第24話 紙一重
……頼むぞ聖女様。
これから始まる死闘の予感に、グレンの鼓動が早くなる。
我が子を見失ったマカナウィトルはグレンへの警戒を怠る程に慌てた様子で、周囲を見回している。
そして、どこにもその姿が見えないことを理解すると、その犯人であろう目の前の男を鋭く睨みつけ、怒りの咆哮をする。
たった一吠えだけで、並の冒険者であれば身が竦んでしまう程の威圧感。
しかし、グレンはその程度では屈しない。
そして、今をもって、作戦の最終フェーズが始まった。
それはアリスによる治療が終わるまで、グレンがマカナウィトルの引き付けるという単純な内容だ。
しかも、グレンはマカナウィトルをに 極力傷つけてはいけないし、かつ逃してもいけないと言う、制限が課せられている。
これが依頼として出されていても誰も見向きもしないことうけあいだ。
グレンとしては可能な限り戦っていない時間を増やしたいところだが、頭に血が昇っている様子のマカナウィトルがそんな悠長なことをしてくれるわけがなかった。
ほんの一瞬の睨み合いの末、マカナウィトルは咆哮とともにグレンに駆け出すと、勢いのまま飛び掛かり、前足を振るう。
慎重さのカケラもない攻撃だが、その分当たれば一撃で終わりだ。
恐ろしい程の勢いと迫力のあるその攻撃だが、慎重に間合いを測っていたグレンには余裕があった。
マカナウィトルの攻撃をタイミングよく大きく横に飛び退くことで躱す。
勢いのまま飛び込んだマカナウィトルがそれを捉えることは叶わず、その前足は空を切る。
しかし、敏捷性に優れたその獣はすぐさま反転し、またもやその爪でグレンを切り裂かんと飛び掛かる。
それもグレンは難なく避ける。
先ほどよりも更に余裕を持って、無駄な動きを極力取らず、歩く様に躱してみせた。
そして、そんなやりとりを数回繰り返したところで、急にマカナウィトルが落ち着きを取り戻し始め、攻撃を止めた。
……早いな。
グレンは内心舌打ちをする。
今のグレンならマカナウィトルのスピードに対応できる。
そうであるなら、もう少しだけでも、がむしゃらな攻撃を続けてくれていた方がグレンは楽だったのだ。
先程の、余裕を持った回避方法も、挑発の意味を込めてあえて行っていたのだが、流石の賢いだけあって、マカナウィトルの切り替えは想定よりもずいぶん早かった。
「本当はもう少しそのままでいて欲しかったんだけどな……」
グレンはジリジリと間合いを測るような動きを見せ始めたマカナウィトルに気を引き締める。
今度は楽にはやらせてもらえない。
グレンは腰を落として、いかようにも動けるように体勢を整える。
きっかけはどちらだったか、小石と砂利の擦れる音が鳴ったのが合図だった。
マカナウィトルがたった一歩で十メートル近い距離を詰めると、右前足を素早く振るう。
先程よりも早く、コンパクトに振るわれたそれは次の攻撃までの速さを予期させるものだ。
今度はグレンも避けることをせず、騎士剣の面を合わせることによって上手く受け流す。
しかし、流石に全ての威力を殺し切ることは出来ず、後ずさる。
「……重っっ」
そして予想通り、間髪入れず振るわれた左前足を、グレンは後ずさった勢いを活かして後方にスウェーすることで躱す。
だが、まだマカナウィトルの攻撃は止まらない。
今度はグレンを押し潰さんと前足が振り下ろされる。
「ちッ……」
流石にこれはグレンも大きな回避行動を取らざるを得ず、転がるようにしてそれを回避する。
だが、グレンもただただ回避するだけではない。
砂塵を巻き上げる魔法を無詠唱で同時に使うと、自らの姿を隠す。
マカナウィトルはグレンの魔法に一瞬警戒する素振りを見せるも、それが目眩しだとすぐに看破する。
ならば、逃す訳にはいかないと、前に踏み出したところで、突然、鼻っ面に強烈な一撃を貰い、慌てて飛び退いた。
「……してやったり、だな」
退避したフリをしたグレンが、あえて前に出て騎士剣の面でその鼻っ面を引っ叩いたのだ。
完璧な読み勝ちだった。
不適な笑みを見せるグレンに、不機嫌そうなマカナウィトルは喉を鳴らすとまた睨み合いが始まる。
だが、その意識の全てが自分に向いていないことをグレンはマカナウィトルの目と耳の動きから見抜いていた。
アリスからの合図がないと言うことは、まだ治療中と言うことだ。
ならば、こちらからもある程度仕掛けて行かなければ、逃げられる可能性があった。
「攻守交代だ」
そして、グレンによる、足止めのための攻撃が始まった。
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