昔語り



 初めに光りあれと言ったかどうかは分からないが、今から千五百年くらい昔の話らしい。

 当時の神様の世界は順風満帆だったそうだ。神様を信じる人たちが世界の大半を占め、彼自身はその信仰を糧として絶大な力を誇った。

 神様は人間の信仰心に依存し、人間は神様の見返りに依存した。

 そう、神様は時折、その奇跡的な力を振るうことで信仰を集めていたという。

 ある男は国の権力者に上り詰め、あるものは長寿、あるものは自身のための幸福を得た。富、名声、権力。ありとあらゆるものが飛び交ったそうだ。

 結果、自称神様はこの上なく本当の神様になったし、人間たちはそれぞれの幸せを求め、そして、混沌に陥った。


 まあ、当たり前だろう。


 神様は途中で気が付いていたようだが、止められなかったらしい。

 求めよ、されば与えられん。

 人は求め付け、自分勝手になったわけだ。願えばかなえられるのなら、そりゃそうなる。


「わしも調子に乗っとったんじゃな。若かったし」


 自称神様はそう言って、笑いながらグラスをカウンターに置いた。

 いや、神様って歳をとるの?知らなかった。


「そりゃ、生まれた時から成人の神様もいるが……わしは成長するタイプじゃったな」


 成長したおかげでいろいろ気が付いたということか。

 とにかく、神様は自分が願いを叶えることで力が増し、さらに新しい願いを叶えていった結果、世界は争いに包まれた。

 大乱があちらこちらで頻発し、やがて世界は滅ぶ寸前までいった。

 ところがさすがは神様。このピンチもやっぱり奇跡で打開した。

 世界平和。

 深い信仰心を持った聖職者のその祈りを叶えた途端、世界の争いは鎮まった。

 もっとも、話はそんなに簡単ではなかったようだ。

 どんな奇跡で戦争を止めたのか、酔っ払いの自称神様は教えてくれなかったが、どうにかして戦争を止めた。けれども争いは終わったが、混沌は続いている。

 信仰心が揺らげば不幸が待っているし、信仰心を持ち続けたとしても、神様の目が届かなければ願いも叶わず貧乏くじを引く。


「いや、どうかしておったんじゃな、あの頃のわしは」


 街の外れの少し寂れた居酒屋で酒浸りの日々を送る今もどうかしてると思うが、口には出さない。本当に神様ならバレてるだろうけど。

 閑話休題。

 神様は悔い改めた。人間たちとは少しだけ距離をとり、叶える願いも日常のささやかな幸せにかかるようなことに絞った。

 以前のような大きな御利益が減り、当然のように神様に対する信仰も少しずつ弱まっていく。反対に、人類は長い時間を掛けて復興し、科学を進歩させていった。

 争い後の分断の世界が、ひとつの政府に委ねられたある時、一人の天才科学者が現れた。

 彼はあらゆる技術を駆使して、そう遠くない未来に、自分たちの世界に空から大きな石の塊が落ちてきて、世界が滅びると予言した。


「つまり隕石のことじゃな。百年後くらいというんで、わしもびっくりして調べてみたらホントじゃった」


 いや、先に気づくべきでしょ。アルコールが充分に染み渡った脳みそを回転させながら自称神様に言ってみる。


「いや、だいぶん信仰が減って、わしの力も減っとったからな」


 それでも、奇跡を起こしてどうにか出来たんじゃないのだろうか?


