死神さんの苦労と憂鬱
神柳 蒼
序章
死神とは、生き物に終焉をもたらすものであり、人間の生死にも深くかかわっている。人を死に誘うという神。つまり、人間の寿命は死神が決め、その者が生きた『物語』を終わらせるということである。
かなり便利な力を持つ死神。それを悪用しようとするものも少なくはなく、利用されるのももしかしたらあり得る話だが……
「異世界が飽和状態だから減らしてきてくれない?」
「さすがに冗談ですよね?」
だからと言って、便利屋ではないのだと、目の前にいる造物主に大声で叫びたかった。
死神(名前はまだない)は、大昔に造物主に作られ、今までずっと輪廻転生の輪に人間の魂を送っていた。そのころはまだ自我が薄かった。
そんなある日、少しずつ意識が鮮明になっていき、確立した自我を持ち始めたときに造物主からの呼び出しがあった。何かあったのだろうかと不安半分、期待半分で向かった先で言われたのが冒頭の言葉である。正直驚きすぎてせっかく鮮明になった意識が飛びかけかけた。
そんな衝撃発言をした造物主の見た目は、一見ただの子供だ。目が覚めるほどの純白から全てが飲み込まれそうな漆黒へのグラデーションがきれいな髪をみつあみにしている。
それに対して死神は、陰鬱な雰囲気をした少年で、黒に限りなく近い藍色をした長い髪を適当に結んでいる。
「冗談じゃないよ。ガチだよガチ」
「だからと言ってそんなこと無理に決まってるじゃないですかぁ!」
そんな真反対のような見た目をした二人の会話は、外見年齢と同じぐらいの言い合いだった。内容の規模は大きいが。
「そもそも、どうしてそんなことをするんですかぁ?」
「よっくぞ聞いてくれたね!」
造物主は腕を組んで、とても子供のような、いいことを思いついたといわんばかりの表情をした。誰が見てもわかるくらい、ものすごくうれしそうな顔だった。
そんな造物主を前に、死神は嫌な予感しかしなかった。行き場のない手で髪をいじる。できることなら逃げ出したいが、そんなことができるはずもなく、願いも届くはずがない。
「これはワタシの考えではないのだが、最近はテンプレをなぞった異世界が増えに増えてなんだかおもしろいことになっているんだよね」
「はぁ」
「似たような
「そうなんですかぁ」
「というわけで、テンプレどもをつぶして数を減らしたい」
「……もう、なんでもいですよぅ」
やっぱりろくなことじゃないしとても大変でめんどくさそうなことだが、拒否権はない。大体のことは有言実行する人だ。それも、悪い方向に。
(断ったら別の人が犠牲になるだろうなぁ。そしたらこっちは難を逃れるけど)
死神がどうにかして回避する方法を考えている途中で、造物主が死神の肩に手を置く。それもかなりの力で。どう頑張っても逃げれないようにされ、顔を覗き込まれる。どちらも子供の姿ではあるが、造物主のほうが身長は高い。目に光のない威圧感のある顔で気味の悪い笑顔を張り付ける。そう思ってしまいのは気のせいなのかもしれないが。
「やってくれるよね?」
あまりの怖さに死神は震えて首を縦に振ることしかできなかった。
それを見た造物主がパッと手を放して、笑顔を見せる。先ほどとは違って可愛らしい無邪気な笑顔だ。ただ、ここにはもうその笑顔にかわいいという感想をこぼす奴はいない。その裏にあるおぞましさを知っているからだ。
それでもこれだけはと声を振り絞る。言葉を発するまで待ってくれるのは、造物主に残った唯一の良心かもしれないと思った。
「休暇は、休みはもらえますか?」
「うん」
「やります」
休みがもらえる。つまり、今まで終わりの見えない作業じみたことを休みなく延々とやり続けていたが、はっきりとした終わりがあり、それでいて休みももらえる。これは確かにめんどくさいこと。しかし、休みがもらえるのなら一考の余地あり、というか願ってもいないことだったため、死神は即答した。
