003-フランブルク商会

 森の倉庫に予定通り積荷を下ろした後、二人の少女を馬車に乗せ、ロベルトとザガは再びアエト村に向かっていた。

 アリアとメリアの姉妹はだいぶ腹を空かせていたようで、お弁当にとロベルトが持たされたあまりに多すぎる握り飯をパクパクと食べていた。


「メシの算段もつけていなかったなんて、突発的な家出だったのか?」

「本当は練りに練った計画通りの家出だったのよ。だけど何故か、家の人間に計画がバレててね。使うはずだった馬を抑えられちゃって、荷物も十分に持ち出せなくて」


 十分に腹が膨れて満足したらしいアリアがロベルトの問いに答えた。一方のメリアはまだ黙々と握り飯を食べている。


「そんな状況で家出を強行したのかよ」

「ちょうど良い隙があるタイミングが昨夜しかなかったのよ。あたしが家出を企んでる事が知れ渡ったら、今後ますます家出をさせてくれる隙なんてなくなるでしょうし」

「なあアリア嬢、馬も荷物もない状況で、どうやって家から逃げたんだ?」


 ザガが話題に混ざってくる。

 そんなザガを見て、アリアは鼻を擦りながら得意げに語った。


「あたしの魔法で窮地を乗り切ったの」

「えっ、アリア嬢も魔法使いなのか?」

「もちろん。それもとびきり優秀な、ね。あの小屋の前に大岩があったでしょう?」

「ああ、あったが……まさかアレ、アリア嬢がやったのか!?」

「そのとーり!! あたしとメリアが四方を囲まれて万事休すか! ってところで、あたしは魔法で足元の地面を浮かせたの! そのまま魔法でも攻撃できないくらいの高所まで浮き上がって、空を飛んで移動したのよ!!」

「おいおいマジかよ! とんでもねえなアリア嬢」


 褒められニッコリ笑顔のアリアの横で、メリアは顔面蒼白だった。

 

「……本当に高くって、すっごく怖かった……。姉さん、もうアレはやらないでね」

「あはは、ごめんなさいね。ただ、あたしもちょっと魔力を使いすぎたみたいでね。なんか今日は、すっごく眠いの……。うん、寝るわ。おやすみ」


 そう言ってアリアは倉庫から一枚だけ持ってきた毛布にくるまり、横になってしまった。

 そんな自由な姉を見てメリアはため息をつく。


「その、このご飯もですけど、毛布ももらって馬車にも乗せてもらって……何から何まで、ありがとうございます。それから、先ほどはいきなり杖を向け、失礼しました」


 メリアは畏まって二人に感謝と謝罪の言葉を伝えたが、その頬にはご飯粒が付いている。


「なあに、貴族の娘に恩を売っておけば、将来何倍にもなって帰ってくると思っただけさ。期待してるぞ? メリア」


 手綱を持って馬車の進行方向を向いたまま、ロベルトはそう答えた。

 金銭か、物資か、商売の権利か、未来のリターンへの期待に胸を膨らませ、ロベルトの口元は緩んでいた。


「私たち、家出しちゃってますけどね」


 メリアもまた微笑み、そう答えた。


     ◆


 アエト村に着くと、お弁当の握り飯を作ってくれた村娘のリリが、ロベルトの馬車を出迎えた。

 握り飯がなくなった事を確認しようと荷台の幌の中を見たリリは、そこに見知らぬ二人の少女がいる事に大層驚いた。


「ええーーっ!!! ……ロベルト兄さん、まさか貴族様を誘拐してきたの?」

「そんなわけあるか。まあ、後で詳しく話すよ」


 リリが立ち去ると、自分の服を見つめながらメリアがぼやいた。


「……やっぱり、この服って目立つんでしょうか」


 小さな子どものリリにすら貴族である事を見抜かれて、流石に今のままではまずいと思ったようだ。

 

「こんな村に貴族様なんてそうそう来ないから、余計にな。偽名を使って家を隠すようなら、まずは服から変えるべきだ。どれ、村の人間に女物の服が余ってないか聞いてくるよ」


 そう言ってロベルトが馬車を離れると、ザガとメリア、それから寝ているアリアだけが取り残された。


「それにしても、さっきは驚いたぜ。アリア嬢が突然、若に妹にしてくれって頼むなんてよ」


 馬車馬の世話をしながら、ザガはそう言って笑った。

 メリアは苦笑いしながら、ザガの言葉に答える。


「奔放すぎる姉ですいません。いきなり『妹にしてくれ』だなんて、意味不明ですよね。順序立てて、家から身を隠すために妹ということにして匿ってくれって、説明すればいいのに」

「ハハッ、それもそうだけどよ、俺が驚いたのはそこじゃねえんだ。よりにもよって、若に向かって『妹にしてくれ』だなんて……はっはっは!!」


 ザガは話している途中で勝手に面白がって笑い出してしまったが、その理由が分からないメリアは困惑している。


「その……もしかして、ロベルトさんって妹さんがいて、何かあったんですか……?」


 姉が知らず知らずのうちに、人の踏み込まれたくない領域に土足で踏み込んだのではないかと思い、メリアは恐る恐るザガに尋ねた。

 笑いすぎて息が乱れていたザガが、呼吸を整えてから返答する。


「いや、確かに若には妹がいる。だけど別に、トラウマがあるとかそういうのじゃねえから安心しな」

「じゃあ……どうしてそんなに笑ってたんです?」

「そりゃな、あまりにも丁度良すぎるから、だ。若の父親はフランブルク商会の会長だ。それはいいな?」

「はい、さっき聞いたばかりです」

「で、だ。その会長は、大の女好きでな。行く先々で、自分の女を作っちまうんだ」

「え……? うわ……」


 なんとなく話が読めてきたメリアは、自分の想像に自分で引いてしまい、表情をしかめた。


「その表情、どうやら想像がついたようだな。まあつまり、若には腹違いの弟妹がたくさんいるんだよ」

「……そんな人が、フランブルク商会の会長で、ロベルトさんの父親なんですか……?」


 嫌悪感を一切隠さない表情で、メリアはザガに尋ねた。


「商人としては一流なんだ。それに、女癖が悪い以外は部下の面倒見が良くて人望があるし、自分の女と子どもは全員養っている。だから商会の連中も会長に付き従ってる。若は会長のこと、嫌ってるけどな」

「……ザガさんは、会長さんのことどう思ってるんですか?」

「……命の恩人だよ」


 そう答えるザガは、空を見上げながら、どこか憂いを帯びた表情をしていた。


「そうそう、さっき出迎えてくれたリリちゃん、あの子も若の妹だ」

「ええっ!!??」

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