009-蒼炎の魔法

 メリアとレインの決闘は大詰めを迎えていた。

 水の無詠唱魔法で奇襲を仕掛けたレインに対し、メリアは蒼炎の無詠唱魔法によって水を無力化した。

 そして今まさに、メリアの杖からレインに蒼炎の弾が放たれようとしている。

 しかし、メリアは蒼炎を杖先に発生させるだけで、発射しようとしなかった。


「……ねえ、仕切り直しにしない? 無詠唱魔法禁止で」

「……え?」


 唐突なメリアの提案に、レインは困惑し、次に怒声を上げた。


「どういうことよ!! なんでそのまま炎を撃たないの!?」

「……この蒼炎は人に撃つには危険過ぎる。蒼い炎っていうのはオレンジの炎よりずっとずーっと熱いんだよ。小粒の結界石で防げる保証はない。それに、見たでしょ? 貴方の水は、私の蒼炎を消すどころか、逆に蒸発させられてしまう」

「……なら、あたしの負けって事じゃない!! 大人しく降参を勧告しなさいよ!!」

「いやだよ、だってこんなの相性の差じゃん!! 水じゃなくて岩とかもっと別の無詠唱魔法をあなたが使えてたら、蒼炎の壁だけじゃきっと防ぎきれなかった。相性の差だけで勝っても、私納得できない!!」

「何よそれ!! 水は得意だから無詠唱で使えたけど、他は無詠唱で使えない、それがあたしの実力なのよ? こんなの、観客がいたらみんながみんなあたしの負けって言うわ!!」

「でも私はあなたに勝てたって実感がないの!! 最初の一発も、その後の水弾も、私は意表をつかれっぱなしだった!! それでも相性が良いから勝てました、じゃあ私は納得できない。私は完璧に勝ちたいの!!」


 レインは自分の負けだと主張し、メリアは納得できないから仕切り直そうと言って互いに譲らない。

 平行線で言い合いが永遠に続きそうな雰囲気になってきたため、決闘をそばで見守っていたザガは、メリアを強引に連れて行こうかとベンチから腰を上げた。

 だがザガがメリアに声をかける前に、いつの間にかレインとメリアの他に一人の少女が決闘場に現れていた。

 ウェーブがかった美しい銀髪を背中まで伸ばし、左目を前髪で隠した背の高い少女だ。


「『自分の』負けを認めろだなんて、随分と面白い主張をしているね、レイン。ふふっ」

「リ、リセせんぱいっ!!??」


 リセと呼ばれた、二人の決闘の発端となった、というかレインが勝手に決闘の発端にした少女は、対峙する二人の間にニコニコしながら割って入った。

 リセはメリアの方を向き、杖先でキープされたままの蒼炎を見る。


「はじめまして。私はリセだよ。……この炎を無詠唱で? 凄いね。君の名前を教えてよ」

「メリアです」

「そうか、素敵な名前だね。……蒼炎の魔法を使う魔法使いはそう多くない。危ないからね。体質的に向いているとかでない限り、そもそも教えられる事もあまりないだろう。もしかして、君の家系は蒼炎の魔法が得意なのかい?」


 メリアはわずかな情報から自分の実家の情報に辿り着きそうな気配を醸し出すリセを警戒した。

 彼女の推測は当たっている。

 メリアの実家、ハイスバルツ家は蒼炎の魔法をもってして支配を絶対的なものとしてきた一族だ。

 下手なことを言ったら、こんなところで素性がバレかねない。

 しかし、ここで何も答えないのはそれはそれでヒントになってしまうので、どうにか誤魔化したかった。

 幸い、家の情報を誤魔化しながら、嘘ではないため自然に伝えられる情報が一つあった。

 

「んー、家系がどうとかではないかも……。姉さんはこの魔法使いませんし」

「おや、そうなのかい? 蒼炎の魔法の適性があって、そしてこれほど蒼炎の魔法を使いこなせるような教育を受けてきたのなら、生まれた家が蒼炎の魔法の使い手としか考えられなかったのだけど」


 メリアは杖先に発生させていた蒼炎を消す。

 自然な形でリセに与えるヒントを減らしたかった。

 このまま話していたら、リセはきっとハイスバルツ家の情報にたどり着く気がした。

 誰かが自然な形で、私をこの場から脱出させてくれればいいのにと願わずにいられなかった。

 そして都合の良いことに、その願いは叶った。


「メリア嬢、そろそろ行かねえと商談が始まっちまうぜ」

「え、ザガさん!?」


 メリアの気付かぬ間に、ザガは決闘場に入りメリアのすぐそばまで来ていた。


「話を遮って悪いな、嬢ちゃんたち。この子はフランブルク商会の従業員でな、この後仕事が控えてるんだ」

「おっと、そうなのかい?」

「ええ、そうなんです。……私、実はフランブルク商会会長の娘で」


 リセに面と向かって、メリアはこの街に来てから自己紹介のたびに使ってきた嘘をついた。

 嘘をつくのが苦手なメリアだが、何度も言っているうちにこの嘘を言うのだけは慣れてきた。


「なるほど、あの商会の……。うん、確かに仕事は大事だね。いってらっしゃい」


 リセはバイバイとメリアに小さく手を振る。

 メリアはそれにお辞儀を返し、ザガと共に立ち去ろうとしたが――。


「ちょっと、あたしとの決闘は!!?」


 レインが大声でメリアを呼び止める。


「……私の勝ち!! 貴方もそうしろって言ってたでしょ?」


 メリアは自分の意地を通すより、家バレを防ぐためこの場を離れることを優先した。


「なっ……!! あなた、さっきまで納得できないって言ってたじゃない!!」

「仕事があるんだ、ごめんね。……同年代でこんなに魔法が使える子、姉さん以外では貴方が初めてだよ。きっと貴方が尊敬するリセ先輩も凄いんだろうね。また会おう? レイン」

「……!!」


 メリアからの賞賛、そしてリセを認める言葉を聞き、レインの心で燃え盛っていた炎が一気に勢いを弱めた。


「いいわ!! また会いましょう、メリア!! 次会う時はじっくりとリセ先輩の凄さを教えてあげる!! あなたのお姉さんの話も聞かせなさいよ!!」

「もちろん!」


 メリアはレインとリセに手を振って別れを告げ、ザガと共に決闘場を去った。

 そして決闘場にはレインとリセの二人が残された。


「ねえレイン。私は君たちの決闘を最後しか観てないんだけど、彼女はどうだった?」

「……悔しいけど、あたしより格上です。あの子は相性の差だって言ってたけど、単純に無詠唱魔法の強度に大きな差がありました。だって、普通の炎の魔法になら、あたしの水の魔法は負けないのに……!!」


 レインの握り拳に力が入り、目には悔し涙が滲む。

 一方のリセは顎に手を当て、淡々とひとり考察をしている。


「蒼炎の魔法。普通の炎の魔法より遥かに高温で、ただ使うだけでは過剰な力だ。あのフランブルク商会会長の娘らしいけど、母親は誰なんだろうね? ……それにしても久しぶりに蒼炎の魔法を見たよ」

「先輩、前にもあの魔法を見たことが?」

「うん、何年か前に、この大学に学びに来ていた魔法使いがいてね。その人が使っていたんだ。今はもう、自分の街に帰ってセルリの街にはいないんだけど」

「なんて人ですか?」

「……ディラン・ハイスバルツ。今は多分、バルツの街で兵長か何かをしてるんじゃないかな」

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