第12話 魔獣

 アリスはもたれ掛かっていた柵から立ち上がると、腰に手を当てて、不服そうな表情を浮かべる。


「グレンさん。聖女呼びはダメですよ。この辺りも絶対に安心とは言えないんですから」


「それはそうですね。すみません、アリス様」


「アリス様って……まぁ良いですけど」


 そう言って頭を下げるグレンに対してアリスは眉尻を下げ不満げな様子を見せる。

 護衛として正式に契約するまではため口だったというのに、今では敬語に加えて「様」付けだ。

 その距離は縮まるどころか広がったわけだ。

 アリスは困ったように小さくため息を吐いた。


 そんな聖女のため息はほんの小さなものではあったが、グレンの耳に届く。

 しかし、グレンはそのため息の意味が分かっていながら、聞こえないふりをした。


「……」


 少しの罪悪感が胸に湧く。

 それが嫌ならば、愛想良くして、仲良くすれば良いだけなのだが、グレンはそんなに簡単に割り切れるほど器用じゃなかった。


 彼女がいわゆる「いい人」であるのは理解しているし、今グレンが生きているのも彼女の存在あってのことだ。

 それでも尚、彼女と親しくなる事を拒んでいるのはグレンの勝手な都合だ。

 そんなグレンの都合で彼女を困らせていることは分かるが、現状の関係を改善するつもりはなかった。


「ところで、話し合いはどうでした?」


 グレンが後ろ向きにアリスとの関係性に頭を悩ませているところにアリスから質問が飛ぶ。


「あぁ。無事、空き家を借りることが出来ました。ですが、代わりに仕事を頼まれました」


 アリスはその答えに首を傾げた。


「仕事ですか?どういったものでしょう……」


「魔獣を撃退してほしいそうです」


「また、一晩の宿の見返りとしては危険な依頼ですね……。グレンさんはどう思いますか?」


 魔獣とは有史以来、人類に被害を加え続ける生物だ。

 魔獣は基本的に交戦的で、戦闘能力が高い傾向にある。それに加えて、放っておくと大繁殖していることがあるという厄介な特徴もある生物だ。


 それらが一般的な野生動物と区別して魔獣と呼ばれるのはそういった違いがあると言うことに加えて、外見に見える大きな特徴が関係している。

 それは、魔獣の体のどこかに必ず魔石が付いていることだ。

 そう言った特徴から魔獣は魔力から生まれると言う話もあるが、その生態は詳しくわかっていない。


「相手次第かと。集落の人間が被害にあったわけでは無いようですので」


「どう言うことですか?」


「集落には結界石がありますので、集落自体は無事なようです」


 結界石とはその名の通り、結果石で囲った範囲に結界を貼る道具だ。

 魔獣などが跋扈しているのだから、城壁などが無い村や集落には必須の設備である。

 そんな結界石によって、森の中にあるこの集落の安全が保たれているのは子供たちの様子を見ても明らかだ。


「そうなるとなぜ魔獣の撃退が必要なのですか?」


「どうやら懇意にしている行商人が大怪我を負ったようです」


 アリスはそのグレンの言葉に真剣な表情を浮かべる。

 グレンは雰囲気が変わったアリスに少し驚いたものの、すぐに納得した。


「グレンさん、その行商人の方はどちらに?」


「集落の長の家に」


「行きましょう。私はこれでも治癒魔法については心得があるので」


「わかりました。こちらです」


そうして、グレンとアリスは集落の長の家に向かった。

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