第25話 肉薄

 ——見える。


 グレンが攻勢に転じてから何度目の交錯となるだろうか。

 激しい戦いが地面を荒らし、木々を傷つけていく。森の民がいれば怒り狂っているであろう程に激しい戦いだ。


 本来、マカナウィトルとグレンの戦いは一方的な戦いになる筈だった。

 しかし、相手を傷つけないという最低限のラインをグレンが守りながらも尚、その戦いは拮抗している。


 鉄よりも硬く鋭いマカナウィトルの刃の様な鱗と爪、そして鋭く棘のついた尾の一撃を、まるで美術品様な美しい剣が弾き返す。

 安物の剣ならとっくにひしゃげているであろうが、アリスの騎士剣はいまだに傷一つない。

 それどころか、重さも大きさも丁度よく、魔力の伝導率も素晴らしいため、文字通りグレンの手足ように扱うことができた。


「甘いッ」


 マカナウィトルの爪での一撃を、剣で完璧に受け止めると、グレンはそのまま剣の腹の部分でマカナウィトルのアゴをかち上げた。

 グレンとは圧倒的な体格差があるマカナウィトルがたたらを踏むほどの威力だ。

 全盛期に近いほどの力を発揮しているグレンだが、しかし、ここでは追撃を行うことはなく、後方へ下がり、間合いを取った。


 ……聖女様はまだか。


 グレンの額から汗がこぼれ落ちる。

 息も荒い、とまではいかないが乱れ始めてきている。

 いくら相手が強敵で、グレンの体が訛っていたとは言え、消耗のスピードが少しばかり早い。

 グレンはマカナウィトルの様子をうかがう。

 まだ顎を叩かれた影響が残っているのか、距離をとったグレンに攻撃を加える様子はない。

 それを見て、グレンはサッと剣に視線を落とす。


 ——少しでも体調に異変があればこの剣を捨ててください。


 剣を受け取る際に、少し悩んだ様子のアリスがグレンに告げた言葉だ。

 グレンは既にこの剣がただの騎士剣ではないことは知っているし、感じている。

 悪い意味で誤算があったとすれば、この騎士剣の性能が高すぎたことだろう。

 グレンは甘く見ていたが、確かに、聖女の武器といって

 昔の感覚を頼りに、なんとか制御していたものの、どうやらこの剣はそれを上回っていたようだ。

 奇妙な高揚感と体の好調も恐らく剣によるものだが、これ抜きで今までと同じように戦える程、マカナウィトルは甘くない。


 グレンがそんなことを考えている間に、マカナウィトルは先ほどの一撃から立ち直ったらしく、グレンとの間合いを測るように、そして揺さぶりをかける様に歩き出した。


 ……手詰まりとはこのことか。


 時間を稼がなければいけないのに、時間を稼げばその分だけ、騎士剣によってグレンが消耗してしまうという最悪の状況だ。

 そんな最悪な状況、しかし、グレンに強気な笑みが浮かぶ。

 過去に何度も似たような、いや、もっと酷い状況に陥り、それでも生き延びてきた経験がある。

 グレンは、自身へ向かって駆け出したマカナウィトルを前に、自身も足を前に踏み出した。




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