004-ハイスバルツ

 ロベルトとザガ、そしてアリアとメリアの姉妹を乗せた馬車がセルリの街に帰ってきたのは、その日の夕暮れだった。

 アリアとメリアはそのままの服装では一発で貴族であるとバレてしまうため、アエト村を発つ前に村でもらった服に着替えた。元々着ていた服は、荷台の木箱の中にしまってある。

 関所では、早朝に流れ星を見たと主張していた兵士がまた番をしていた。


「おかえりなさい、ロベルトさん」

「おう、あんたもご苦労さん。……流れ星、マジで落ちてたぞ」

「えっ、マジですか!? やっぱり夢じゃなかったんだ!!」

「おいおい、本人が信じてなかったのかよ」

「若だって信じてなかったじゃないすか」


 そうやってロベルトとザガが雑談を交えながら手続きをしていると、兵士が荷台に乗っている姉妹に気付いた。


「ロベルトさん。あちらの女の子たちは?」

「ああ、俺の妹。偶然近くに来てたから、今夜はうちで歓迎するんだ」

「そうでしたか。俺も仕事がなければ行きたかったな〜!」

「今度休みの日にでも飲もうぜ。ほら、手続き終わったぞ」


 そのまま何もなく荷馬車はセルリの街の中に入って行った。

 アリアとメリアの姉妹は、本当にロベルトの妹としてあっさり街に入れてしまった事に、逆に戸惑った。


「元々あたしが思いつきで妹にしてだなんて言ったわけだけど、まさか本当にそれで行けちゃうだなんて……」

「フランブルク商会の会長さんの話って、有名なんですか?」


 手綱を握り前を向いたまま、後ろの姉妹に聞こえるようにザガが大きめの声で答える。


「ああ、この辺の商人や関所勤めの人間は、みーんな知ってるぜ」

「まったく、恥ずかしい限りだ」


 前に座るロベルトが大きくため息をついたのが、荷台にいる二人の姉妹にもはっきりと聞こえた。

 

 街の中を進む馬車は、やがてフランブルク商会のセルリ支部に辿り着いた。

 フランブルク商会はこの地域の各地に支部があり、本部は東にある港町、ダリアの街に存在する。

 商会の会長も本部のあるダリアの街に住んでいる。

 会長の話を聞いて強い嫌悪感を示していたメリアは、会長がこの街にはいないと聞いて安堵の息を漏らした。

 フランブルク商会セルリ支部は、広い敷地にいくつかの建物が併設されている。

 仕事の受付や書類仕事を行うための事務所。

 商会の従業員やその家族が住まうための集合住宅。

 馬車馬のための厩舎。

 輸送前の商品を保管しておくための倉庫。

 一行は荷馬車と馬車馬を厩舎に戻した後、ザガに住宅の部屋の準備を任せ、残りの三人は事務所に赴いた。

 セルリ支部の支部長に今日の報告をするとともに、姉妹の説明をし、そして商会の従業員として雇ってもらうためだ。

 従業員として雇ってほしいとロベルトに言い出したのはアリアとメリアだ。


「あたしたち、旅費も全部家に差し押さえられちゃったから、稼がなくちゃいけないのよね」

「嬢ちゃんたちが着ていたあの服を売れば……。ああいや、それはリスキーだな。あんな高い服、買い取れる店は限られるし、まともな店なら出どころを確かめようとする。そしたら嬢ちゃんたちの家に勘付かれる確率も上がっちまうな。だから売るなら盗品専門店とかになるが……」

