第23話 作戦開始

 グレンが使う魔法の気配に気がついたマカナウィトルが顔を上げる。

 そして、グレンの姿を認めると、唸り声を上げながら、幼体を庇うように前に出た。

 グレンも慎重にマカナウィトルとの間合いを測りながらその足を止めると、マカナウィトルと正面から睨み合う形で対峙する。


 ……とりあえず、ここまでは問題なし。


 グレンは緊迫感に包まれた中、まずはスタート地点に立てたことに胸を撫で下ろした。

 幼体が生きていることはもちろん、アリスの存在がマカナウィトルにバレていないことも雑な作戦の中で重要な要素だったのだ

 マカナウィトルは人間と同じく、魔法を使うときの気配を魔力から察知することができる生物だ。

 あえて目立つように粗く組み上げたグレンの魔法でアリスの精密な隠密魔法の気配を隠せたようだ。


「さてと。ここからもギャンブル続きだな」


 そうグレンは呟くと、右手に持った剣の感覚を確かめるように握りなおす。そして、小さく深呼吸をするとマカナウィトルに向かって駆け出した。


 常人ではありえない速度。しかし、マカナウィトルからすればさして脅威とならない速度だ。

 その証拠に、先手を打ったのはマカナウィトルだ。

 マカナウィトルはグレンが攻撃するよりも先に自身の凶悪な爪がついた右前足が振り下ろす。

 だが、先手を取らせることがグレンの狙いだった。


 マカナウィトルの強靭な前足から繰り出される致死性の攻撃だとしても、心構えとその備えをしていれば対処可能だ。

 グレンは振り下ろされた前足の力を逃がすために、剣を傾ける。

 耳障りな金属音と衝撃が剣に伝わるも、グレンはその攻撃を受け流しきる。

 そして、グレンはそのままマカナウィトルの脇をスルリと抜け切り、その背後を取った。


 マカナウィトルもそれにただただやられっぱなしになるほど愚鈍ではない。

 すぐさま尾を振り回しながら反転する。


「『閃光』」


 マカナウィトルが振り向いた瞬間、その視界が光で覆い尽くされ、甲高い炸裂音が聴力を奪う。

 マカナウィトルは混乱するが、本能でその場から大きく後退り、追撃を回避する行動をとる。

 しかし、その追撃は無く、数秒で戻った視界の先にいるのは剣を構えたままのグレン姿だった。


 その光景にマカナウィトルは違和感を覚える。

 そう。グレンだけなのだ。その後方、本来いるはずの我が子の姿が見えなかったのだ。



 =====



 背後からマカナウィトルの恐ろしい咆哮が響く。

 恐らくこれから、マカナウィトルの一方的な攻撃が始まるはずだ。

 アリスが出来るのは、グレンの無事を祈ることと、一秒でも早く治療を完了させることだけだ。


「グレンさん……。無事でいて下さい」


 作戦の第二フェーズ。

 それは、アリスが幼体を確保し、治療が安全にできる場所まで退避することを目標としている。


 そのために二人がした事はシンプルだ。

 グレンが魔法でマカナウィトルの気をひいている間に、隠密魔法を使ったアリスが幼体を確保して走って逃げただけだ。


 今回二人が選んだのは『閃光』という魔法で、相手を傷つけるのではなく、無力化することを目的とした魔法だ。

この魔法を正面から食らうと、数秒程度だが、目が眩み、聴力を奪われてしまう。

 視覚も聴覚も奪われ、混乱した状態で隠密魔法をつかったアリスのことに気がつくのは不可能に近い。


『閃光』は魔法の中でも簡単な部類に入る魔法ではあるが、マカナウィトルの目の前で戦いながらというのはリスクが大きい。

 それならばと、魔力は余計に使うが、魔法の発動を待機状態にするのはどうかとアリスが提案したのだ。

 それに、アリスを隠すという点でも先に魔法を準備していた方が都合も良かった。


 そしてアリスは予定通り、大型犬より少し小さなサイズの幼体を両手で抱えながら森の中を走っている。

 深夜帯であるため暗く、見通しの悪い森の中とは言え、数百メートルは離れておかないと危険だからだ。


 ……これは急がないとですね。


 アリスは幼体の様子を見て呟く。

 本当は暴れられることを危惧して、睡眠魔法も考えていたのだが、それをする必要がないほど幼体は弱っていた。

 体には二箇所えぐれたような傷があり、そこからは未だに血が流れている。


「この辺りならいいでしょう」


 アリスは少し開けた場所で足を止めると、ゆっくりと幼体を下ろす。

 そして、アリスはすぐさま治療に取り掛かった。

 本来であれば、一つの魔法で治療を完結できるのだが、今回は魔力量的な面でそれは出来ず、細かな作業と一つ一つやる必要があった。


 まずアリスは魔法で水を出し、傷口をきれいに洗浄する。

 そして次に、傷口の中に異物が入っていないかを確認するための探知魔法を使う。


 ……全部の傷口に何か残ってる。


 これでまた一つ、異物を取り出すという工程が増えたが、一々イライラしている余裕はない。

 アリスはすぐさま麻痺魔法を幼体に使うと、慎重にナイフを使ってその異物を取り除いていく。

 そして、取り出されたのは小石程度の大きさの鉄球だ。


「鉄砲の弾……でしょうか。しかも、呪いがかかってる」


 鉄砲の様な廃れた武器がなんで、という疑問が浮かび上がるが、アリスはその疑問を頭の奥へと引っ込める。

 まずは一秒でも早く治療を終えることだ。

 アリスは気合を入れ直すと治療へと取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る