第34話 鉄と魔法


「鉄砲と呪いか……」


 グレンは呟く。

 その二つの組み合わせは何とも奇妙だ。

「呪い」と「祝福」は現代の魔法技術の源流とも言える存在だ。

 ただし、現代の魔法とは全く違う存在であることを忘れてはいけない。


 現代の魔法技術は体系化されており、同じ魔力、手順、環境で同一の魔法を使えば、同じ現象を生み出せる様になっている。

 しかし、呪いと祝福は「感情」や「想い」など、定数化出来ない要素を多分に含む。

 その為、魔法使いの中でも呪いを扱える者は「呪術師」、祝福の場合は「祈祷師」と区別して呼ばれる。それほどに、特殊な技術なのだ。


 誰もが使える様に作られた「鉄砲」と選ばれた者しか扱えない「呪い」の組み合わせ。

 そして、禁止されているマカナウィトルの密猟。

 教会の裏側を知るアリスには、これが偶然の様には見えなかった。


「私から聞くのもおかしい話ですが、本当に良かったのですか?」


 アリスはグレンの方に体を寄せて、不安そうな表情をしながら小声でそう尋ねる。

 今回の一件も、アリスの個人的な願いをグレンが聞き入れた形だ。

 それだけではなく、自分たちを追っているはずの創神教が関わっている可能性がある問題に自ら頭を突っ込む形だ。

 普通に考えれば拒否されてもおかしくないような内容だ。


 不安の滲んだその問いかけに、グレンは特段何事もないようにさらっと言葉を返す。


「答えは変わりません。ただ、繰り返しになりますが、危険だと思ったらすぐに手を引くこと。それだけ守って下さい」


「それはもちろん」


 大きく頷くアリスにだが、正直なところ、多分手を引かないだろうなとグレンは思っている。

 そう思いながらも、アリスの願いを聞き入れ、都市の存在まで教えたのには、当然理由がある。

 その理由は単純で、このまま逃げ続けるだけではグレンの願いは叶わないと感じているからだ。

 創神教の規模が大きくなればなるほど、二人の状況は悪化していく。

 となれば、地道な活動ではあるが、布教のために暗躍する創神教の活動を阻止することも必要だと感じたのだ。特に創神教の力の弱い東側であれば、なおさらだ。


 ……それに個人的な恨みもあるしな。


 一瞬、グレンの胸がズキっと痛みが走り、その歩みが止まる。


「グレンさん?」


「……すまん。知り合いがいたと思ったんだが、気のせいだった」


 幸い、痛みは一過性であったため、グレンはそう誤魔化す。

 そんなグレンにアリスは不思議そうに首を傾げている。


「……そうですか?」


「……口調が戻ってますよ」


「あっ」


 話を変える狙いも込みでアリスに小声でそう告げると、アリスは小さく声を上げて、両手を口にあてた。

 何とも分かりやすいリアクションにグレンは軽く笑うと、その足を進める。


 痛みが呪いから来ているだろうことはグレンも分かっている。

 しかし、グレンは呪いの解呪に積極的に取り組もうとはしていなかった。

 なぜなら、この呪いをどうしたいのか、自分でも分かっていなかった。

 解呪してほしい気持ちと同時に、そうして欲しくない気持ちも同じくらいあるのだ。


「それにしても、ほんとに鍛冶屋が多いね」


「別名、鉄の国。グラニオンはそう呼ばれているからな」


 気を取り直して、言葉遣いをかえたアリスの言葉にグレンはそう返した。


 大陸の最東端から南に進んだところに位置するこの国は、その領土に多くの鉱山資源が存在するため、採掘と鍛冶で有名な国だ。

 そして首都であるナカリアは商業的にも発展しており、装備を整えるのにも適しているのと、鉄砲の生誕の地であるため、二人はこの場所から聞き込みを始めることにしたのだ。


 ——この東側、特にグラニオンにおける創神教信者の少なさを教会は問題視しています。


 アリスからはグレンはそう聞いた。

 鉄砲と呪い、そしてマカナウィトルの幼体で一体何をなそうとしているのかは検討もつかないが、創神教が本当に絡んでいるならばロクでもないようなことであるのは確実だろう。


「とりあえず、装備を整えながら店で話を聞こうか」


「そうだね」


 二人はめぼしい店を探しながら街の中を進んだ。

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