006-セルリ支部支部長
フランブルク商会の従業員となったアリアとメリアに任された仕事は、支部長の元に舞い込んでくる無数の書類の処理だった。
二人がこの仕事を任されたのには、大きく分けて二つの理由がある。
ひとつは、二人が高いレベルで読み書きが出来るからだ。
フランブルク商会の従業員でも、実際に取引相手と書類をやり取りするような職位の者の他に、読み書きが出来る者は多くない。
必要な場合は、その数少ない読み書きが出来る者が、読み書き出来ない者から依頼を受けて、書類の音読や記述を請け負う。
そのような状態のため、特別な教育を施さなくても即戦力で書類の処理が出来る人材は貴重であった。
もうひとつは、ロベルトが二人を外回りに連れて行きたくないと言ったからだ。
アリアは他所の街にも行ってみたいと要望を出していたため、内勤の仕事を任され最初だけ不満を言っていた。
しかし、自分とメリアの情報が不用意に拡散してしまうリスクを避けるためだと理解できたため、大人しくロベルトの言葉に従った。
また、他所の街に連れて行かない代わりに、目立たないよう心がけるのならば、休日は好きに出歩いて良いと、ロベルトは許可を与えた。
支部長の机には、ありとあらゆる情報が紙に書かれ集まっていく。
商会が取引を行った記録、商品の在庫数一覧、従業員から支部長への要望、商会の集合住宅の備品状態、遠出していた従業員からのメモ書き。
元々は支部長と、手が空いている時はロベルトがこれらの書類の処理を行なっていたが、基本的には支部長の作業量を上回る速度で書類が積み重なり、机の上には常に書類の山が形成されていた。
そのまま山を増やすわけにはいかないため、時にはロベルトも巻き込んで休日返上で書類の処理をして、なんとか対応を間に合わせていた。
アリアとメリアが支部長の補佐に入ってから、支部長は彼女たちの優秀さに舌を巻いた。
書類の分類、内容の確認と精査、必要な対応の実施、処理済みの書類の保管もしくは破棄。
初めのうちは支部長にいちいち教わりながらだったが、二人はすぐに仕事を覚え、三日目には増えていくばかりだった書類の山が減少傾向に転じた。
「二人とも素晴らしいな。よほど質の良い教育を受けていたと見た。それこそ、貴族の子どもが受けるような教育をな」
「……支部長、全部分かって言ってるんですよね?」
「何のことかな? 君たちは会長を父親に持つ、市井の生まれの人間のはずだろう?」
メリアは支部長のこういった態度が、どこか嫌みたらしく感じて苦手だった。
しかし、自分の仕事の傍ら姉妹の仕事を見て、良いところは褒め、改善すべき点は具体例を添えて指摘するその手腕は、優秀と認めざるを得なかった。
◆
「支部長さん。あなたはロベルトが嫌いなの?」
ある日の昼休憩の時、アリアが水を飲みながら支部長に尋ねた。
「どうしてそう思うのかね?」
支部長は握り飯を食べながら、アリアに質問を返した。
「あたし達が初めてここに来た時、ハイスバルツの美人姉妹が家出したーって話を後出しで渡してロベルトを困らせてたでしょ。それも、とっても楽しそうに」
ロベルトを困らせてる時の支部長のニヤケ面は、いやに印象強くてアリアもメリアもすぐに思い出すことが出来た。
支部長は自分の顎髭をいじる。
「ふむ。まあ確かに、私がロベルトを虐めて愉しんでるように見えるか。初めに言っておくが、私はロベルトを嫌ってなどいない。オムツをしている頃から知っている、親友の子どもを嫌う理由などない」
「じゃあなんでロベルトを虐めるの? 単にあなたの性格が悪いだけ?」
「はっはっはっ、アリアは辛辣だな。まあ、私の性格は確かに悪いのだろう。私は、ロベルトに成長して欲しいのだ。会長を凌ぐほどの商人にな。だからあいつには試練を与える。私はあいつがどうやって試練を乗り越えてみせるのか、純粋にそれが楽しみでたまらんのだ」
「会長は親友なんでしょ? ロベルトは商人として成長したら、その親友を引き摺り下ろすとか言ってたけど」
「優秀な人間がアタマになるというのなら、組織としてそれ以上の事はない。これはきっと、会長も同じ事を考えている。もっとも、会長は死ぬまで商会を手放す気はないようだがな」
支部長の話を聞いて、アリアはロベルトを羨ましく思った。
アリアからすると、ロベルトは正しく育てられ、本人はこの言い方を嫌うものの自分から後継者を志し、そして正しく試練を与えられていると思えた。
ハイスバルツ家は商人ではなく貴族であるなど、事情が違いすぎるが、自分もロベルトのような後継者になりたかったと考えてしまった。
◆
「支部長、アリアとメリアを連れて行っていいですか」
支部長の書類の山がほぼなくなりかけていたある日の朝、ロベルトが支部長の部屋を訪れた。
支部長は手元の書類を確認しながら返事をした。
「今日のお前の予定は……なるほど、そういうことか。構わないぞ、書類は見ての通り片付いているのでな」
連れて行く、という言葉に反応して、アリアが目を輝かせる。
「もしかして、どこか遠くに連れて行ってくれるの!?」
「ああいや、遠くじゃない。街の中だよ」
ロベルトのそんな素っ気ない言葉に、アリアのテンションは急落した。
「じゃあ、どこに行くんですか?」
「それはな……」
メリアの問いに、ロベルトはたっぷり溜めを作り、勿体ぶってから答えた。
「魔法大学だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます