第26話 一吠
「こんのっ!」
畳みかけるようなマカナウィトルの攻撃は続く。
刃の様な鱗と鋭い爪を主体とした攻撃に、時折繰り出される嚙みつきと尾の一振り。
そのすべての攻撃が恐ろしい威力を持って、左右上下とあらゆる方向からグレンに襲いかかる。
グレンは何とかマカナウィトルの攻撃を捌き切れているとはいえ、精神疲労は重く、息も上がりはじめている。
作戦上の制約からではなく、文字通り反撃が出来ない程の猛攻を受けている。
そんな状況にいるグレンが狙うはただ一つ。
猛攻の最中、いつか生まれるはずのマカナウィトルの隙だ。
優位に立っているのはマカナウィトルとは言え、疲れ知らずという訳ではない。
必ず、攻め疲れの影響が出るはずだった。
そして、その予兆をグレンは捉えた。
……緩んだッ!
マカナウィトルの攻撃が僅かに軽くなったのだ。
こうなると、次の攻撃は大きくなるか、さらに軽くなるかだ。
そして、グレンの予想通り、マカナウィトルの攻撃が明確に大雑把になった。
先ほどよりも大きく振りかぶって、薙ぎ払うかのようにグレンに爪を振ったのだ。
随分と疲弊しているとは言え、待ちに待ったこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
グレンはその爪のギリギリの間合いを見切って、一歩だけ後方に飛び退く。
そして、その下がった勢いを反動に、一歩前に大きく踏み出すと、再びその鼻っ面に騎士剣をお見舞いしようと剣を振りかぶる。
騎士剣は鋭くマカナウィトルへと振り下ろされる。
そして、その剣は空を切った。
「……へ?」
グレンの視界の隅に映ったマカナウィトルはグレンの想像とは違って随分と遠くにいた。
マカナウィトルはそのわざとらしい大振りの薙ぎ払いのあと、その勢い止めずに斜め後方に体を引いていたのだ。
そして、半身をグレンに向けたまま、力を溜める様に地面を踏みしめる姿から予想できる次の攻撃は一つだった。
……誘われた!!
グレンは慌てて、回避行動に移るが、それを待ってくれるほどマカナウィトルは甘くない。
マカナウィトルは一気に溜めていた力を開放すると、引いた体を軸にぐるりと回るようにして、鋭い棘がついた尾の一撃をグレンに放つ。
「『吹き荒れろ』!!」
グレンは何とか間に合った短縮魔法を使うと同時に、体を守る様に尾に向けて騎士剣を掲げる。
「ごぁッ……」
しかし、その威力は先程までとは比にならないほどだった。
途轍もない衝撃がグレンを襲い、グレンはそのまま吹き飛ばされ、人形のように地面を転がる。
「はぁはぁ……」
何とか手と足を踏ん張ってその勢いを殺したグレンは地面に手をつくと、何とか上体を起こす。
体の所々がチクチクと痛み、じんわりとした熱を右半身から感じる。
身体中が傷だらけなだけではなく、恐らく、骨が折れている箇所もいくつかあるのだろうとグレンは過去の経験から判断する。
とはいえ、あの攻撃を受けてこの程度で済んでいるのは幸運というほかなかった。
無意識の内に風の魔法で自分を吹き飛ばしていなければ、間違いなく致命傷を負っていたはずだ。
それに、とグレンはそのままゆっくり体を起こすと視線を上げる。
その先には砂塵が巻き起こっていて、きれいにマカナウィトルとグレンを隔てている。
マカナウィトルの追撃がないのは、一か八かで使った魔法の多重起動《マルチキャスト》による妨害のおかげだ。
一つは、自分を吹き飛ばした風の魔法。もう一つが砂塵を巻き上げる魔法だ。
「さて……どうしようか」
笑いが漏れる。
今回は何とか命を繋いだが、次の手はもう無い。
先程の一撃で騎士剣を失い、魔力も僅かだ。
体は起こせたが、立っているだけでぎりぎりの状態でもある。
そんな打つ手なしの状態のグレンのタイムリミットは刻々と近づいて行く。
砂塵が晴れ、辺りを警戒しながらもグレンへと悠々と足をすすめるマカナウィトルの姿がその目に映る。
……万事休すか。
「すまん。聖女様……」
やがて速度を上げて、グレンへと迫り来るマカナウィトルを前に、グレンは目を閉じた。
そして、一つの鳴き声と共に、マカナウィトルの爪の一撃による風切り音が響き、グレンの髪を揺らした。
「……はぁはぁ。よかった。間に合いました」
「え?」
グレンに訪れたのは死ではなく作戦完了を告げる聖女の声だった。
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