「さて、それじゃあまずは」
「はい」
「名前決めよっか」
「はいぃ?」
突拍子もないことにおかしな声を出してしまった死神に、だって、と造物主は言った。
「名前無いと呼べないし、それに、名前がないとみんな不便でしょ?」
「はぁ、そうですねぇ?」
造物主の急な言動には慣れたと思っていたが、まだまだ理解しきれていないとこは多いらしい。そんな態度が癪に障ったのか、襟元をつかみ引き寄せてくる。
死神が一番怖いと思っていることは、どんな言動をするのかわからないからなどではない。根元が分からないせいで、確立した一つのものがないせいで、行動が乱暴になることだ。それがいつ来るのかわからないから。直接手を上げることはない。だが、理解していても怖いものは怖い。
「ワタシの決めたことに何か文句でも?」
「な、なな、ない、無いですぅ!」
手が離れた瞬間手を伸ばしても届かない場所まで後退する。そこで、また機嫌を損ねるかもと不安になったが、両手を開けてひらひらと振ってさてと呟いた。
本当に心が読めたらいいのにと思う。造物主は今、名前を考えてうーんと唸っている。造物主は、存在を作り出すのは得意でも、名前を考えるのは苦手なのだ。下手をすると数日どころか数ヵ月かかるし、そのまま忘れられることもある。
どうかそうなりませんようにと願っていると、不意によしと声がして少し驚く。
「
「漢字はどうでもいいですけどぉ、いいと思いますよ?」
まあいい感じだなと思いながらうなずくと造物主もうんうんとうなずいていた。本人的にもうまくできたようだ。シカヅキもすぐに決まってホッとした。
「それじゃあまずは……」
「え、ちょ」
「なに?」
そしてそのまま話を続けようとした造物主に、思わず言葉をはさむ。
「えっと、ご自身の名前は?」
「あー」
盲点だったというような、そういえばそうだったなあというような様子に、思わずえぇとこぼす。
シカヅキは自分と造物主の二人の名前を決めるものだと思っていたのだが、この様子だと違うようだ。
「まあいいよ。どうせワタシのことなんて誰も興味ないでしょ」
「あはは……」
とことん自分自身に対する興味がないのも造物主の性格の一つなのかもとシカヅキは思い、それを口に出すのは絶対にやめておこうと心に誓った。
今更だが、今からやることはつまり一つの世界を壊すこと。
(かなり大変ではぁ?)
どうすれば世界を壊せるのか。簡単に言うが、実行するとなるとかなり途方もないことだ。しかも、言い方的にかなりの数があるということ。大変どころじゃない。死ぬ。
「そーんな心配しなくても大丈夫だよ」
ポンポンと背中をたたかれる。落ち着かせようとしているのか、ただただそう行動をしているのかはわからないが、落ち着きも何もしない。逆に緊張が高まる。
シカヅキの身は先ほどとは装いが変わっており、死神らしい黒いマントに大鎌を持って立っている。装いだけは完璧なのに、不安しかないせいで顔色は最悪だ。真っ青な顔は逆に死神らしいかもしれないが、そんなことを気にする余裕はない。
「その鎌はかすり傷でも、傷を負わせた相手の魂を無理やり引きずり出すことができるからさ、負けることはないよ」
「あ、あの、どうすれば、世界を壊すことができるんですかぁ?」
「ああ、そんなの簡単だよ」
なんだか楽しそうにしている造物主に、絶対ろくでもないことだなとシカヅキはヒシヒシと感じていた。自分ではよくわからないことに、というか、普通とは違った感性で、少しおぞましいことにウキウキワクワクしやすいのだ。
先ほどの貰った大鎌の説明からすると説明からすれば、やることは一つだろう。
「この世界はね、一つの主人公によって構成されているんだ。つまり逆算したら主人公を殺したらその世界は存在を維持できない。まぁ、つまりだね」
そこで一度切り、シカヅキに対して親指を立てて言った。
「主人公殺せばいいよ!」
「わぁわかりやすぅい」
