第30話 ほんの細やかな仕返し

「なんでお前がいる……」


 撃退されたはずのマカナウィトルの姿にブロアは震えた声でそう呟く。

 そして、震える体を何とか動かして、よ腰に下げた剣を抜いた。


 しかし、何の気まぐれか、マカナウィトルはブロアとの距離を少し詰めた程度で、それ以外の動きを見せない。


「お、おい、ロドリゴ。ボケっとするな。逃げるぞ」


「なんで、こんな。確かにあの時……」


「おい、何を言ってやがる」


 自身の後ろでぶつぶつと呟いているロドリゴにブロアが怒鳴る。


「だって……ブロアさん。おかしい、こんなこと!石なんです!」


「気が狂ったか!何言ってやが……る」


 あまりにも様子のおかしいロドリゴに、思わずブロアが振り返るも、その光景を見て言葉が詰まった。

 そこには、腰を抜かした様子で座り込んだロドリゴの姿があった。

 そして、その目の前には——一抱えほどある大きな石が鎮座していた。


「……どう言うことだ」


 ついさっきまで、そこには間違いなくマカナウィトルの幼体の姿があった。

 少し距離は離れていたが、それでも石と幼体を間違えるなんてことはあり得ない。

 それこそ、ある程度、位が高い魔法などで偽装されない限りは……。


 そこで、ブロアはハッとした。

 心当たりがあった。

 重傷を負ったロドリゴを一瞬で治してしまう魔法を使える少女がいたこと。

 深夜にマカナウィトルを撃退すると駆け込んできたこと。

 そして、つい先日、その撃退が成功したと、その女とその護衛の男が告げてきたこと。

 その全てがブロアの脳内で一本の線となる。


「……ハッ。ハハハハハ。計ったなぁああああ」


 ブロアが狂った様に吠える。

 先程まで、恐怖で震えていたのが、いつの間にか怒りによっての震えに変わっていた。


 あの女と男がどうにかしてマカナウィトルを宥め、ブロアとロドリゴを嵌めたとのだと、思い至った。、

 ブロアの目に復讐の炎が宿ると、その剣を持つ手に力が入る。


「あの女も。アイツらも。いつも騙されるのは俺だ!ふざけやがって」


 ブロアは激情のまま叫ぶ。

 元を返せば、その全てにおいて、自分に原因があるのだが、被害者思考でプライドだけ高いブロアはそれに気づかない。


「あぁ、あぁ……。助けて……」


 そんな情けない声をブロアの耳が捉える。

 ブロアは地面を這う様に逃げ出そうとしているその声の主を一瞥すると、そちらへゆっくりと足を進める。


「うぐっ。ブロアさ……ん」


 ブロアはその背中を踏みつけて、その動きを強制的に止める。


「お前があんな話を持って来なければ、俺はこんなことにはならなかった」


「ブ……ブロアさん。な、何を言って……」


「命で償え!!!?」


「ブロアさ……」


 ロドリゴが最後まで言い切る前に、鮮血が散る。

 ブロアはその体に蹴りを入れると、ジッとその行動を見ていたマカナウィトルを睨みつける。


「おい、何だその目は」


 剣と体を赤く染めたブロアから、唸る様な低い声が発せられる。


 ……あの視線だ。見下す様な、不快な目だ。


 その仕草と目から、マカナウィトルがどの様に自分を見ているのか、ブロアにははっきり分かった。

 種族の違いなど関係がない。

 それはブロアが嫌う、自分より格下の存在に対するものだった。


「……お前も。あの女も、あいつらも。全員、地獄に送ってやる」


 そう腹の底から絞り出す様に言ったブロアは、剣を握りしめてマカナウィトルへと駆け出した。

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