鉄の病

第33話 変装

「ここは随分と雰囲気が違うね」


 赤茶色の髪を後ろに纏めた素朴な顔つきの少女が辺りをキョロキョロと辺りを見回している。

 そんな挙動に加え、その服装からも彼女がこの街の者ではないことは一目瞭然だ。

 脛を覆い尽くす長さの革ブーツに茶色のレギンスを履き、ベージュ色の麻のシャツの上からマントを羽織った姿は旅人らしい装いだ。


 街の人間ではなくても、彼女を見れば、田舎から出稼ぎにでも来た若い娘だと思うだろう。

 そんな、娘の隣を歩くのは、ありきたりな冒険者装備を見に纏っている青年だ。


 その青年——グレンは感心した様子で、その娘のことを見ていた。


「それを言うとアリスさ……」


「んん」


 若い娘、もとい、元聖女のアリスの咳払いでグレンはそう言い直す。


「リリーもずいぶんと雰囲気が違って見えるよ」


「そうでしょう!」


 グレンの言葉にアリスは鼻高々に答えた。

 そんなアリスの姿を微笑ましく思いながらも、当初、アリスは変装までは考えていなかったことをグレンは思い出す。


 ——身元を隠す為、私は人前ではリリーと名乗ります。それと、グレンさんは敬語も禁止です。


 目的地を決めた流れで、突然、アリスがグレンにそう告げたのだ。

 グレンとしては、藪から棒にその話が飛び出た訳だ。ただ、理由は言わずもがなであるため、グレンは驚きつつもそれをすんなり受け入れた。


 一方で、アリスにとってこれは突然の思い付きではない。

 二人が旅を始めてから、アリスはグレンとの距離をもっと縮めたいと思っており、旅の始まりの頃から考えていたことだ。

 距離を縮めると言っても、アリスが思っていたのは、敬称や敬語が取り払われたラフな関係だ。


 変なところで真面目なグレンは、前回の反省もあって、アリスにしっかりと歩み寄ったものの、雇い主の護衛と言う立場は律儀に守っているのだ。


 そんな訳で身分を隠すという口実の元、なし崩し的にフラットな関係性に慣れてもらおうというアリスの策がこれだったのだ。

 しかし、この策にはアリスが見落としている点があった。


 ——アリス様はどのようにして顔を変えられるのですか。


 そのグレンの問いかけに、アリスは気の抜けた声を挙げたのだった。

 アリスは自身の容姿についての認識はある。

 具体的には、人よりも見た目に優れていると自認していた。


 だが、客観的に見ても、少しどころか飛びぬけて優れており、彼女が纏う神秘的な雰囲気を含めて、男女問わず人の目を簡単に惹き、噂になるほどだ。


 グレンも要領が掴めていないアリスの様子を見て不思議に思っていたが、少ししてからアリスが自分自身のことを過小評価していることを理解した。

 そして、気恥ずかしさもあって、そこに触れ無いようにして、変装の重要性と目立たないための簡単な助言をしたのだった。


 そうして、呼び方と関係性の偽装のみならず、変装までをアリスはやることになったのだが、まさか、変装を魔法ではなく化粧でやってしまうとは、グレンも思っていなかった。

 その化粧の腕前も良く、少し日に焼けた肌にそばかすのついた素朴な顔立ちとなり、仕上げとして魔法で髪の色を変え、口調も砕けると、どこに行ってもしっかりと溶け込めるよう平凡な娘が出来上がったのだ。


 ……とは言え、わかる人にはわかるか。


 グレンは楽しそうなアリスの表情を横目に眺める。

 確かに、傍目に見ればどこにでもいるような娘だが、よくよく見れば、顔の一つ一つのパーツの美しさに気がつくだろう。

 鼻も高く筋が通っているし、大きく丸みを帯びた目と小ぶりな口が小さな顔にバランスよく収まっている。

 特に、その瞳に関しては、覗き込んでいると、そのまま飲み込まれてしまいそうな感覚に陥る——。


「私の顔に何かついてる?」


「うお!!」


 突然、視界を覆い尽くしたアリスの顔にグレンは仰け反る。


「あ、ごめんなさい」


「い、いえ。すみません、ちょっと考え事を」


 驚かしてしまったのかと謝るアリスにグレンは首を振る。

 むしろ、女性の顔をジロジロと見てしまったグレンが謝るべきなのだが、少し気恥ずかしく思い、誤魔化してしまった。


「考え事……。そうだね。あれについて調べないと」


 それを都合よくアリスは捉えてくれたのか、話は少し真面目な方向に向かっていった。

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