第31話 綺麗な嘘

 アリスとグレンは快晴の空の下、平原をのんびりと歩いていた。

 元より当てのない旅だ、あの「聖女殺し」の一件から時間も経ち、そして距離的にも離れた以上、慌てる事は何一つとしてない。

 そしてなによりも、物資が整ったのが、二人がゆっくりしている一番の理由だ。


「まさか、お菓子が手に入るとは思っていませんでした……」


 手に持ったクッキーを齧りながら、アリスは幸せそうな表情を浮かべる。

 それ程日持ちはしないものであるため、それならば、先日の一件のご褒美とし食べてしまおうと二人で決めたのだ。


「干し肉にパン。ポーション類も揃っていましたし、ありがたいばかりです」


「でも、本当に良かったんでしょうか……」


 アリスは少し不安そうに呟く。

 行商人が運んでいた荷物を依頼の報酬として貰おうと提案したのはグレンだ。

 アリスは最初こそ強く拒否したのだが、グレンの説得力のある説明によって渋々納得したのだった。


 あの二人が犯罪者で、マカナウィトルと戦うことはどう言うことか、それを聞いてしまっては、流石のアリスもグレンの提案に頷かざるを得ない。

 それに、追われる身で路銀も食料も少なくなった状態で綺麗事ばかり言っていられないのも理由の一つだ。


「マカナウィトル相手ならこれが報酬としても安いくらいですよ。それに、偽りの依頼は冒険者協会の中でもかなり罪が重い行為ですから、それの賠償も考えると慈善事業みたいなものです」


「ならいいのですが」


 言葉ではそう言っているが、アリスの表情はまだ晴れない。

 グレンはその理由を何となく察し、それを解消すべく話を続ける。


「あの積荷の中に集落の住民用の物はありませんでした。ですので集落の人達が困ることはないでしょう」


 グレンは集落の人間から、先日、行商人がこの集落に物を納めに来たばかりだと聞いていた。

 それに、菓子をはじめとして、宝飾品や武具など、嗜好品がその積荷の多くを占めていたため、それらがなくとも生活には影響を及ぼさないだろう。

 当然、保存食やポーション類、薬などは集落の住民にも貴重な品ではあるが、グレンもわざわざそれをアリスに伝えることはしない。

 綺麗事ばかりではこの先やっていけないのだ。

 それに、アリスに伝えた通り、もらった物資はこの一件の報酬としては安すぎるくらいだ。


「これであの二人も反省すると良いのですが」


「……どうでしょうか」


 僅かな逡巡しゅんじゅんの後、グレンはただ一言そう返した。

 あの後、グレン達はマカナウィトルと取引をしたのだ。正確にはアリスの要望をマカナウィトルに伝えたのだ。


 アリスがマカナウィトルに求めるのは集落の住民全員の安全だった。

 しかし、その提案をマカナウィトルは断った。

 少なくとも、自身の子供を傷つけた行商人と長は許さない、ということだ。


 当然だと思うと同時に、グレンは、やはり行商人と長がグルだと、その話で確信した。

 長がマカナウィトルに姿を見られていると言うことは、長もその場にいたと言う事なのだから。

 そして、行商人が逃げ切れたのも、長のサポートがあったからだと考えると話の辻褄が合う。


 その後、グレンは猛獣相手に必死に説得する少女と、その言葉に対して鳴き声や仕草で返す猛獣という奇妙な絵面を数分見ることとなった。


 結局、アリスの言葉から、二人の処分について揉めていることが分かったグレンが一つの案を出す事で話はまとまった。

 その案とは、グレン達がその二人を森へ誘導し、マカナウィトルはその二人だけををする、と言うものだ。

 そうして、行商人が回復したタイミングを見計らって二人と一匹はその計画を実行したのだった。


「あの二人には今回の一件をしっかり反省して、集落の皆さんに貢献してもらいたいですね」


「そうだといいですね」


 問題が一件落着したからか、手に持ったクッキのお陰か、グレンの曖昧な返事を気にした様子はなかった。


 グレンはあえて告げなかった。

 アリスとマカナウィトルとの間で「お仕置き」の認識に大きな齟齬があることに。


 きっと、それを知ってしまうとアリスは責任を感じてしまうだろう。

 今回の一件では、グレンとアリスは巻き込まれただけだなのだ。

 その顛末にまつわる責任を——命を、アリスが背負う必要はない。

 だから、グレンはそのことを心の中にしまった。


 これ以上この話をしてもいい結果にならないと、グレンは話を変えるために明るい口調でアリスに問いかける。


「聖女様、次はどこに行きますか?」


「グレンさん……。聖女ではなく、アリスと呼んでくださいと言ったじゃないですか」


「あぁ、すみません。それで、どこに行きますか?」


 反省した様子の見せないグレンにアリスはため息を一つ吐くが、すぐに笑顔を浮かべる。


「まぁ……いいです。次の行き先ですが、ひとつ気になることがありますので、次は——」


 二人の旅はまだまだ始まったばかりだ。

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