説明は以上だと言わんばかりに、造物主の手に光が溜まっている。どうやら、その飽和してしまった異世界に飛ばすらしい。さらに緊張して、大鎌を縋りつくように握りしめる。
死ぬことはないとわかっている。死んだとしても造物主が何とかしてくれると信じている。
不安なのは、今までと打って変わって人の沢山いるとこでまともに動けるかだ。怖いが、耐えるしかない。
「ワタシとは念話的なものでつながってるから。標的は黒髪の男性で、複数人の女性と一緒にいる奴ね」
「複数人の女?!きm」
シカヅキが最後まで言い切る前に異世界に飛ばされる。後に残ったのは造物主だけだった。
何もない空間で一人佇む造物主。その姿は、見方を変えれば誰かを待つ人のようにも見える。
そして、『こちら』を見る。
「汚い言葉遣いはないほうがいいですよね」
それだけ言い残して、どこからか椅子を作り出し座る。
「ま、ワタシたちは見ましょうか、彼の雄姿を、ね?」
言葉の途中で飛ばされたことに不服を感じながら目を開ける。こういったことは初めてだが、よく聞く眩暈なんかは少しも感じない。
(そんなことがあったら、まぁ驚きますが)
そんなことはさておき、前を見ると、目を見張るほどの光景が目に入った。何だかすぐにでも目を背けたくなるような、見てるこっちが恥ずかしいことが繰り広げられていた。
一人のさえない黒髪の男が、胸のでかい複数の女に挟まれてもみくちゃにされている光景。そのさえない黒髪の男が標的なのだと、感覚的に理解する。
近づきたくないが、今からあいつを合法的に殺すことができると考えると、やる気がわいてくる。少しだけだが。それでも、近付く勇気までは届いた。一歩ずつ歩みを進める。そして、目の前につく。彼らは急に近付いてきた少年に疑問を抱きながらも、何かあったのかと視線を合わせてくる。
「どうしたの?何かあったの?」
囲むようにやってきた主人公とイチャイチャしていた人々。どうしても邪魔そうだなと思う胸に、少しだけ、何でこんなのが好きなんだろうと思う。
「あの、えっと…」
こんなことをする必要がないと気づくのが少し遅く、話してしまった。ただ、もうどうしようもないなとそのまま続ける。
「あなた、死んでくれますかぁ?」
瞬間、大鎌を振る。
さすが主人公に寄り付く人というべきか、全員を切り裂くことはできなかった。一瞬で距離を取り、戦闘態勢に入っている。
「なにこの子?!急に何なのかしら」
「全員、警戒しろ!」
もう意味ないんだけどなと思いながら、目を凝らす。見えなかったものが見えるようになっていることに気づいた。半透明な何か。それは線のようにシカヅキの手元まで伸びている。それをどうすればいいかはわかる。これは、人の魂だ。
「……えい」
それをつかみ、引っ張るように手を動かす。それだけでよかった。
大鎌で傷を負ってしまった数人の女が、糸が切れたように地面に倒れこみ、動かなくなる。対主人公のために作られた特注の武器だったが、本当に強い。かすり傷だけでも切られたら終わりだからだ。
「みんな!?」
「だめ!もうみんな死んでるわ……」
「貴様、よくも……!!」
ここでようやく主人公が剣を抜き、切っ先を向けてくる。少し怖くて肩を揺らしたが、すぐに取り繕う。
「その容姿でたぶらかし、人を殺す暗殺者か。ならば容赦はしない…!」
「んん?」
なんだか認識に齟齬があるような気がする。思い込みが強いのか、その考えで正しいと思っているようだ。生き残った数人の女も何も言わない。
まさかほんとにそれであっていると思っているのか。
「ちょっと───」
聞き捨てならないと思ってしまい、間違いを正そうとしたとき、嫌な予感がしてパッと後ろに飛び跳ねるように下がる。すると、先ほどまでシカヅキがいた場所の地面がえぐれ、きれいに整えられていた道や花壇などが周囲に散乱する。
直激したら確実に死ぬ。そう直感が示している。
気合を入れるために、持っている大鎌を固く握りしめ、目の前の男を見据える。
先ほどの攻撃をした一見好青年に見える男は、またこちらに剣を向け……
「俺は、この子たちを、みんなを悲しませるわけにはいかない……!死んでしまった子たちのためにも!!」
「だからと言って、こんな街のど真ん中で暴れるとか常識ないんですかぁ!」
『まぁ、何やっても俺なんかやっちゃいました?で済ませるからな』
急に聞こえてきた造物主の声は、何とも場違いな発言だった。
「ちょっと!?この人頭大丈夫なんですか?」
『いやー大丈夫じゃないね』
主人公の背後にいる女は、何ともうっとりした顔をしている。好きな人に守ってもらうというシチュエーションは、多分、とても盛り上がるのだろう。ただ、その好きな人は今、公共の場で暴れるただの野蛮人なのだと、そう言いたかった。
「この俺が相手だ!」
そう言って、もう一度剣を振りかぶる。
ゲェ!というカエルの鳴き声に似た声を上げて、周囲を見渡してから左に避ける。また地面がえぐれる。
もうちょっと被害を考えてほしいという願望を無視し、被害が少しずつ増えていく。後ろで棒立ちだった人たちも、思い出したかのように動き始める。
補助魔法でもかけたのか、動きが速くなり、一つ一つが重い一撃になっていく。つまり、それらを避けていると町の一角が崩壊するということで。
「……」
少し切れたのちに、大鎌で剣をたたき割った。
主人公は驚愕した顔をしているし、女たちも絶望した表情をしている。そして、急なことで避難できずにいた町の人々は、見るからにホッとしていた。
「あのさ、正義を振りかざすのは勝手でいいけどさ」
「な、なん」
一歩ずつ後退する。それに合わせてシカヅキも一歩ずつ前に出る。
「君の皆の中って、この町の人とか入ってないの?随分狭いんだね」
「…っ!」
そこで惨状に気づいたのか、ようやく顔を青ざめて周囲を見る。しかし、もう手遅れだった。
数分前までは期待とあこがれや、少しの嫉妬などの目で見られていたのに、今では恐怖と失望などしかない。しかも、うっとおしそうに見たり、中には殺意を覚えた人もいるだろう。
『こういう人って、見かけによらず?自分のことしか考えてないからね』
「もういいですかぁ?僕も限界です」
『いいよ』
「お前が悪いんだ。お前が俺に街を壊させて悪役に……!」
うだうだとどうでもいいことを並べる主人公の首を狙い、大鎌が命を刈り取る。首が飛び、魂を引きずり出す。
女たちは泣き崩れ、町の人々は感謝を示すように膝をつき拝み始める。
つくづく、人って現金だなぁと思い、魂を見つめる。嫌になるほどの正義の色と、身の丈に合わない力が混ざり合う、気持ち悪い魂だった。
(みんな似たような感じだよなぁ。何で自分が絶対的な正義だと思えるんだろう)
『じゃ、回収するね』
考えても無駄だと放置して、シカヅキは造物主のもとに帰る。
残ったのは、妄信した正義に振り回された女と、それによって被害を受けた町の住民だけだった。
「お疲れー。思ったより何とかなったね」
「いや、もう、疲れましたぁ」
帰ってきたシカヅキは、その場でへたり込んで全身で疲れたとアピールをした。ただ、これで一個終わりと考えたら、かなり楽なのではと考えかけ、ふと尋ねる。
「そういや、あとどれくらいなんですかぁ?」
「うん?わかんない」
は?という声が出そうで出なかった。その口の形をしたまま固まった。
少しの静寂が訪れ、造物主がだからと続けた。
「わかんないよ?だって、どれだけあるか把握してないもん」
「ええぇ……」
つまりは、少し違った終わりの見えない仕事ということ。
「もう勘弁してくださいよぉ」
シカヅキの憂鬱はまだ始まったばかりである。
死神さんの苦労と憂鬱 神柳 蒼 @kamiyanagi177
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