007-魔法大学
行き先は魔法大学と聞いて、アリアとメリアの二人の魔法使いは目を輝かせた。
「魔法大学!! 古今東西のあらゆる知識が集まるところ……!! ついにあたしもその門戸を叩けるのね!! 楽しみ!! 楽しみ!!!」
特にアリアはいつになくテンションが高い。
メリアもアリアほどでないにしろ、その表情からはワクワクが滲み出て口元が緩んでいた。
アリアの言う通り、魔法大学はありとあらゆる知識が集積される場所だ。
知識の分野は魔法を使うための基礎的・専門的な知識のみならず、科学や経済、政治、歴史や文学、美術など多岐にわたる。
これは、「全ての知識は相互に影響し合っている、故に無駄な知識など存在しない」という創立者の理念によるものだ。
“魔法”大学を名乗る通り、当然魔法については特に盛んに研究が行われており、書物という形で蓄積された魔法の理論は勿論、魔法の実践を行うために広大な敷地と様々な設備を保有している。
「まあもっとも、俺も学生ではないから、敷地内のことはあまり詳しくないんだがな」
「そういえばどうして今日は魔法大学に行くんですか?」
「元々、魔法大学はウチの取引相手の一つなんだがな。本職の魔法使いが付いてきてくれた方が、客先の要望を把握しやすいと思ってな」
引率のロベルトにアリアとメリアの姉妹、それに付き添いのザガの四人は、一団となってセルリの街の大通りを歩いていた。
道幅二十メートルほどのこの道を進んでいくと、やがて魔法大学に到着する。
「魔法大学なら本職の魔法使いなんていくらでもいるでしょ? 魔法使いではあっても、魔法大学の事も商会の事も詳しくないあたしたちが戦力になるのかしら」
「この一週間そこいらで支部長の机に溜まってた書類の山を捌いたんだろ? それならある程度商会の知識も付いてるだろ。商会に他に魔法使いはいないからな、お前たちは貴重な人材なんだよ」
「そう言うものかしら」
「若はああ言ってるけどな、実際のとこは仕事を頑張ってるアリア嬢とメリア嬢を喜ばせたいと思って今日は誘ったんだぜ」
「えっ、そうなんですか?」
「なんだロベルト、それなら最初からそう言いなさいよ」
「それはザガが勝手に言っているだけだよ。実際の商談現場を見ておいた方が、今後の仕事のためにもいいだろ」
そう言うロベルトは歩く速度を上げて先頭を歩き、三人から表情を隠した。
「若は照れ屋だから、こういう時顔を見せたがらねーんだ」
「うっせーぞザガ!!」
ロベルトとザガのやりとりに、アリアとメリアは思わず笑ってしまった。
◆
ロベルトは愕然とした。
魔法大学の敷地に入ってものの数分で、アリアとメリア、おまけにザガまでもがはぐれてしまった。
姉妹は二人とも興味津々で道行く魔法使いや施設を眺めていたので、勝手にどこか行ってしまうのではないかと警戒していたのだが、不意に出会った魔法大学の副校長に挨拶と会話をしながら歩いているうちに、全員見失ってしまった。
ザガは恐らく二人のうちどちらかを探しに行ったのだろう。
ザガには今日のスケジュールを伝えてあるし、魔法大学に来るのは初めてではないので商談の場所も知っている。
ザガに見透かされていたように、アリアとメリアへの褒美の意味もあった魔法大学訪問だが、商談現場を体験させたいのと魔法使いの意見を聞きたいのもまたロベルトの本音であった。
ロベルトは頭を抱え、ザガが時間までに二人を連れ戻す事を願いながら、担当者に指定された場所で商談の時間を待つ事にした。
◆
メリアは、自分の事をしっかり者だと思っている。
厳密には、自分がしっかりしなくてはならないと思っている。
一緒に家を飛び出した姉は自由人なところがある。
それに、初対面の相手に対しても警戒心が薄い。
