第29話 強欲

「本当に運が良かったな」


「そうですね。あの二人も何も知らない様でしたし」


 木漏れ日が差し込む林道を集落の長ことブロアとマカナウィトルに襲われた行商人であるロドリゴが歩いていた。

 ロドリゴが襲われてから二、三日しか経っていないが、アリスの魔法の効果は絶大だった様で、怪我をしていた様には全く見えない。

 二人とも全く警戒した様子もなく会話をしながら歩いているが、マカナウィトルの一件もあり、一応、腰には剣を下げていた。


「それにしても、あの二人は何なんですかね?」


「さぁな。何処かの変わり者の貴族の娘とかだろ。あの男はその護衛というところか」


「貴族にも色々あるんですねぇ。まぁ、あんな美人と二人旅なら、悪くないですけどね」


 そう言って鼻の下を伸ばすロドリゴを鼻で笑い飛ばす。


「はっ。やめとけやめとけ。あそこまでの上玉だ。後から何が出てくるのが分かったもんじゃない」


「そうかもしれないですが、何とも羨ましい」


 ブロアは欲だけは自分を遥かに上回るロドリゴを内心見下す。

 しかし、ブロアが自分の欲をある程度制御できる様になったのは、一度痛い目を見ているからであり、その点では人のことは言えなかった。

 なにせ、彼はほんの数年前までは貴族の次男坊であり、火遊びがすぎた為、家名を奪われ、国外追放となったのだから。

 その後、冒険者稼業についている中で行商人のロドリゴと出会うなど、紆余曲折あって、少し前に集落の長になることになったのだ。


「さて、お前の積み荷とマカナウィトルの幼体を確保してさっさと帰るぞ。でかいヤマが待っているんだからな」


「そうですね。幼体も買い取ってくれるそうですからね」


 そうやって二人は、この先手にする大金の使い道に思いを巡らせながら、森の中を進む。

 ロドリゴは金、女、酒といかにもな使い道を思い浮かべる中、ブロアはそうではなく復讐の炎を目に宿していた。


「おい、あれだろ」


「おぉ、あれですあれです。無事な様ですね」


 目印を頼りに森の中を少し入った二人は荷台車を見つける。

 足早に近づいたロドリゴは荷台に掛かった幕の中を覗いて、落胆した声を上げた。


「あぁ、やはり食物は全部ダメでしたかぁ」


 今回はそれなりに値のはる物を多く運んでいたのだが、全て跡形もなく無くなっていた。


「たかが食い物だろ。他の品はどうだ?」


「結構大変だったんですよ。店と交渉するの。他のはですね……」


 ぶつくさ言いながら、ロドリゴが荷台に掛かっている幕を全て外すと、そこには様々な道具や武器が載っていた。


「流石に無事ですね。それにしても、こんなの何に使うんでしょうね?」


「知るか。あの商人の言うことを聞いておけば金は手に入るんだから、いらないことに首を突っ込むな」


 その言葉にロドリゴも頷く。


「確かにあの商人、常にニコニコしているから気味が悪いんですよね。物も物ですしね」


 この荷台に載っているものは二人が街で出会った商人により預かったものだ。

 預かった品物を指定された町に届けるだけで、数ヶ月は遊べる様な額を提示された。

 それに加えて、マカナウィトルの幼体の遺体を商人に納めれば、品物の配送と同額を追加で貰えるという依頼だ。

 マカナウィトルの住み家とそのための武器、道具を提供されたあたり、その商人が真に狙っているのはマカナウィトルの幼体の方であることは二人とも察している。


「幼体も私達で売り払うのも……」


「やめとけ。マトモなルートでは捌けん」


 さらに欲が出たロドリゴをブロアが制止する。

 マカナウィトルの幼体は確かに提示された報酬より高値が付くが、二人が持つルートでは捌きようがない。


「あれですね」


 少し開けた所、その中央でマカナウィトルの幼体の様な生物が倒れているのをロドリゴが見つける。

 そして一歩踏み出そうとした所で、その足を止めた。


「これ、安全ですよね?」


「多分な」


 二人は辺りを見回す。

 この辺りだけ、森が荒れている。

 いくつか木が薙ぎ倒されているし、地面も荒らされている。

 よほど激しい戦いがあった様子で、あの二人組が嘘をついていない証明でもあった。


「さっさと回収してずらかるとしよう」


「そうしましょう。もう、あんな目は二度とごめんですから」


 二人は足早にマカナウィトルの幼体へと足を進める。

 そして、乾いた血溜まりの上に横たわるその体にロドリゴが手を触れた瞬間、恐ろしい雄叫びが後方から響いた。


 ロドリゴがその雄叫びで全身を固まらせた中、冒険者であったブロアが何とかその方向に顔を向けることができた。


「どういう、ことだ……」


 ブロアの視線の先には傷一つないマカナウィトルの姿があった。



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