002-家出姉妹と跡取り息子

 フランブルク商会の倉庫に勝手に入り込み、荷物の毛布を勝手にベッドにしていた二人の少女がいた。

 そのうちの一人は、差し込んだ日の光でゆっくりと目を覚ましたが、もう一人の方は寝息を立て続けている。

 目を覚ました方の少女――赤みがかった黒髪をボブカットに切り揃えている少女は、意識がはっきりして、入り口に二人の男が立っている事に気付くと、木の枝のようなものを取り出しロベルトたちに向けた。

 あれは――魔法の杖だ!

 反射的にロベルトとザガは両手を上げ、丸腰である事をアピールする。


「待て待て待て待て! こっちは何も危害を加えるつもりはない!」

「信用できないです! こっちは少女二人に対して、そちらは男性二人、しかも熊のように身体が大きい人もいる。ケダモノに襲われたらひとたまりもありません」

「くくっ、熊って言われてますよ、若」

「うるせーザガ。お前も含めてケダモノ扱いされてるからな」


 ボブカットの少女は眉間に皺寄せロベルトとザガを睨みつけている。

 ロベルトはこの状況をどう解決すべきか、思案していた。

 まず、この少女は本当に魔法使いなのだろうか。

 着ている服から察するに、二人の少女はおそらく貴族だ。

 貴族階級が皆魔法を使えるわけではないが、高等な教育を受けられる貴族に魔法使いが多いのは事実だ。

 だから、この少女を下手に刺激すると本当に魔法で攻撃される可能性がある。


「嬢ちゃんは何が目的だ? 俺たちにどうして欲しい?」


 ひとまず、情報を集めなくてはならない。

 彼女たちは何のためにこんな場所にいるのだろうか。


「……二人とも、ここから離れてください。私たちは安全な場所が必要なんです」

「ここは俺が管理する倉庫だ。悪いが嬢ちゃんの好きにさせるわけにはいかない」

「あなたが倉庫の管理者だと証明できますか?」

「今、嬢ちゃんの左手側にある木箱。そこには大量の作業着が入っているはずだ。それはここを拠点に土木作業をする奴らの為に用意した服だ。他にも、ここにある荷物は全部把握している」


 少女は左手の杖をロベルトたちに向けたまま、右手で左手側の木箱を開けようとした。毛布の上で無理な体勢で、固く閉じられた木箱を開けようとした少女は、勝手に体勢を崩して毛布の上から転げ落ちた。


「いった〜〜……」

「おいおい大丈夫か、嬢ちゃん」


 ロベルトが少女に歩み寄ると、少女はすぐにまた杖を構えロベルトを睨みつけた。


「これが狙い!? 『導きの木よ――』」


 詠唱と共に少女の杖先が輝き始める。

 まずい、逃げなくては――!!

 そう思いロベルトが後ずさりした時――。


「やめなさい、メル」


 眠っていたもう一人の少女――薄っすら赤みがかった黒髪を腰まで伸ばした少女が、ボブカットの少女の左手に自分の手を添え、杖を下ろさせた。



     ◆



「ふあぁ〜あ、ごめんなさいね、勝手にお邪魔して。あたしはアル――ううん、アリア。こっちは妹のメル。うん、メリア。あたしはメルって呼んでるの」


 長髪の少女は欠伸をしながら場を収めると、ロベルトとザガに一言謝ってから自己紹介を始めた。


「二人ともいくつなんだ? 成人してるようには見えないが」


 ロベルトがそう尋ねると、アリアはムッとして答えた。


「あたしはあと五日で十六よ、だから実質成人」

「それは失礼したな」


 つまり成人してねーじゃねーかという本音は口に出さず、ロベルトは情報を聞き出す事を優先した。


「私は十四です。でも、大人に負けない教養を身につけているつもりです」

「じゃあ二人とも若の好みじゃねーな。若はハタチだ」


 勝手に会話に混じったザガが勝手にロベルトの年齢をバラす。

 それ自体は構わないと思ったロベルトだったが、ロベルトの年齢を聞いた二人の少女が「えっ嘘だ」と言いたげな表情をしていた事には少し傷付いた。

 ロベルトとザガを交互に見つめ、アリアがロベルトに質問を投げかけた。


「貴方たちは何者なの? というか、名前もまだ聞いてなかったわね」

「俺はロベルト・フランブルク。フランブルク商会会長の息子で、この地域の商売を任されている」

「なるほど。跡取り息子ってわけ。そっちの貴方は?」

「俺はザガ。若の付き人をやらせてもらってる。趣味は旅先で土地特有の酒を飲む事で、好きなタイプは細身で態度がでけー女、歳は二十一で出身地は自分でもよく知らねえ。若とはガキの頃からの付き合いで、昔――」

「あー、もう大丈夫よ、ありがとう」


 ザガが延々話し続けそうなのを察したのか、アリアは強引に話を打ち切らせた。

 実際その通りで、ザガに好き勝手に自己紹介をさせると聞いてもいないエピソードを話し始めて、そのまま話題が脱線していく。

 アリアが止めなければロベルトが止めるつもりだった。


「で、なんで貴族の娘さんたちが、こんな森の倉庫なんかで寝てたんだ?」


 ロベルトがそう尋ねると、アリアの視線が少しだけ鋭くなった。


「あたし、貴族だなんて名乗ってないんだけど?」

「そんな服貴族しか着れないぞ」


 アリアとメリアの二人は自分の服を見つめ、次に互いの服を見つめ、最後にロベルトとザガの服を見た。

 服の材質と質感、布の染め方、装飾の多寡、全てにおいて、貴族が着るような服は平民のものとは比べ物にならない。

 少女たちの反応を見て、これはチャンスだと思い、ロベルトは追撃を仕掛ける。


「それに、多分アリアとメリアって名前は偽名なんだろう? さっき言いかけてたアルとかメルとかの呼び方の方が本名に近いんだろうな。家名を言わなかったのも、正体を隠したいからじゃないか? さてはお前たち、家出してきたな?」


 この追撃で、ロベルトは少女たちに対して精神的に優位に立とうとした。

 戦闘力でおそらく負けている以上、口でくらい勝たないとこの少女たちにナメられる。

 倉庫を勝手に荒らされて、大人しく引き下がるつもりはなかった。

 メリアは分かりやすく動揺の表情を浮かべ、姉のアリアの方を見つめた。

 どうやらロベルトの言った推測は図星だったらしい。

 アリアは顎に手を当て考え始めたと思うと、まもなく「決めた!」と言ってロベルトの近くに歩み寄り、上目遣いで顔を覗き、ニッコリと微笑んだ。


「ねえねえお兄さん、あたしたちを妹にして?」

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