家出して最初に出会ったのがロベルトのような善人だったから良かったものの、もしも悪どい人間に騙されていたらと思うと怖気が走る。
だから、自分が気を引き締めて、自分のみならず姉の身も守らなければならないと思っている。
そう思っていたメリアにとって、一人はぐれて迷子になってしまったこの状況は、恥ずかしくてたまらないものだった。
噂に聞いていた魔法大学を本当に訪れる事が出来て、気持ちが舞い上がってしまった。
通りすがりに見かけた、魔法の演習場で放たれる無数の魔法に見惚れていたら、いつの間にか他の三人はどこかに行ってしまっていた。
とにかく、理想としては自分でみんなを見つけて、それとなく合流したい。
迷子になんてなっていない自分を演出したい。
だというのに、いまだメリアの視線は演習場に釘付けになっていた。
視線の先、演習場の広場の中心には、一人の銀髪の少女がいた。
先ほどから彼女は、向いた方向の先、三十メートルほどの距離にある魔法石の的を狙い、魔法を放っていた。
魔法石は魔力を吸収し、その魔力の強さに応じて光を放つ性質がある。
純粋な魔力しか吸収できず、炎や雷に変換された魔力が当たると普通に砕け散ってしまうため、防具としては役に立たないが、魔法を練習するための的やランプとしては重宝される。
銀髪の少女が放つ魔法は、とても『真っ直ぐ』だった。
杖から一直線で的に向かって飛んでいき、的の中心を射抜き、そして的は強い輝きを放つ。
魔法を真っ直ぐ飛ばすのには技術がいる。
遠くへ飛ばそうとするほど、途中で弾道が垂れてしまったり、あるいはあらぬ方向へ曲がっていったりする。
メリアも二十メートルより先の距離を狙うと、魔法を遠くへ飛ばそうとする意識からかどうしても弾道が上に逸れてしまう。
だからこそ、メリアは彼女の真っすぐ飛んでいく魔法に視線を奪われた。
あれは卓越したセンスと洗練された技術によってのみ可能な芸当だ。
そして、思わず言葉が漏れでた。
「きれい……!!」
「あなたもそう思う?」
不意に聞こえた声に驚き、その声がしたすぐ横に視線を向ける。
そこにはいつの間にか、淡い水色の髪をした少女が立っていた。
歳のくらいはメリアと同じくらいだろうか。
「リセ先輩、本当に素敵よね……!! 憧れる……!!」
水色の髪の少女は例の銀髪の魔法使いを見つめ、その目を輝かせている。
どうやら大層『リセ先輩』に心酔しているらしい。
彼女も魔法大学の学生だろうか。
もしかしたら、ロベルトたちが向かったであろう商談に使われるような場所がどこか知っているかもしれない。
それなら仲良くなるべきではないか。
そう考えたメリアは、ひとまず彼女との会話を続けることにした。
「はじめまして。私はメリアって言います。あなたは?」
「あたしはレイン!! リセ先輩推しの同志として、仲良くしましょ!!」
レインはにっこりと笑い、握手を求めてきた。
メリアがそれに応じると、レインは両手でメリアの手を握った。
「私、今日初めてここに来たんです。魔法大学の中でも、リセさんって凄いんですか?」
「そりゃもちろん!! リセ先輩は首席なの!! それにすっごく優しくて――」
「じゃあお姉ちゃんも入学すれば首席になれるんだろうなあ」
レインが言いたい事を言い終える前に、メリアは思った言葉をうっかりこぼしてしまった。
リセで首席なら、それ以上の能力を持つであろう姉は当然首席を取れる。
嘘偽りない本心が漏れでた。
しかし、その言葉はそれまでにこやかだったレインの表情を急速に冷めさせた。
レインは何も言わなかったが、自分の手を掴んだままだったレインの両手に、力が入ってくるのをメリアは感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます