第28話 小悪党
「おお!そうですか!ありがとうございます」
目を覚ました行商人がアリスの手を包み込む様に握っているのをグレンは冷めた目つきで見ていた。
「本当に貴方様には感謝の言葉しかありません。私の親友の命を救ったばかりか村の危険も追い払ってもらえるとは」
上機嫌な長もアリスにそう告げる。
一応、アリスの後ろに控える形でグレンもいるのだが、二人の目にはアリスしか映っていない様子だ。
「……あまり女性に無闇に触れるものではないですよ」
「こ、これは失礼した」
グレンが他所向きの冷めた笑みを浮かべながらそう言うと、圧を感じたのか行商人は慌ててアリスの手を離すと距離をとった。
……助けるんじゃなかった。
グレンのほんの小さなため息が耳に入ってアリスが苦笑いを浮かべた所で、行商人の青年が手揉みしながら口を開く。
「……所で私の荷車は無事だったでしょうか?」
「えぇ。私たちが最後に確認した時には無事でした」
「おぉ!それは良かった。あれは私の命ですからね」
随分と調子の良い行商人にグレンは呆れの感情しか出てこない。
そんな命を適当に森の中に置いて、違法な金稼ぎに勤しんでいたのは、どこのどいつだと問い詰めたい所だった。
「それと、魔獣の子供を見ませんでしたか?あの魔獣は子供も危険ですから、彼が痛手を負わせはしたようですが」
その問いかけに流石のアリスも固まってしまう。
グレンと事前に想定していた問答を悪い意味で下回った。
そんなアリスの様子を見かねて、その二人に呆れながらもグレンが言葉を返す。
「夜も深く、激しい戦いでしたので、ハッキリと視認はしていませんが、魔獣の側に何かがうずくまっているのはいた気がします」
「おぉ、そうですか。あれも危険ですから、倒せていたなら何よりです。報酬の方ですが……」
「それなら結構です。十分に頂きましたから」
今度はアリスが迷いなくキッパリと断る。
あらかじめ決めていた返答だ。事実、二人は報酬をしっかりと貰っていた。
「それはありがたい。我々の集落も余裕がある訳ではありませんから」
その割にな随分と下手の良い服を着ているな、とはグレンは内心思う。
それに、一枚ではあるが絵画が飾ってあったり、小物が飾ってあったりと、余裕のない集落の長の家とは思えない。
「我々はもうここを出ますが、荷車の回収の際に護衛はよろしいですか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、あの魔獣がいなくなれば私どもだけでも十分です」
「そうですが。それでは、これで私たちは失礼いたします」
「ありがとうございます」
「お気をつけて」
そんな言葉を背中で受け止めながら二人は集落の長の家を後にする。
そして、そのまま黙って集落の外まで出たところでアリスがため息をついた。
「何というか……予想を下回ってきましたね」
「ただの小悪党だったという事でしょう。ですが、予定通り少しくらい罰は受けてもらいましょう」
「そうですね。あの子とマカナウィトルの為にも、そして集落のためにもやるしかないですね」
「それじゃあ、お仕置きの時間と参りましょうか」
二人はそうやって森の中へと足を踏み入れた。
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