「盗品を扱うような店との付き合いは俺が許さないぞ。フランブルク商会の信用に傷がつく」

「そもそも、服を売るって発想から離れてください!! 私は嫌ですからね、あの服を売るの!!」

「メルは昔から物を手放すの苦手よねえ。杖もあたしが何本も折ってる間に貴方はまだ最初の杖を大事にしてるし」

「ね、姉さん! それは恥ずかしいから言わないで!」

「何が恥ずかしいんだ? 物を大事にするのは良い事だろう」

「だってあの杖、六歳の頃から使ってて……ってこの話は良いんです、ロベルトさん! と、とにかく、私と姉さんを雇ってもらえませんか……?」


 というわけで、ロベルトはアリアとメリアを支部長に紹介し、商会で雇えないかと相談した。


「お前はいつも急な提案をしてくるな、ロベルト?」


 支部長のバリーは髭を蓄えた、小太りの中年男性だ。

 フランブルク商会が大きく発展する前からの古参メンバーで、ロベルトの事を子供の頃から知っている。


「にしても、私の知らないところで会長が子どもを作っていたとはな。それも姉妹とは。アリアとメリアと言ったか。君たち二人の母親は同じかね?」

「ええ、そうよ。あたしとメルは同じ家で育ったの」

「しかし双子ではない。ふむ……会長が同じ女性と数年の間を置いてから子どもを作れるタイミングは、十数年前に果たしてあっただろうか?」


 支部長に訝しまれ、メリアは嫌な汗が止まらなかったが、横に佇むアリアは平然としていた。


「別に支部長だって親父の行動を全て把握してるわけじゃないでしょう。現にこうして、アリアとメリアはいるわけだし」

「私が腑に落ちないのはお前の事もだぞ? ロベルト。今まで一度だって、お前はこの姉妹の話をしたことがないだろう」

「……支部長。そこまで分かってるなら、察してくださいよ」


 支部長は髭をいじり、しばし黙考してからため息をついた。


「いいだろう。これで何かあって、損をするのはお前も一緒だからな。お前は得する見込みのない選択はしないやつだと信じてやるよ」

「! ありがとうございます、支部長」


 ロベルトは支部長に笑顔で深々とお辞儀をした。

 二人の姉妹も緊張が緩み、自然と口角が上がった。


「ところでロベルト。話は変わるが、バルツの街は知ってるな?」


 “バルツの街”という単語が出た瞬間、姉妹の表情が固まった。ロベルトはその事に気付きつつも、ひとまず支部長の問いに答えた。

 

「大森林と山岳を越えた先、ずっと北西にある鉱山の街ですよね。で、鉱山資源を守るために、軍隊を持っているっていう。それくらい知ってますよ」

「ああ。それで今日、早馬の駅伝で、バルツの人間からこんな報せが届いてな」


 支部長は自身の机の上から、一枚の紙をロベルトに手渡した。紙に書かれた文章に目を通すと、ロベルトの顔から笑顔が消えた。


「……支部長、なんでこれを先に見せなかったんですか?」

「その二人は会長の娘なんだろう? だったらその話は関係ないはずだがな」


 意地悪くニヤつきながら、支部長は顎髭をいじっている。

 ロベルトは紙に書かれた内容を読み上げた。


「バルツの街の主、ハイスバルツ家の次期当主である長女とその妹が失踪。バルツ軍の兵士が捜索隊を編成、近隣の街から捜索を開始予定。情報提供者には謝礼を。捜索の邪魔は……バルツ軍への宣戦布告と見做す。二人の特徴は……」


 ロベルトは二人の姉妹の方へ視線を向けた。

 薄く赤みがかった長い黒髪の姉、アルティア・ハイスバルツ。身長は155センチほどでまもなく十六歳になる十五歳。

 赤色の強い黒髪でボブカットの妹、メルティア・ハイスバルツ。身長は150センチほどで十四歳。

 紙には、まさに二人そのものの特徴が羅列されていた。

 妹のメリアは表情をこわばらせ、だらだらと汗を流していた。

 姉のアリアは、口はにっこり笑っていたが目が笑っていなかった。

 この瞬間、ロベルトは自分が大変なことに首を突っ込んでしまったことに気付いた。

 そして目の前でにやけ面を隠そうともしない支部長を睨みつけた。


「功績を上げて、名実ともにフランブルク商会の後継者になるんだったよな? お前がこれからどう功績を上げるのか、期待しているぞ、ロベルト」


 心底楽しみそうな声で、支部長はロベルトにそう告げた。

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