「うん、ちっちゃい願い事を叶えすぎて、大きい願いを叶える力が足りんかった。裏目に出たな」


 ポイントカードみたいな神様だな。


「じゃが人間というのはすごいものじゃな」


 自称神様は感嘆のため息を漏らした。

 人間は当面、世界をどうにかする方法を考えた。だが、距離もあるし隕石も大きく諦めた。そして、この世界から逃げ出すために知恵を絞った。

 結果、培った科学の力でとてつもなく巨大な船を作り始めた。

 最初は空に。そして、ある程度建造が進むと、さらに空の上の宇宙に。

 さすがに宇宙は神様の管轄外だったようで、ただ、遠くから見守ることしか出来なかったそうだが、人間たちは建造を続けた。

 要は、隕石がぶつかるんなら逃げ出せばいいじゃない、ということらしい。

 非常に短絡的な気はするが、これは大正解だった。

 船の大きさは、瞬く間に空を覆い尽くすほどになったという。まずは外骨格を作り上げ、そこに内装や必要な機能を作り上げていく。

 しかし、問題もあった。

 エンジンの開発か上手くいかなかったのだ。理由はひとつ。船が大きくなりすぎたからだ。

 そもそも、なぜ船は大きくなったのか?大きくなりすぎたのか?

 それはすべての人類が一緒に脱出をしようとしたからだ。戦争による混乱から立ち直る過程で生まれた世界政府は人類平等を謳っていたから、当然の帰結かもしれない。

 増えた人類をすべて乗せるには、超巨大な船が必要だった。

 だがエンジンが作れない。計画は走り出している。いまさらエンジンが作れませんとはいえず、船の建造は進み続けた。

 やがて、船体の建造のための資源が底をつき始めた。たが、ここでも止まれない。


「なんというか、わしも止めることができんくらいに熱狂的な雰囲気じゃったなあ」


 なんでこの老人は遠い目をしているんだろう?無責任だな。


「なんじゃと?しかたあるまい。わしは科学には疎いんじゃ。酒があって奇跡が起こせれば神様になれる資質はあるということなんじゃから」


 なんと、中身まで老人だな。まあ、一理あるかもしれない……あるのか?他の神様に失礼だろう。

 やがて、地上は掘り返され素材は発掘された。ありとあらゆる部分が削られ、星は半分になり、素材という素材はすべて船に転化された。

 船は星と同じくらいの巨大さになった。そのころには居住区はとうに整備され、人類のほとんどは宇宙船に移り住んでいたから、日照問題も表沙汰にはならないで済んだ。

 星は本来の一割も残さず使い尽くさた。宇宙船に森や山や海や、生き物にいたるまですべてが移された。

 やがて星の最後に残った核の部分も冷やされ、金属として加工され、外装に使われた。

 そして、船は完成し星は消滅した。というか、これはもう、新しい一つの星が生まれたようなものだ。質量が集まりすぎたせいで重力も発生している。

 星と呼ばずして何と呼ぼう。

 もとの星のすぐ隣に、船の形に近い平べったく伸びた大地をもつ星が出来たのだ。たった百年に満たない期間での建造である。


「順調じゃったよ。エンジンがないということを除けばな」


 え?マジ?それは順調なの?


「……順調ということにしとったよ?一部の役人以外は知らされてなかったがの」


 本末転倒だろうそれは。脱出するための宇宙船にエンジンがないって……なんのコントだ?笑い話にしても度が過ぎている。


「で、いよいよ隕石が近づいた時、またまた頭のよいやつが現れての」


 賢さとはどんな基準なのだろう?心配になってきた。


「隕石の観測して難しい計算をした。その結果、船……というか新しい星にはギリギリ当たらないことが分かったんじゃ」


 それは、よかった。


「で、政治家の一人が言いおったわ。『あれ?これもうエンジンなくてもいいんじゃね?』」


 確かになくてもいいかもしれない。影響が出ないのなら。

 結局、隕石は当たらなかった。

 だが、念には念をいれた政治家たちは、人類すべてをいちど冷凍睡眠装置に繋ぎ、時間と記憶を奪ったらしい。

 睡眠装置にいる間に、船は移動し、また、戻ってきたという体だ。

 本当にそんなことが上手くいったのか?


「いったんじゃよ、これが。非常事態というのは恐ろしいものじゃな」


 でも、問題は残った。主に神様に。

 管轄だった世界を失い、ほとんど力を失ってしまったのだ。わずかに隠れて信仰を続けている人たちがいるようで、自身の存在を残す程度には力はあるものの、それが精一杯だそうだ。奇跡などの欠片すら、起こす力はないらしい。


「それが悲しくて悲しくての。わしは酒浸りの生活をおくっとるんじゃ」

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