010-アリアの行方

 メリアとザガが商談の待ち合わせ場所に着くと、そこにはロベルトだけが待っていた。


「おう、ご苦労さん、ザガ。メリア、次からどっか行く時は何も言わず行くんじゃないぞ」


 ロベルトはそこまで気にしてる素振りは見せなかったが、メリアは迷惑をかけた申し訳なさと、好奇心のまま迷子になったことを、結局誤魔化せなかった恥ずかしさとで、うつむき顔を真っ赤にした。


「あれ、若。アリア嬢は?」

「お前らと一緒じゃなかったのか?」

「……まさか、アリア嬢も?」


 ロベルトが首を横に振り、「さあな」とジェスチャーで表す。


「似たもの姉妹だな、メリア嬢、くくっ」


 そんなザガの言葉に、メリアはますます顔が熱くなるのを感じた。ロベルトとザガは声を上げて笑った。


     ◆


 商談の時間が間近に迫っていたのもあり、結局アリアを欠いたまま、三人だけで商談に臨むことになった。

 メリアは姉さんはどこに行ったのだろうと疑問に思いながらも、姉さんなら特に心配する事もないだろうと軽い気持ちで捉えていた。

 少ししてから魔法大学の事務員が現れ、来客を迎えるために用意された部屋に三人を案内した。

 部屋の中心にはテーブルを挟んで立派な椅子が二つ置かれている。

 壁沿いにはガラス張りのショーケースがあり、中には高価そうな壺や宝石が飾られている。

 事務員が魔法大学の担当者を呼ぶために部屋から去ると、ザガがポツリとつぶやいた。


「全く、不用心な部屋だぜ。扉が二つと窓があって入り放題なのに、宝石を守るのがガラス一枚じゃ簡単に盗めちまう」

「そうでもないですよ」


 そのつぶやきに、メリアが言葉を返す。


「これ、物品の一つ一つから魔法の気配を感じます。何か罠が仕掛けられてるんじゃないですか?」

「気配……って、分かるもんなのか?」

「ええ。うちにもこういうの、たくさんありましたから。手順を踏まずに動かそうとすると、触った人間を燃やすオブジェとか」

「おっかね〜な〜」

「というか、仮にも商人側の人間が簡単に盗めるとか言っていいんですか?」


 そんなメリアの疑問にロベルトが答えた。


「商品の保管は商人として大切な仕事のひとつだ。盗む側の視点からリスクを指摘出来るのは、むしろ必要なスキルだよ」

「そういうものなんですか。そういえば、森のあの小屋は簡単に鍵を壊せちゃいましたけど、倉庫があれでいいんですか?」

「やっぱりわざと壊したのかよ」


 ロベルトに睨まれ、メリアは怯む。

 墓穴を掘り、申し訳なさそうな顔をするメリアを見て、満足したロベルトは続きを話した。


「あの小屋には高価なものは置いてないからな、盗難対策にあまりコストをかけてないんだ。あの小屋全部より、そこにある宝石の方が価値があるくらいだ。それに、あの小屋は売り物の倉庫じゃない。あれは――」


 その時、奥の扉が三回ノックされた。

 一同は口を閉じ、身を引き締めた。

 扉が開かれると、そこからは白髪の男性が現れた。

 顔の皺から察するに、六十歳近くだろうか。

 ロベルトが頭を下げ、挨拶をする。


「お世話になっています、ドリー先生」

「はは、それはお互い様だよ、ロベルトくん」


 ドリーと呼ばれた魔法大学の教授が奥の椅子に腰掛け、ロベルトにも座るよう促す。

 ロベルトは手前側の椅子に座った。

 ザガとメリアは立ったままだ。


「今日はロベルトくんとザガくんだけではないんだね?」

「ええ。こいつと、実はもう一人連れてくるはずだったんですが、どこかに行ってしまいまして……」

「……ふむ。ということは……。まあ後でいいか」


 ドリー教授の意味深なつぶやきに内心疑問を抱きつつ、ロベルトはメリアを紹介した。


「腹違いの妹のメリア・フランブルクです。魔法の心得があるので、今日はアドバイザーとして連れてきました」

「メリアです、よろしくお願いします」


 メリアは深々とお辞儀をする。

 その所作をドリー教授は興味深く見つめていた。


「……綺麗なお辞儀だね。もしや、貴族の生まれかね?」


 一発で出自に関わる情報を言い当てられ、メリアは心臓が掴まれたような思いをした。

 必死に平静を装おうとしたが、その表情は明らかにぎこちなかった。

 そんなメリアを見て、ロベルトはため息をつき、ザガは笑いをこらえた。


「おっと、あまり聞かない方が良かったかい? 失礼したね」

「い、いえ! 全然大丈夫です! 貴族なんかじゃないので!!」


 ドリー教授とロベルトは互いに視線を合わせ、苦笑いした。


「さて、そろそろ本題に入ろうかね。今回はいつもの発注の他に、新しい案件をお願いしたいんだ」

「新しい案件、ですか?」

「ああ。私の教え子にランビケ・フレーという子がいるんだが、彼女が面白い研究をしていてね」


 ドリー教授の口から出た名前に、ロベルトの後ろに立っていたザガが反応した。


「ランビケ・フレー? もしかして、街のフレー工房の娘ですかい?」

「おや、知ってるのかい?」

「ええ。前に商品の買い付けに行った時に、作業場の見学をさせてもらったんです。その時、作業場に女がいて、珍しがってたらそれが工房のダンナの娘ってんで、よく覚えてます」

「そうだ。彼女は工房の娘で、そして本人も工作に強い興味を持っている」

「その工房の娘さんが、魔法大学の学生さんでもあるんですか?」


 メリアの問いに、ドリー教授は微笑んで答えた。


「その通りだ。と言っても、彼女の魔法使いとしての能力はそこまで高くない。だが彼女の面白いところは、魔法の技術を工作に応用しようとしているところなんだ」

「それって、結界石を作るとか、そういうのとは違うんですか?」

「彼女のやろうとしていることは、そのさらに先だ。……話を一旦戻そうか。ロベルトくん、フランブルク商会には、ランビケくんの研究に必要な材料の調達をお願いしたい」

「なるほど、それが新しい案件ですね。具体的には何を?」


 ロベルトが尋ねると、ドリー教授は「あー……」と言って数秒黙り込んでから返事をした。


「……彼女を連れてきて、直接伝えてもらうつもりだったんだがね。今、手が離せないと言われてしまって、ひとまず私だけこの部屋に来たんだ。実際に彼女の研究を見てもらった方が早いだろうし、私の研究部屋まで来てくれないか?」


     ◆


 ドリー教授に案内され着いたのは、研究部屋というより広間のような部屋だった。

 屋内でありながら、決闘場くらいの広さがある。

 部屋の壁際には本棚が並び、隅の方には机や棚が置かれている。

 部屋の中心には、車輪がついた、しかし荷車とは違う四角い物体があり、周りには工具や部品のようなものが散らばっている。

 そして、そこで二人の少女がおしゃべりに夢中になっていた。

 二人の少女のうち、一人は長い金髪をポニーテールにまとめている。

 上半身はタンクトップ姿で、工房で働く男性のような服装だった。


「つまり、蓄積されていた魔力を使ってこの動力機関を動かすんです。すると……」

「この車輪が回転して、車が進むってわけね!」

「その通り!! 凄い飲み込みの早さです!!」

「当然よ、だってあたしは天才なんだもの!!」


 そこにいた少女を見てメリアは思わず声を上げる。

 

「お姉ちゃん!!?」


 二人の少女が驚き振り向く。

 二人の少女のうち、もう一人はアリアだった。

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