カーチェイス
(忘れ物はないな)
仮眠をとり、体力も問題ない。ナノマシンデバイスのエネルギーも充分だ。仕事用の黒いバンのエンジンをかける。モニターには20時40分の表示。時間通りに着くだろう。道中お気に入りの音楽をかけながらアンナの待つ隠れ家へと向かう。アタッシュケースが運転の振動で音を立てる。
(何が入ってるんだろうな)
どうでもいいと言えば嘘になる。小さな好奇心がこちらを覗く。この重さで換金できるものは何だろうか? 現金ではないなら……いや考えても仕方ない。いつも通り人を一人街から出すだけだ。それだけを考えておけばいい。厄介事はごめんだからな。
雑居ビルの階段を上がり、ダミーのテナントが入ったフロアへと入る。
「ん?」
鍵がかかっていない。
(不用心だな)
ドアを開けて直ぐに引き返す。
(もぬけの殻じゃねえか!)
デバイスを開き、アプリを起動。アンナには発信機を付けてある。反応はこの場から離れていく。
「車か!」
バンに乗り込み追跡する。人気が無い郊外へ向かっている。
「くそ!」
車通りがなくなり、工業地帯を進む。発信機の反応が止まった。
「バレたか?」
限界までスピードを上げる。明かりの少ない道を漆黒のバンが駆け抜けていく。やがて、発信機の反応のある場所まで辿り着いた。
「倉庫か?」
敷地の外に車が一台停まっている。ボンネットは暖かい。駐車されてからまだ間もない。
「中か」
フェンスで囲まれた敷地に入る。センサーやカメラの類いはないようだ。
(暗いな)
敷地に入ると街灯が届かず、倉庫に電気が通っている様子もない。閉鎖されているのだろう。大きな倉庫の周りを慎重に歩きながら侵入経路を探す。正面の大きな搬入口から入れば直ぐに悟られるだろう。
人が通れる程度の通用口を見つける。鍵はかかっていない。
(どこだ?)
事務室を抜け、倉庫の広い空間へと進む。資材や重機が置かれたままになっている。
「……ってば!」
遠くからアンナの声が聞こえた。
(あっちか)
綱吉がいる場所から真反対の方面から聞こえた。はやる気持ちを抑えながら声のした方へと進む。物陰から物陰へと移動していき、声のしたあたりまで近づいた。暗がりでわかりにくいが、アンナはロープで柱に縛られている。アンナの正面には男が立っているようだった。
「本当に知らない! 持ってないの!」
「ウソヲツクナ」
「信じてよ!」
男は不自然な発音で話している。アンナは泣き出した。
「助けて……」
「ダメダ……ハナサナイナラ……イタミヲアタエル」
「いや……」
男はフラフラと奥へ歩いて行った。
(今だ!)
静かに駆け寄りデバイスを起動。アンナに声を出さないようにアイコンタクトを送る。紫の光が手元に集まり糸鋸を発現。ロープを手早く切った。
「歩けるか?」
アンナは力なく頷き、俺はアンナの手を引き走る。
「ダレダ!」
(気づかれたか!)
振り向かず来た道を走る。バンまで辿り着き、急いでエンジンをかける。直ぐに発進。
(人通りの多い方に行くか)
人目についた方がいいと判断した俺は街へと車を走らせる。先ほど停車していた車がバックミラーに映る。
「速ええな! アンナ! 捕まってろ!」
アンナは手すりに捕まり踏ん張っている。安全運転してられない。後ろの車との距離はジワジワと縮まっている。
「くそ!」
アクセルを全開で踏み続ける。街灯が増えてきた。建物も増えてくる。
「撒けるか?」
バックミラーから車のライトが反射する。大きな衝撃がバンを襲う。追突させてきやがった。
「ふざけんなよ!」
右に左に交差点を抜け、路地を抜ける。入り組んだ場所へ入ると、後ろの車の気配が消えた。
「アンナ。このまま街を出るぞ」
「はい」
予定していた仮の寝床へと向かう。どうやら先ほどの男は俺たちを見失ったらしい。タバコに火をつけた。
「ふーっ、大丈夫か?」
「ええ……ありがとうございます」
「なんなんだあいつは」
「分からない。綱吉さんかと思ってドアを開けたら……あの男が立っていて……」
「で、ああなったのか……」
「はい……」
――街の反対側まで車を走らせた。道中会話はなかった。ふと、アンナが口を開く。
「あの……トイレに行きたいです」
「駄目だ。我慢しろ」
「無理です! ずっと我慢してます!」
「街を抜けるまでは駄目だ」
「お願いします! 限界なんです!」
一刻も早く街を抜けたいが、仕方ない。
「わかった。この先のコンビニまで我慢しろ」
「わかりました……」
駐車場の広いコンビニに駐車し、アンナをトイレに行かせた。
「早く戻ってこいよ」
「はい」
俺は再びタバコに火をつけこの先のルートを確認する。この先は再び人通りの少ない地域だ。来た道の方を警戒しながら何本かルートを立てる。二本目のタバコに火をつける。仮の寝床へとアンナを運んだ後のプランを考える。あれほどの執念を持った男につけ回されてるなら、もっと離れた場所に逃がした方がいい。目星をつけていた物件を洗い直す。
――遅い。目線を上げると、アンナは長身の男に車に押し込まれているのが見える。
「おいおい!」
車は直ぐに発進し、俺も直ぐに追いかける。
「どうなってんだよ!」
女一人を連れ出して終わる簡単な仕事のはずが、綱吉の予想もつかない事態が連続している。
「待てよ!」
追われる立場から追う立場へと急変した。
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