。
人々もまた、選び取った。未知の脅威に晒され続ける日々に心を擦り減らし、精神を擦り切らし、その果ての、終焉の見えない暗夜行路の円環に囚われ続ける事を拒み。手放しで信じられるとは到底思えぬ異端の存在と、その言葉を信じる事を。
そしてまた、救世自身もそれは同じだったのだろう。
生き物の命に貴賎があるとは思わない。全ては平等な、各々のただ一つだろう。けれど、人は他の生き物を殺める。
衣食住を満たす…もっと有体に、健やかに生きる為。ただその為だけに、人は他の命に手を掛ける。
悪い事だとは、思っていない。生きるために必要な殺生を咎めるつもりは、さらさらない。自分は教えを説く身でも、それに準ずる身でもないのだから。
生きる為の殺生に、善も悪もありはしない。自身が生き延びる為、他の種を踏み付ける。強きが弱きを踏み潰して繁栄する。自然の摂理として、ある程度までは仕方がない事だと思う。
人が淘汰されなかったのは、人が他の者共より強かったから。道具を扱う術であったり、本能を超える理論…智によるものであったり。そうした様々を活かし、生き延びてきたのだろう。
書冊に現れる異端の者共。それらは概ね、人にとって上位の存在。摂理を基に考えるならば、人こそが淘汰されて然るべき力関係。救世もまた、そうした一団の一つであったことは間違いない。
その存在が、人になる。超越としての存在ではなく、基準を同じくする命を有した一個の人間に成り下がる。その内心を、計り知ることは到底出来ない。そんな、自分の及びもしない選択を、救世はしたのだ。
「救世は自身を不死だと言っていたらしい。ともすれば悦楽の中永く生き続けられたその存在の在り方を、自ら望んで限りあるものとした。それでも、元より持ち得ていた異能の断片は手元に残ったらしい」
言葉は続く。
「人として生涯を全うした救世。そんな彼が遺した一族には、その超然たる異能が継承された。年月の移ろいに伴って僅かずつその特性を変えながら引き継がれた異能は、けれど、一様に未確定の確定という同じ結果を人々に
観測された事象を現実に縫い付ける。もしくは、挿げ替える。それは確かに、人智を遥か超える超能だ。
ただ、疑念が残る。
「救世は何故、そうした者どもの存在ごと抹消することをしなかったんでしょうか」
空想を現実にというならば、恐らくそれが最も手軽な根本解決策。ちまちまと、各々への対処法を概念として確立させるよりも、余程話は簡単だ。
愛なのか、それ以外なのか…そらはわからない。ただ、少なからず『人』というものに対して特別な感情を抱き、そんな人こそを救い出そうとしていた存在の行いとしては、違和感を感じた。
異能が齎す影響の範疇はわからない。それが出来なかったのか、それともしなかったのか。
歩みが止まる。こちらを向き直った先生の表情は、形容し難いものだった。
「それはわからない。少なくとも記録には残されていないし、真偽を確かめる術は最早どこにもない」
微笑んでいる様にも、泣き出す寸前の様にも見えるその表情から、彼の心の内を読み解く事は極めて困難だった。
「ただ。救世が滅びを選び取らなかった事が…本当はこんな事を言っても、思ってすらいけないのだろうけれど…間違いであったとは、私にはどうしても思えなかった」
「超然の者達がどこからやってくるのか…それは救世にすらわからない事だった。救世自身、自らの出自に関しては不明瞭な言葉しか残してはいない事からも、これは本当にそうだったのだろう。そもそもある限られた人間以外には見ることも聞くことも叶わない、真の異界の住人達。それらは、私たちの暮らすこの世界の一皮向こう…計り知れぬ場所からやってきている」
先生が地面を…自分達が今立っている場所を人差し指で指し示す。
「けれどその分断が極めて不鮮明な場所と時間が存在する。現世と異界の溶け合った、境界。今、私たちが立っているこの場所こそが、この近隣で異界と最も近い地点なんだ。そして夜…この時間が、僅かに開かれる異界の門の鼻先」
その指を、上へ。その先を追って向けた視線の先。
「あれが。この世界の本当の姿。多くの人々が生涯目にすることのない、超然の姿だ」
淡い若葉の色をした、鮮やかな光が、視界を奪い去った。
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